第93話 名カメラマン(1)心霊写真
優しく紗のかかった満開の桜――によりそう幽霊。水しぶきを跳ね上げ、鱗をきらめかせた躍動感溢れる真鯛と釣った父――と、水死体丸わかりな幽霊。夕焼けの中を飛ぶシルエットのF-15――と幽霊。
アルバムを見て、宗は大きく溜め息をついた。宗は写真を撮るのが好きだ。風景も、花も、人物も、色々と撮って来た。将来はカメラマンになれたらとも思う。
だが、いつからだろう。宗が写真を撮ると、必ず心霊写真になってしまうようになったのは。
これは致命的な欠点だ。例えば結婚式の新郎新婦の記念写真で骸骨みたいなのがジッと見下ろしていたり、パリコレのモデルが透き通った人と肩を組んでいたり、美しい朝焼けの富士山で幽霊がフワフワと乱舞していたり。そんなものは、ボツだ。嫌がらせとか縁起が悪いとか何かの前触れだとか思われ、喜ばれるとはとても思えない。これを喜ぶのは、そういう趣味の人だけだ。
だから、カメラマンの夢は諦めるしかないのだ。
宗は、パタンとアルバムを閉じた。
部室を出て、空を仰ぐ。
「ああ、いい天気だなあ。花粉症に今年もならなくて良かった」
そう言うと、直が、
「あれは辛そうだもんねえ」
と同意した。
町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。夏以降直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
歩き出そうとした時、隣の写真部のドアが開いて、大柄な一年生が部長に見送られて出て来た。
「スマンなあ。でも、なあ」
「いえ、わかっていた事ですから。失礼しました」
ペコリと頭をさげ、歩き出す。
部長はその背中を見送って、ひとつ嘆息してからドアを閉めた。
「入部希望者かなあ」
「どうだろう」
何だろうとは思ったが、すぐに忘れて、靴を換えて学校を出る。前方にさっきの生徒がいるのに気付いたが、それだけだ。どうって事の無い話をしながら、直と歩いていた。
と、電柱の陰から、幼稚園前の男の子が飛び出してくる。ただし幽霊で、ここで飛び出して自転車にぶつかって亡くなった子だ。
前を歩いていたそいつは、急に足を止め、空を振り仰いでから、また歩き出した。
「え。避けたのか?」
「見えてるのかなあ」
ぶつかってもどうという事はないが、なんとなく避けるものだ。
急に、そいつが気になって来た。僕と直は、その一年生を後ろから観察しながら歩き始めた。
次の霊は、屋上から飛び降り続ける人だ。屋上からダイブして落ちてきて、人の高さまでもう少し。
というところで、その一年生は見事に頭と頭をぶつけあった。
「さっきのは偶然か?」
「観察されている事に気付いて、敢えてぶつかったという可能性は?」
疑問はますます深くなる。
考えながら歩いていると、不意に、前から歩いて来たいかにもガラと頭の悪そうな高校生が僕達にぶつかって来た。
「ぶつかっただろうが、こら。痛えよ」
明らかに、広がって、わざとぶつかって来たのだが。
「お前霊能師だろ。稼いでんだろ。慰謝料よこせよ」
ムッとした。
「はあ?」
「腕ぶつかって痛いつってんだよ」
「広がって歩くからだろ」
「あんだと、やる気か、こら」
「
「どうなるんだろうねえ。祓るなら全員、人目の無い所で祓ろう。周りが混乱したら困るからねえ」
「おい、ヤルキがおかしくねえか、こいつら」
そいつらの腰が引けかけたところで、低い声がかけられた。
「何をしてるんですか」
そちらを見ると、観察中の一年生がいた。別に凄んでいるつもりはないだろうが、迫力があり、新一年生とは思えない。
「カタギに手ェ出したらまずいですよ」
「ひいいいっ!プロ!?し、失礼しました!」
誤解をして逃げて行くのを、3人で見送った。
「え、カタギの、学生に、いちゃもんは……」
「何のプロだと思ったんだろうねえ」
「殺し屋?まあ、霊とかからしたら、似たようなもんだけど」
そこで気を取り直して、一年生を見た。
かなり大柄で、筋肉はしっかりとしているようだ。顔は悪くはないのだが、全身からの迫力のせいか、取り合えず子供受けはしそうにない。
「助かったよ。ウチの新一年生だよな。僕は2年の御埼 怜」
「2年の町田 直だよ。ありがとうねえ」
「
照れると、少しかわいい。
「誤解を上手く誘ってくれたからだよ。
ところで、突然だけど、見えるの?」
彼は微妙な顔で、
「いえ、そういうわけでは……」
と口ごもった。
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