第15話 蠱毒(2)殺し合い
息を殺し、心臓の音さえ小さくなれと祈りながら、名前の知らない大きな木の陰で身を潜める。その先1メートルもない所を、恨みに支配されたであろう悪鬼のような霊がスウッと通った。行ってからまだ少し待って、ようやく息を吐く。
ここがどこかの結界の中だというのは予想がついた。だが、それがどのくらいの大きさなのか、どんな条件で解けるのか、この中にさっきのようなのがどのくらいいるのか、それが全くわからない。
何体かは鉢合わせして祓ったが、数によっては、力を温存しておかなければまずい事になりそうだ。
結界が解けるまでは、周囲を常に警戒しておかなければならない。いくら週に3時間も眠れば済む無眠者だとは言え、精神的に緊張を維持し続けるのは、終わりがわからないだけに、ストレスが強い。
僕は舌打ちしたいのを堪えて、これが発動するきっかけとなったであろう手毬の事を考えた。何で触っちゃったかなあと後悔するが、それが人間だ。だから昔、ペン型の爆弾とかが使用されたわけだし──と思っていると、また、気配が近くに寄って来た。もう少し右に寄らないと見つかるか、そう思って体重を軽く移動させただけのつもりだったのに、足元の落ち葉がかさりと音をたてる。
そいつと、目が合った。
と、先制攻撃を浴びせ、最小の力で消し去る事に成功する。
だが、今のやり取りの気配が、他のやつらを呼び寄せたらしく、2つの気配がこちらに殺到する。せめて有利な条件を整えなければと、背中から不意打ちされる心配をせずに済む所に、急いで移動した。
現れたのは、霊が1体と、実体を持つ何か。両手がダラリと長く、全体にガッシリとしていて、頭に2本の角がある。
「え、鬼?」
実在したのか?図鑑には載ってなかったけど。
「それより、物理的手段でないとダメとか……」
そいつらは僕を弱いエサと見たか、どちらの賞品にするのか、まずは自分達で争いだした。
鬼は霊に殴り掛かり、その手が空を切る。
霊が鬼に邪念を吹きかけると、ほとんどダメージはなく、むしろ鬼が余計に興奮し、興奮ついでに走って木にぶつかると、それが一番ダメージになっていた。
つまり、この鬼には物理攻撃しか効かないということだろう。
そこらを見廻して、何か使えそうな物はないかと探す。何とか手首程の木の枝を拾い上げた時、勝負がついた。僕の対戦相手は、鬼らしい。
まずは、振り下ろしてみる。
と、ガードしてきた腕に当たって、枝は、あっさりと折れ飛んだ……。
「……」
「……ガア……」
思わずというか、僕も鬼も、黙って飛んでいく枝を見送ってしまった。
多分向こうも同じ、「え、意外ともろいな」とか思ったんだろう。
でも、我に返ってこちらに向き直った時には、殺る気に満ち溢れた目をしていた。
どのくらい時間がたったのか。
どのくらいの霊を消し飛ばし、異形のモノを刈ったのか。
感覚がマヒしたように、恐れも、驚きも、罪悪感もない。刈るたびに、なくなっていく。
霊はまだいい。いつもの感じで要領はわかっているから。問題は、鬼だった。
木の枝は折れ、もう少し固い枝になった。それも折れ、折れて千切れた鬼の腕を振り下ろした。それが消え、とうとう手ぶらになった。
幸いなのは、最初よりも、敵に遭わなくなった事。
まずいのは、武器が無い事と、残っているのが皆強くなっている事、そして、僕の力がいつまでもは続かない事だ。
ああ、疲れた。
湧き水があったので、顔を洗いたいと思った。
水を汲もうと手を水面に差し入れかけて、ギクリと飛び退る。
鬼がいると思ったら、水面に映る自分だったのだ。
久しぶりに我に返ったら、涙が出て来た。
「兄ちゃん、直、帰りたい。もう嫌だよ、面倒臭いのは」
流石に集中力も途切れがちになり、いきなり前方の茂みが揺れた時は、もう終わりかと思った。だが出て来たのは中年の男で、こちらを探るように見てから、
「人間やな」
と確認してきた。
「人も、いたのか……」
「まさかこんな子供まで巻き込まれたとはなあ。それにしては、よう生き残っとったな」
男は肩の力を抜きながら近づいて来ると、湧き水で手を洗い、笑いかけた。
「うん、ようやった。おれは長井、霊能者や」
「僕は御崎 怜。霊能者の見習い、です。
これ、結界だってことはわかるんだけど、何です。どうすれば帰れるんですか」
長井は隣に座って、足を投げ出した。
「これは蠱毒の仕掛けや。蠱毒、わかるか?」
「何か虫とかをひとつところに閉じ込めて、最後の1匹になるまで戦わせるとか」
「まあ、大筋それや。これを仕掛けたんは、外道に落ちて呪殺に手ェ出しとるやつやな。悪霊や悪霊化して鬼になりかかっとるやつを集めて閉じ込めたんや」
「悪霊化……あの鬼は、悪霊化したものですか」
「そうや。悪霊化して実体まで持ったやつや。
それだけやのうて、俺らみたいな霊能者もぶち込みやがった。向こうで、喰いかけの遺体、見たわ」
「……」
「スタンダードに行くんやったら、最後の1人になったら結界が解ける。解けた瞬間に、そいつを傀儡にする為に術者が殺しにかかってくるから、返り討ちにしたったらええ。
でも、素直に従ったる義理はないしなあ。人間だけになったところで力合わせたら、強引に、解けるんちゃうかと思うんやけど」
よくわからないが、先輩だ。僕より知っているだろう。
「わかりました。協力します」
「おおきに。ええ子やなあ」
「……外から、ここに結界があるとわかりますか」
「わかるで。俺はそれで、調査しとったんやから」
「だったら、その瞬間を津山源堂先生の弟子の人達が見てましたから、探してはくれている筈です」
「ラッキー。川とかを介して、結界が綻び易くなるんや。向こうでもそこにおってくれたら、解ける可能性はないこともないで」
断言はできないのか。それでも、ましだな。
「そこの湧き水はどうですか」
「OKや。順番に覗きながら、片方が警戒。これで行こ」
「はい」
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