青春ブタ野郎はキスする彼女の夢を見る

秋山洋一

第1話 日常の中の非日常

 この日、梓川咲太あずさがわさくた窮地きゅうちに立たされていた。

 正確に言うと、立たされていたのではなく、自ら立ってしまった。

 約束の時間を二十分すぎて、待ち合わせ場所の藤沢ふじさわ駅に着いた咲太の前には、ひとりの女の子が立っていた。

 名前は桜島麻衣。子役時代から国民的知名度をほこる女優さん。今も芸能界で活躍かつやくし、咲太にとっては恋人でもある。美しく整った顔立ちで、長くつややかな黒髪が印象的。

 センター試験が終わり、一月半ばを過ぎた土曜日の今日は、江の島水族館でデートをする日だった。

 これは、昨日の帰り道での話の結果だった。

「咲太、明日空いてる?」

「はい、空いてますよ」

「・・・・・・」

「あの、麻衣さん?」

「・・・・・・」

「麻衣さん、明日デートしてください」

「いいわよ」

と、麻衣から振ってきた話を、咲太から振ったような形でデートをすることにしたのだった。

 しかし、デート当日の開始と同時にやらかしてしまった。

 目の前に立っている麻衣は静かな顔をして咲太を見ていた。

 どうにかしてご機嫌を取らなくてはならないものの、遅刻したのは自分の責任であり、上手い言い訳も思いつかなかった。もちろん、言い訳を思いついたところで、さらに追及されて墓穴ぼけつをほることになるのは分かっていた。

 まずは、謝ろうとして、

「すいません、麻衣さん、実は」

その声を遮るようにして

「いいから、ほら、行くわよ」

と、麻衣は遅刻のことなど気にしていないように言った。

 不思議に思いつつ頭を上げると、麻衣はそれを待っていたように歩きはじめ、藤沢駅の改札にICカードをかざした。咲太も遅れずに改札をくぐり、片瀬江ノ島方面のホームに向かった。

 ホームにはちょうど走ってきた電車が入ってきたところだった。

 二人で乗り込んだ電車は、発車時刻になりゆっくりと走り出した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る