第70話 氷姫(5)救いの手
皆、スッキリした顔をしていた。目の下の隈も無い。ギスギスした雰囲気も、鳴りを潜めている。
あとは空腹だが、これは仕方がない。
「やっぱり睡眠不足はだめだな」
「これで、また一晩くらいの徹夜なら平気だな」
主に大学生の方が、調子に乗っていた。
「相変わらず、天気が悪いな」
「でも、そう何日も吹雪が続かないよ。ジッとしていれば、助けは来るよ」
保科、守尾が言って、のんびりと構える。
と、これまでになく大きな気配が接近して来た。
立ち上がって外を覗くと、白い影が、もっと大きい影にはじき飛ばされて、消えるところだった。
あれは、良くない。
「怜」
「直は、とにかく防御で」
「了解」
皆も流石に何かを察したようだ。戸口に対峙するように立つ僕、その後ろの直、その背後に固まって、戸口を見つめる。
戸が、ガタガタと開いた。顔を覗かせたのは、十代終わりの女の子だった。
「やっぱりここに。急な吹雪で、もしかしてここに避難してるのかと思いました。下の方では捜索隊もこの天気で出せずに心配していましたよ。
うちで、休んで下さい。温かいし、食事もされてないでしょう?」
ホッとしたように、赤井さんと青柳さんが笑った。
「良かった」
「助かったなあ」
「待って下さい。
あなたが氷姫なのか?」
一瞬の静寂の後、その女子は笑った。
「まあ。酷いわ」
「そうだぞ、厚意はありがたく受け取れよ、高校生」
大学生達の警戒心の無さに、溜め息が出そうだ。
「ここまでこの吹雪の中、1人で来たのですか。その軽装で。
もう一度訊きます。あなたは、氷姫ですか。氷漬けの人間が大好きな」
彼女から笑顔が消えた。
「いいわよ、そっちの男達だけで」
「そういうわけにもいかない。わかっていて取り殺させるのは、ね」
「何を言っているのかしら」
流石に彼らも、何かおかしいと思い出したのか、口を噤んで様子を見るようだ。
「来なさいっていってるでしょう。ほれ。来ぬか」
怒りのせいか、セーターとロングスカートとショートコートに包まれた体がガタガタと震え、俯いた顔を覆うように垂れたセミロングの髪がどんどん伸び、いつのまにか、今風の服装から、ドラマなどで見る戦国時代の衣装に変わっていた。
「いう事を聞かぬか」
「ヒイィッ!」
大学生組は、腰を抜かしたらしい。
「気の毒だとは思うが、それで、関係の無い人を凍死に導いて殺すのは違いますよね。そろそろ、逝きませんか」
氷姫は復讐心にたぎった眼でこちらを睨み据え、さっきまでの美少女然とした雰囲気がうそのように、吠えた。
「許さない、許さない!私を裏切った者ども、宿も食べ物も与えずに放り出した者ども、楽しく暮らす者ども!私からすべてを取り上げた者ども!許さないいい!」
氷姫から冷気が吹き付け、壁、床が凍り出す。
「穏便に行きたかったが……」
銃刀法違反は、ちょっと避けたい。
浄力でいくか。
浄力を浴びせる。と、姿が朧気になるほど出ていた瘴気が吹き飛んだ。次ので輪郭が揺らぎ、やがて、消えて行った。
向こうに、白い影が復活している。
「終わったのか?もういいのか?」
赤井さん達が恐る恐る声を出す。
「氷姫は祓いました。後は、あれですね。氷姫から僕達を守ろうとしてくれていたみたいだし、恩を返しておきたい」
「ボクも行くよ」
僕と直は、白い影について歩き出した。
距離も時間もハッキリしないが、ようやく白い影が止まったのは、自然にできた岩の窪みの前だった。積雪が崩れた奥に、まだ若い男女2人の遺体があった。
「氷姫に誘い込まれて、亡くなったんですか」
白い影は、いつの間にか、その女性の方の姿になっており、ゆっくりと頷いた。
男性の方は、ボーッとした霊体が遺体の傍に佇んでいる。
「ああ、彼の方は、縛られちゃってたんだねえ」
「恐るべし氷姫、だな」
それが、氷姫が祓われた事で、縛りが解けたらしい。
やがて正気に返るように彼女の存在に気付くと、2人で手を取り、光の粒になって消えた。
「逝ったねえ」
「ああ。この遺体の事も、言わないとな。面倒臭い」
いつの間にか風が弱まり、雪が小降りになって来ていた。
「お堂に帰ろうか。待ってるよ、きっと」
「色々訊かれるのかなあ。面倒臭い」
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