階段に照る半月

お月見もちもち

「階段」

秋も深まるころ、その人は道を歩いていた。かつかつ、と靴音を鳴らし、涼しくなった風の吹く細い路地を一人行きながら、空に昇る月を眺めていた。

住宅に囲まれたその道は、電柱に取り付けられた電気でしかてらされていない。その人は心に何かを抱えながら歩いていた。

かねてより仲のいい友人が、最近よそよそしいのだ。いや、友人と呼ぶには少し親しすぎる仲だ。けれど、恋人というには足りないような、微妙な間柄だった。

そもそも、その人には恋がわからない。友に感じる親愛の念と、恋人に感じるそれの違いがわからなかった。周りがその人との仲を囃し立てても、嬉しさは感じたが特段に特別な感情が沸いたわけでもなかった。

思えば、それがきっかけだったのだろうか。お互いにまんざらでもない顔はしていたものの、とりわけ恋と呼べる感情のわかなかったその人は、「これからもいい友人でいよう」と口走った。それから、相手がなんとはなしによそよそしくなったのだ。

かつ、かつ、かつ………。

靴音を鳴らしながら夜道を歩きつつ夜道を当てもなく進んでいると、どこからか、春風の香りがした。

そっちのほうを見やると、そこには階段が続いていた。屋外で屋根はないのに、そこだけ古い家屋の中のように、黒くつやつやした木の階段がどこまでも上に伸びていた。

寄り道をする気はなかった。けれど、それに心惹かれてしまう。

夜の暗闇の中でもより一段と輝いて見えるその階段の漆黒は、その人をどこか遠くへいざなうようだった。

こんなにきれいな階段なのだ、土足で踏むのは心苦しい。靴を脱いで一段ずつ上がっていく。

ぺた、ぺた、と木が足に吸い付く。ひんやりとした木の感触を踏みしめながら、一段ずつ上へ上へと進む。その先は闇のように何も見えなかった。その人は時を忘れて登っていった。

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階段に照る半月 お月見もちもち @Otsukimimochimochi

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