第47話 約束(1)植物園のロマンス
文化祭が無事に終わった事に、感慨深いものがある。こんなに大変だとは、予想外だった。文化祭を不覚にも心待ちにしていた頃が、懐かしい……。
2学期が始まった。
きょうの弁当は、きのうのカニクリームグラタンを利用して量産したカニクリームコロッケ、ブロッコリー、人参しりしり、イワシの梅肉青じそ挟み焼き、ジャガイモのおかか和え、ちくわとこんにゃくの炒め煮、ご飯はとうもろこしごはん。カニカマをホワイトソースに混ぜて一晩冷やしてから揚げたコロッケは、我ながら味もいいし、形も色もいい。イワシを開いて青じそと叩いた梅肉を挟んで焼いたものも、香りがいい。
なのに、とても疲れてあまり食欲が湧いて来ない。
御崎 怜、高校1年生。この春突然霊が見え、会話できる体質になった上、夏には神殺しという新体質までもが加わった新米霊能者である。面倒臭い事はなるべく避け、あんぜんな生活を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に何度も遭っている。
「ああ、昼からさぼりたいよう。ここで昼寝したいよう」
と言うのは、町田 直。幼稚園からの友人だ。人懐っこく、驚異の人脈を持っている。僕の事情にも精通し、ありがたい事に、いつも無条件で助けてくれる、大切な相棒だ。そして最近直も、霊が見え、会話できる体質になったので、本当に心強い。
「どうしたの、2人共。夏バテ?それとも夏休みにだらけ癖が付きでもしたの?」
今日もパワフルなのが立花エリカ。オカルト大好きな心霊研究部部長だ。霊感ゼロだが、幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、心から日々願っている。
「大丈夫ですか。冷たいお茶飲みますか」
これが天野優希。お菓子作りが趣味の大人しい女子で、霊が時々見えるらしい。
この4人が心霊研究部の全メンバーで、全員同学年である。
霊能者を霊能師と改めて国家資格にし、霊能師協会ができるのだが、その試験の為にもと、みっちりとプロの特別指導を連日受けて、僕も直もやや疲れているのだ。
「しっかりしてよね。今日が何の日かわかってる?」
はて。兄ちゃんの誕生日でもないし、給料日でもないし、お客様感謝デーは20日と30日だし。
「元華族の屋敷跡の植物園に行くんでしょ、心霊写真撮りに!」
エリカがプンプンとして言う。
ああそれか。我が校のクラブは活動報告を年に一度しなければならず、文化部は大抵、文化祭に展示などをする事で活動報告をする。心霊研究部としてもそれは同じで、文化祭にするつもりではあるのだが、これまで遭遇した心霊絡みの色々では、ちょっと出せないか写真などがないかで、これと言って報告できるものがないのだ。このままでは廃部となる。色々と持ち込んで居心地も良くなってきた部室を無くすのは惜しく、何かないかとずっと各々探していたのだが、今日の放課後、霊が目撃されている件の植物園に行く事になっていたのである。
「そう。植物園だよ」
「そうだな。講習はもう終わるんだな」
「そうだよ怜、終わるんだよ」
急に元気になる僕達を、事情を知らないエリカとユキは胡散臭そうに眺めていたが、
「だから、しっかりしてよね。いい?」
と、エリカはしっかり念を押した。
放課後、電車で20分の所にあるその植物園へ行く。近頃は来園者が減り、赤字が続いているらしいが、近隣の小学校の低学年は、大抵、遠足か写生で行った事がある程メジャーな所で、僕も1年の時に写生をしに行った。どこを見ても花がたくさん咲いていて、書くのが面倒臭そうで困った記憶がある。
その忌まわしい思い出の庭園を横目に、ガラスの温室の前を通り、広場の隅の桜の木に向かう。幽霊は、この桜の木の下に出るのだという。
「わあ。咲いている時に来てみたいですね」
ユキが立派な木を見上げて言う。
「調べによると、若い男が出る日と若い女の日と、交互らしいねえ。今日は男の方だってさ」
「やっぱり恋人かしら」
「借金取りかも知れんぞ」
「怜君、ロマンがない」
冷たいものを飲みながら、夕暮れ時を待つ。逢魔が時。この世とあの世が交わって、魔に逢う時。
「来るぞ」
エリカに言って、カメラを用意させる。
ふうっと、それは木の下に現れた。
「あ……」
今度のはユキも見えるらしい。
20代に入ったかどうかというくらいか。映画で観るような学ランに制帽といういでたちだった。
「こんにちは」
挨拶して静かに近付く僕達に、彼は寂しげな微笑みを向けてきた。
「こんにちは」
「待ち合わせですか」
「ええ。彼女が来てくれるのを、待っています」
ここまでは、実は聞いている。後は少ししたら、がっかりとしながら消えて行くのだ。それを毎日、繰り返している。
「良かったら、聴かせてくれませんか。先輩」
彼ははにかんで、口を開いた。
「その制服は、一校かな?少し違う気もするけど」
僕は
卒業したら家を継ぐ予定だけど、この戦争が激しくなったら、どうなるかはわからないけどね。
彼女、新田はなさんは、元は呉服商のお嬢さんで、僕の許嫁だったんだけど、家がだめになって縁談も白紙に戻されて、今はこうして、こっそり会うしかなくなったんだよ。
僕が家を継いだらはなさんを迎える。そうはなさんと約束しててね。それだけが、僕らの希望だったんだ。
でも、はなさんに縁談がきてね。相手は成金の実業家で、50歳。愛人が3人もいるような男だ。はなさんは嫌がってるんだけど、ご両親と今世話になってる伯父さんが乗り気らしくて……はなさんは、断れないって、泣くんだよ。
こうして会っていたのもばれて、なかなか自由に外出もできなくなったから、僕の友人の百地に伝言を頼んだんだ。父に認めてもらうから、その縁談は断って欲しい。もしそうしてくれるのなら、ここで待っているから、しあさっての18時にここへ来て欲しいって。
もう、18時だ。はなさんは、来ないね。一緒に暮らしたかったな。瀬戸のしまなみはとても美しくて、是非、はなさんに見せてやりたかったなあ。
ふわあっと薄れそうな郡家さんに、待ったをかける。
「先輩、ちょっとだけ待ってもらえませんか。はなさんは忙しくて、遅れるのかもしれませんし」
「そうかい?じゃあ、少しだけ待ってみようか」
郡家さんは優しそうな笑顔を浮かべると、そこにじっと、佇んだ。
それを見届けて、直に合図を送る。
直は昨日一緒に練り上げた札を、指に挟んで、深呼吸した。
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