第68話 氷姫(3)吹雪、止まず

 朝が来た。徹夜明けで皆は、僕以外、目が赤い。

「おい、大丈夫か」

 風邪気味だった白井さんは、喋る元気も無く、震えていた。

 天候は回復せず、吹雪で先も見えない。

 でも、少し向こうに、白い影がチラチラとしているのは見える。

「このまま待った方がいいのかしら」

 桃山さんが言い出した。

「この吹雪だぞ。どうするんだ」

「いっそ、旅館の方を目指すとか」

「どうやって目指すんだよ。ここがどこかもわからないし、視界も無いに等しいんだぞ」

「でも、白井君の熱が上がって来たし」

「だからって、無理なものは無理だろ。完全に遭難するよ」

「何でこんな所にきたのかしら。赤井君達が、人影を追いかけて行くから」

「他人のせいにするなよな。嫌なんて言ってなかっただろ」

 大学生たちは、もめ始めた。

「こういう時はこういう風にもめるものなのかな」

「じゃあ次は、こっちに矛先が向くのか」

 コソコソと、村園と守尾が言う。

「おい、お前らはどう思う」

 うわあ、本当に矛先がこっちに向いた。

「この中を歩くのは危険だと思います」

「崖に気付かずまっしぐら、って事にもなりかねないしねえ」

「吹雪の中だと、上ってるのか下ってるのかもわからなくなるって、講習会で聞いたし……なあ」

 僕達は、留まる派だ。

 と、桃山さんが外を指さした。

「あの白い影に案内してもらえばいいじゃない」

 全員、まず黙り込んだ。

「あれを、信用するって事か?」

「そうよ」

「そのあれが、ここに俺たちを連れて来たんだぞ」

「事情が変わったって言えばいいじゃない」

「聞いてくれるのか?というか、誰が?」

「プロがいるじゃないの」

 うわあ。

「桃山、いい加減にしろ。例え案内してもらえたとしても、移動中の体温低下とかはどう考えてるんだよ」

「その時こういう場所があるとは限らないだろ」

 ウンザリしたように赤井さんと緑川さんが嘆息し、桃山さんはそっぽを向いた。

 ああ、面倒臭い事になった。


 外はとにかく雪と風で、そんなに本格的な防寒対策をしているでもないので、寒い。

 白い影に近寄って行くと、影はフラフラと揺れ、フッと消えた。対話の意思は無いという事か?

 お堂に戻りながら考えてみる。

 あれは、何がしたい?

 人助けか?

 それとも、ここはあいつの巣穴の中で、今僕達は、喰われるのを待っているだけなのか?

 あれから悪いものは感じられないというのは、読み違いか、あいつの欺瞞か?

 わからない。

 お堂に入ると、ホッとした。

「ダメだな。対話する気は、少なくとも今はないらしい」

「シャイなのかなあ」

 直と軽く笑いあう。

 すると保科が、寄って来た。

「なあ。あれって、氷姫伝説の氷姫なのか?」

「氷姫伝説は、雪女譚の変形したやつだ。しかし雪女と違って、初めから悪意しかない。

 それと比べると、今のところ、あれからは悪意をほぼ感じない。氷姫とは別物の霊かな」

「取り敢えずは、安心していいのかな」

 保科は気弱な笑みを浮かべた。

 とは言え、白井の発熱に水に食料に気温。救助隊に早く来てもらいたいのは間違いない。

 ビョオオオッという音と共にガタガタとお堂を揺する風に、特に桃山さんの精神的衰弱が酷い。

「で、どうだった。行ってみたんだろ」

「バレてたか。ダメだ。近付いたら、逃げる」

「天気はいつ回復するんだろうねえ」

 外へ目を向け、重い息を吐く。

 外では、また白い影が現れて、こちらを窺っていた。

 


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