第9話 水遊び(4)事故現場には真夜中に
吉井さん──噂の兄の先輩兼相棒の名前である──にお茶を淹れてもらって飲みながら、先月に引き続き今月も警察に来たなあ。僕が何かしたわけじゃないけど、とか思う。
説明の為に金代共々警察署に来た僕と京香さんだが、兄の職場を見れるのは嬉しい。同僚の人も優しいし。
パニックの後は放心したようになった金代は、知人4人で子供を誘拐した事実を喋り出した。鍋島がバイト先で知った夫婦の小学生の息子を、1人でいるところをまず鍋島と南部が「遊ぼう」と声をかけ、かくれんぼと言って段ボール箱に子供を隠して封をし、それを田井が山中の元ロッジの空き家に隠しに行く。それから両親に脅迫電話をかけて身代金を受け取るのが金代だったのだが、運ぶ途中で田井が心筋梗塞で急死して車は湖にほとんど転落。崖の半ばに引っかかっていた車からは段ボール箱は出てこず、残った3人は、何もなかった事にして知らん顔をしていたらしい。
ところが、次々と仲間が不審死を遂げ、最後の金代が死にかけたところに、警察が偶然居合わせたという事になる。
子供は湖に落ちて段ボール箱で溺死したに違いない。そして、犯人である「遊び相手」に、遊びの続きを強請っているのだ。
金代には腹が立つが、子供に遊びを続けさせて、関係のない人とも遊びたがるようになっても大変だ。すでに僕は、どうやら遊び相手としてロックオンされている気がする。
田井の事故現場周辺を朝を待って捜索するらしいが、彷徨う魂の方を捜索するのは、僕と京香さんにしかできない事だ。
「お疲れ様。大変だったね」
吉井さんは柔軟な頭の持ち主であるらしく、霊が、とか言っても信用してくれた。
ついでにコソッと、料理が壊滅的な嫁にもできる料理を教えて欲しいと頼まれた。兄ちゃんのお世話になっている人だから、なんとかしてあげたいな。うん。
「もう今日は帰っていいよ。御崎、送って──って、裏だったね」
「はい、ありがとうございます。
怜、いいか。少なくとも自分からは危ないことに首を突っ込むんじゃないぞ。辻本さん、くれぐれも、お願いしましたからね」
兄がクールな顔で目に力を込めて威嚇して、京香さんはコクコクと頷いた。
離れた途端、息をついて、
「怜君が絡むと途端にこれだもんねえ」
と恨めし気に僕を見る。
「で、これからですが」
話を変えよう。
「あの子を探さないといけませんよね」
「そうね。どこに行ったのか……。
そう言えば、最後、攻撃しかけたのに思いがけなくできなくて、一旦帰った風に見えたんだけど」
京香さんは声が聞こえないのを視覚で補うためか、やはり観察眼は優れている。
「……弾切れ?水を補給しに戻ったとか」
「その辺のじゃなく、特別な水かしらね」
「ということは」
「その湖」
田井の事故現場がどこか知らないが、ネットで漁ればすぐにわかるだろう。まさか、兄に訊くわけにもいくまいし。
僕らはすぐに京香さんの家に飛び込み、ネットで調べてみた。
車で20分のところにある湖。詳しくはわからなくても、湖の周りを1週すればわかる。
すぐに表へ飛び出して、タクシーを探した。
湖周道路は空いていた。そろそろ夜中の1時半、他の車も見当たらない。
ガードレールがひしゃげたカーブの手前でタクシーを降り、ゆっくりと端まで行って下を覗き込んだ。暗くて良く見えない。
「今更だけど、下がって見てる?危ないわよ」
「本当に今更ですね。
でも、悪いことをした子は大きいもんが叱らないと」
濃密な水の臭いが漂う中、男の子は水辺で立ち尽くしていた。が、いきなり顔をこちらに、ぐりんと音がしそうな勢いで向け、禍々しく笑った。
マッテタヨー
「そうか。子供がいつまでも遊んでる時間じゃないぞ。そろそろ、川の向こうに引っ越ししようか」
ヤダヤダ アソブー
「聞き分けのない子ね」
肩を竦めながら、京香さんは密かに印を結んで準備に入っていた。向こうも、太い水蛇を眼前に出して、準備に入っている。
放ったのは同時だった。
間で相殺されて水がぶちまけられ、お互いに次のチャージに入る。そのタイミングで、僕が放つ。2対1が卑怯だって?知るか。
子供は崖の上、僕の前に移動すると、
イタイ
と文句をつけてくると、今度は水玉をぶつけてきてキャッキャとはしゃぐ。
吹っ飛ばされた京香さんが、気管に入って来た水を排除して、せき込んだ。
「子供だと思っていたらとんでもない悪ガキだったんだな」
近付いて来て
アソボー
とこっちに伸ばして来た手をむんずと掴んでやると、子供はキョトンとし、京香さんは焦ったように
「何触ってるの!」
と喚いていた。
冷たいものが、そこからザアアッと這い登って来る。
「悪いな」
掴んだ、感覚のほとんどない手から、一気に流し返す。
と、掴んだその部分からドミノ倒しのように、浄霊が成されて行く。
「家に帰れ」
子供は、小さく「ママ」と口を動かして、そのまま消えた。
元はと言えば誘拐したヤツらが悪いのに、いいとばっちりだったな、あの子。
そんな事を考えてしんみりしていたら、ズカズカと近付いて来た京香さんに頭をはたかれた。
「何するんですか、もう」
「こっちのセリフ!悪霊に触るって、何してるのよ!折角独り立ちOKかと思ってたのに、台無しよう!」
「え、独り立ちですか」
「仮免だけどね。上手くできてるし──って、話を逸らさないの!」
「ああ、いや、うん。すみませんでした。つい。
それよりどうやって帰りましょう?タクシー帰しちゃったし」
「電話で呼べばいいじゃない」
「この前事故のあった所って?この時間に?怪談と間違われてお仕舞いですよ」
「えええーっ!?」
騒いでいると、見覚えのある車が近付いて来て、仏頂面の兄が降りて来た。
「怜。言いたい事は、わかっているな」
「はい。ごめんなさい」
「辻本さん」
「もも申し訳ありませんでした。でも、無事に、問題なく、安全に、浄霊が終了しました。もうこの事件は起こりません、はい」
腰が低いな。というか、さっきの危険行為はなし崩し的に無かった事になってるな。ラッキー。
と胸を撫で下ろしたのだった。
部室に弁当を持って入ると、待ち構えていたエリカが身を乗り出して宣言した。
「今日は水神様の怒りを鎮めて事件に終止符を打つわよ!」
面倒臭いことを。今日は兄の為に肉巻きを作るのだから、放課後は帰りたい。なので、つい、
「ああ、あれはもう終わった。水神は関係ないし」
と、ポロリと言ってしまった。
しまった、と臍を噛む僕の横で、直があーあという顔で苦笑していた。
「どういう事!?ねえ!?」
「仕方ないねえ、怜。報告会、報告会」
ああ、もう、クラブなんてやっぱり面倒臭い!
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