第36話 呪術師・魅華(1)飛べよ鳩
講師が皆の間を歩きながら、各々の札の出来を見て行く。
霊能者をまとめる組織として協会ができ、霊能師という国家資格になる為、その受験勉強をしていた。
御崎 怜、高校1年生。この春突然霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺しという新体質までもが加わった、新米霊能者である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に何度も遭っている。
隣で同じ課題に取り組んでいるのは、町田 直。幼稚園からの友人だ。人懐っこく、驚異の人脈を持っている。僕の事情にも精通し、ありがたい事にいつも無条件で助けてくれる、大切な相棒だ。そして最近直も、霊が見え、会話ができる体質になったので、本当に心強い。
高校受験を終えてから1年も経っていないのに受験勉強とは、思いもしなかったが、まあ、資格を取っておくのは、悪い事ではない。
「ほお。御崎君は覚えが早いし、安定しているね。それに町田君は丁寧で早いな。2人とも、この調子でしっかりとな」
「ありがとうございます」
覚えが早いというのは、間違ってはいないが、それだけではない。僕は週に3時間も寝れば済む無眠者なので、人が寝ている時間を有効利用できるのだ。だから、少し後ろめたい気がする。
「ありがとうございまあす」
直は素直に喜んで、講師に礼を言った。
これは受験予定の人間を集めた有料講習会で、既にプロとして一線で働いている霊能者は別にすると、僕達は有望株扱いらしい。
「先生、できました」
名家の跡取りだというこの大学生野村恵介も、優秀だ。僕達をライバル視して来るが、霊能関係の知識に関しては、やはり子供の頃から修行を続けて来た野村さんが断突だった。
「うん。野村君のはお手本のようだねえ」
「ありがとうございます」
座学に実技、試験までに覚える事はまだまだある。ピリピリした様子の野村さんの視線を感じる度に、面倒臭い事にならないようにと、祈るばかりだ。
「では次に、式神を飛ばすのをやってみよう。
特定の相手や場所を指定し、札を飛ばし、伝言を伝える。札に刻む命令はどうなるか。はい、始め」
皆は一斉に、札に文字を書き連ね始めた。
昆布を酒で湿らせて軽く戻し、両端をタコ糸で括って舟の形にする。そこへ、牡蠣、しめじ、人参、ほうれん草を形良く乗せて、酒少々をふり、下から炙って、ポン酢をかけて食べる。あとは、野菜と厚揚げの煮物、胡麻豆腐、卵とわかめの味噌汁。
「牡蠣と昆布の旨味が、いいな」
うん、うん。
兄の満足そうな様子に安心する。
「銀杏もあればよかったんだけどね」
「いや、これで十分美味いよ」
「牡蠣があと半分残ってるから明日は牡蠣ご飯にするから」
「楽しみだな」
熱いのをもう一口。
兄の司はひと回り年上で、刑事をしている。若手で一番のエースと言われ、たまたまだが、裏にある警察署に配属されている。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない、自慢の兄だ。
「学校に講習会に家事までして、忙しいだろう。俺だってやるぞ」
「いいよ、どうせ僕は時間が余るんだから、大丈夫。ありがとうな」
「講習会はどうだ」
「面白いよ。札を鶴にして飛ばしたり」
「へえ。どういう仕掛けなんだ」
「コンピュータープログラミングの要領かな」
そんな話をしながら食べ終え、片付けようとした時、窓を鳩がコツンと突いた。
「あれ?直、早速今日の復習かな」
窓を開けて鳩に手を伸ばすと、鳩は札に変わる。それを手にして走り書きの伝言を読み、顔色を変えた。
「兄ちゃん、直が誰かに捕まった!」
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