第73話 おままごと(3)狙われたお兄さん

 書類に向かう徳川さんをチラチラと確認しながら、こっちも教科書を読む。

 徳川さんが時々顔を上げて、

「呼んだよ」

と言う度に緊張感が走るが、まだ、向こうに呼ばれてはいない。

 道が通った時は一緒に行けるように徳川さんの傍にいるのだが、その前に風邪がうつったりしないだろうな。

「あ、呼んだ」

 何度目になるかわからないその呼び声だが、今度はこれまでと違った。

 まず、気配が強い。そして、徳川さんがぼんやりとして、目の焦点が合ってない。

 ピタリと徳川さんにくっついて待つと、ほどなく、近くに結界の裂け目のような、暗くて奥行きのわからないドアくらいの大きさのモノが現れた。

 そこへ向かって、徳川さんがフラフラと進む。

 それにくっついて、僕達は敵のいる所へ乗り込んだ。


 そこは薄暗く、何も無い所だった。ただむき出しの土があり、そこにレジャーシートが敷かれ、幼稚園程度の男女の双子がいた。そして彼らを囲むようにして置いてあるのは大きな人形ーーと思ったら、ボンヤリと人形のように自我を失った、人間だった。今の徳川さんと同じだ。

「あれあれあれ?」

「お兄さんを呼んだのに、もう3人増えたよ」

 え、3人?僕と、直と、うわっ!

「兄ちゃん!?」

「お前達だけに、危ない事はさせられない」

「じゃあ、徳川さんを頼む」

 放っておいたらフラフラとレジャーシートに座りに行きそうな徳川さんを、兄に任せる。

 双子の子供は、目をキラキラさせて、こっちを見ていた。

「お兄さんを4人にする?」

「だったらお姉さんが良かったわ」

「大きい人はお兄さん」

「小さい人はお姉さん?」

 相談する双子に、

「いや、お姉さんにはなれないから」

と、断らずにはいられない。

「残念だな」

「残念だわ」

 双子はクスクスと笑いながら、

「じゃあ、何になってくれるのかしら」

「お母さん、お父さん、お兄さん、お爺さん、お婆さんがいるよ」

「あとはなにかしら」

「ペット?」

「犬ね」

「犬だね」

と僕と直に役を振って来るが、

「犬にもなれないなあ」

と断り、直は徳川さんに札を握らせ、正気に戻す。

「そっちの人共々、帰らせてもらうから」

「だめよ。家族をとらないで」

「優しい家族は、帰っちゃだめだよ」

 双子は笑顔を消して、命令した。

「皆、邪魔者をやっつけて!」

 レジャーシートの上の人達は、フラリと立ち上がってこちらを向くと、一斉にかかってきた。

 そこには何の躊躇も無い。ただ、命じられて、それに従うだけ。

 やり返すのに、こちらには躊躇いがあった。

「怜、下がれ」

 言うや、兄が前に出、片っ端から投げ、転がす。

「準備完了だよ」

 直が札を投げると、そこから蔦のようなものが広がり、彼らを拘束した。

 と、瞬間移動の如くこちらに近寄った双子が、ピタリと兄の両腕をとる。

「兄ちゃん!?」

「代わりにこのお兄さんを貰うわ」

「新しい家族だよ」

 兄はボンヤリとした目で、突っ立っていた。

 右手に、刀が出現する。

「返せ!」

 双子は兄の後ろに回って兄を盾代わりにし、ジリジリと距離を取ろうとしていた。

 位置が悪い。斬るには兄が邪魔になるし、札も、兄の運動神経なら避けてしまうだろう。

「怜、どうしよう」

「御崎君!」

 双子はクスクスと笑い、

「お兄さんは、ボクらのお兄さんだよ」

と、神経を逆撫でして来る。

 どうする、どうする、どうする。

 と、兄が何か言った。

「え、なあに?」

「離せと言った」

「お兄さん、あっちに行こう」

「黙れ。俺の弟は怜1人だ」

 言うや、振り切って離れる。

 呆然とした双子が、後に残った。

「うそ。自分で呪縛を解いたの?」

「どうやって?」

 徳川さんがドヤ顔で、

「ブラコンだからさ」

と言い、未だ呆然としたままの双子を、僕は斬って、祓った。

 それと同時に空間が揺らぎ、どこかの空き地に変わる。

「え?ここどこ?」

「わっ、何だこれ!」

 元に戻った人達が騒ぎ出し、徳川さんがにこやかに近付いて行き、直は慌てて札を解呪する。

 兄は近寄って来ると僕を包んで、子供の頃にしてくれたように、頭を撫でた。

「大丈夫だ。帰る場所を、間違えはしない」

「うん」

 良かった。本当に、良かった。




 


  

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