第71話 おままごと(1)お母さん調達

 ぽつんと、男の子と女の子の双子が座っていた。

 その男の子は、ニッコリと笑うと、言った。

「こっちだよ、お母さん」

 どかからか、いつのまに現れたのか、暗がりに若いOLがぼんやりと立っていた。

 が、ハッと我に返ったようになると、キョロキョロと辺りを見廻して、ヒステリックな声を上げ始める。

「ちょっと、どこよここ。何なのよ」

「お母さん、ここに座って」

 双子に気付く。

「はあ?私は誰のお母さんでもないわよ」

「お母さん役だよ、お姉ちゃんが。座って」

「そんな事やってる場合じゃないっての。ねえ、ここがどこか知ってるの?」

「ここはボクらのおうち」

「……」

「お姉さんは、お母さんよ。

 はい、ごはんですよ」

 プラスチックのピンクのお茶碗が、そっと並べられる。

 それを見て、怒鳴ろうとしていたOLから表情が抜け落ち、言われるがままに、双子の対面に座る。

「はい。いただきます」

「いただきます」

 OLは手を合わせ、食べるマネをした。

「美味しい?」

「美味しい」

「良かったね」

「良かった」

 双子は、ニッコリとした。


 土鍋の中の大根は無くなり、昆布出汁だけがくつくつとしている。

 今日のメニューは、ふろふき大根、ブリの照り焼き、ちくわとこんにゃくの炒り煮、白菜とわかめの味噌汁なのだが、ふろふき大根の大根が無くなった後は、柚子雑炊にするつもりなのだ。

 まずはご飯を土鍋に入れ、周りの皮を擦って取っておいた柚子を真ん中に入れる。そして、柚子をおたまで上から押さえつけて果汁を出し、出きったところで柚子を取り出して、溶き卵を回し入れて火を止め、蓋をして1分蒸らす。後は、小口切りの青ネギと削り取った柚子の皮をかければできあがり。あっさりと上品な、柚子雑炊の完成である。

「いい香りだな」

 兄が、顔を綻ばせた。

 御崎みさき つかさ。ひと回り年上の兄だ。若手で1番のエースと言われる刑事で、肝いりで新設された陰陽課に配属されている。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。頭が良くてスポーツも得意、クールなハンサムで、弟の僕が見てもカッコいい、自慢の兄だ。

「全部の雑炊の中で、これが一番好きかも」

 僕は御崎 れん、高校1年生。この春突然霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰らいという新体質までもが加わった、新米霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「ああ、俺もそうだな」

 兄も同意して、おかわりをよそう。

「行方不明か。家族は心配だろうなあ」

「成人だし、そう積極的には探さないものだからな、普通は。

 ただ今回は、いなくなる前に何度か、空耳だと周囲は思っていたらしいんだが、誰かに呼ばれているようだったということだ」

「それで、陰陽課に回って来たのか」

 その調査を霊能師協会が受け、それが僕と直に回されてきたのだ。

「呼ばれる、というのはあるようだけどね。これがそうなら、何か痕跡でも残っていれば探す手掛かりになるかもしれないけど……」

「調査次第だな」

「そうだね」

 今は、無事を祈るばかりだ。


 ありふれた建売住宅の2階にあるその部屋は、適度に片付いていて、適度に乱雑だった。

 ドレッサーの上には仕舞い切れない化粧水や美容液などのビンが並び、タンスの上には充電中のスマホが置きっ放しだ。壁にかかったコルクボードには友人と撮ったらしき写真が貼り付けられ、財布の入ったバッグがベッドの端に置いてある。

 OLの部屋、というか女性の部屋を知っているわけではないが、これが、取り立てて変わったものではないというのはわかる。それと、家出などの類でもないと。

 スマホからの「呼び出し」も疑っていたが、どうやらそれはないらしい。

 何かを介して、呼び出したモノとつながったのだろうか。

 そうだとしても、今、この場には、それは存在しないようだ。

「ハッキリとした気配はありませんが、違うとも言えません」

 そう、どっちつかずのような事を言わざるを得ない。

 陰陽課の刑事はううんと唸りながら頭を掻いた。

「何か無くなっているものとかありませんか」

「持ち物ひとつひとつなんて、わかりません」

「……どこから消えたかわかりますか」

「ああ、はい。下の洗面所です。洗面所に入るところは見たんですが、全然出てこなくて。ドアを開けてみたら、無人で……」

 母親は、言い募った。

「目を離している間に出て行ったんだろうって警察で言われましたけど、そんな事は無いんです。洗面所から出たら、隣の、私のいたリビングを通らないと、どこにも行けないんですから」

「では、洗面所を拝見させて下さい」

 ゾロゾロと1階へ降り、一番奥にある洗面所に行く。確かに、部屋に戻るにも外へ出るにも、隣のリビングを通らないと無理な間取りになっている。

 ドアを開ける。

 洗濯機、洗剤やおそらく替えのタオルが並ぶ細くて高い棚。洗面台周りには、石鹸、クレンジング、父親のものと思われるシェーバー、ポケットティッシュが置かれていた。

 微かに、痕跡らしきものがあった。

「ここですね」

 鏡の前、正面からやや右にずれた辺りに、残り香のように残っていた。

 ここから辿れる程ではない。

「ここで、呼ばれて、行ったんです」

 ワッと、母親が泣き崩れた。







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