タイムカプセル

北見 柊吾

タイムカプセル

 僕らの小学校の同窓会は二十年前の追悼から始まった。


 もう、あれから二十年が経つ。

 受付を済ませて教室へ入ると見知った顔がいくつも並んでいた。

「おぉ原じゃねぇか、おい俺だよ。分かるか?」

「あぁ、菊池だろ?何年ぶりだ?」

 あの頃の人懐っこいガキ達も年相応、見事なまでに年をとっていた。前の席に座って喋っていたガタイのいい男もこちらを向く。

「おい、原。あぁ坂井だけど、お前ら結婚してたのか」

「あぁ?待て、お前があのミツキ?」

 自分に投げかけられた質問も忘れて唖然とした。最近人気が出てテレビの露出も増えてきたバンドのベースがそこにはいた。ミツキもとい坂井充希は頭を掻いた。

「あぁそうだ、知ってるのか。嬉しいけどな」

「ミツキ?ガーレットファンクの?」

 僕の斜め後ろから少し嬉々とした声が上がる。三十年聞いてきた声だ。唯一懐かしい感情が沸くことのない同級生は面白がっていた。

「えぇっ、ドジっ子が今じゃあんなにかっこよくバンドやってるの?」

「あぁ悪かったな」

 坂井は少し照れて原舞、旧姓野口舞と話している。


 そう言えば。今思い出したが、坂井は小学校の頃、舞が好きだった。自分をどれだけでもからかってくる舞を。ラブレターを渡してくれとも頼まれたか。懐かしい思い出につい頬が緩む。


 教室を見回す。色々な顔から数々の思い出が蘇る。出席番号順、二十年前の卒業式と同じ席に着席する。さすがに机も椅子も低い。

 当時の担任である加藤先生が黒板の前に立っていた。新米だったあのころとは違い、今では中学校の校長をしているらしい。

「全員が自主的に着席したか、あの頃はこんなことなかったのにな」

 加藤先生の一言に笑い声が起こる。全員、か。坂井のうしろの空席を見て心はなにかを訴えてきていた。



 坂本。坂本ゆい。



 二十年前、卒業式を目前とした三月二日。坂本ゆいは突如交通事故で両親を失い、その数日後の三月二日に学校から飛び降りて死んだ。

 両親が死んだあと、僕は坂本と話していた。あれは坂本が飛び降り自殺する前日だったから、三月一日のはずだ。どこかの住宅街の道の真ん中で。坂本の家の近くではなかった気がする。何故かは覚えていないけれど、僕と坂本はあの道にいた。話していたのはこれからのことについてだったと思うけど、それは決してこれからのことについてではなかった。遠い未来のことを坂本は話していたと思う。今でもよく夢に見る。あの日の坂本の疲れきった顔を。あの日の坂本の虚ろな瞳を。


 そしてまた思う。俺は坂本のことが好きだったのだ。

「原、原!」

 気付けば名前を呼ばれていた。いつのまにか点呼をしていたらしい。

「あ、あぁ、はい」

 笑顔を見せる。

「大丈夫か?意識が飛んでいたぞ。先生の拳骨を忘れられる程疲れているのか?」

 みんなの心配しているような目線を苦笑いで返す。思い返せば、昔もそうしていたのかもしれない。


 坂本と僕は、仲は悪くなかったが特別に仲が良かったわけでも、一緒に遊ぶような仲でもなかった。学校で楽しく会話をするくらいの関係だった。坂本とはよく、詩を作ってその詩の頭文字での伝言ゲームなるものをして遊んでいたのを覚えている。

 はははっ。そんな大人びた笑いをする子だった。言葉遣いに長けていて、語彙が小学生なのにものすごく豊富だった。僕は子供ながらに羨ましかったから、やっぱり坂本を好いていたのだろう。


 二十年ぶりの朝礼を済ませた六年二組の卒業生は一層長く感じた黙祷を済ませるとスコップを持って校庭にいた。この同窓会のメインイベント、タイムカプセルの開封だ。僕は今日このために来たのだ。タイムカプセルの中身は坂本の両親の事故の日に持ち寄ったものだから、もちろん坂本の手紙も入っている。

 僕達は子供に戻ったかのようにわいわいと騒ぎながら土をスコップで掘り返した。スグに見覚えのある銀の箱が出てきた。当時学級委員長だった中川が丁寧にテープを取り蓋を開ける。

 順番に皆がそれぞれ自分の手紙を開けて笑っている。僕も自分の手紙を受け取った。

「未来の僕へ」

 なんともありがちな手紙だ。我ながら苦笑する。過去の僕は将来の僕に強い期待を寄せていた。三十二歳になった僕にはなんともつらい。二十代でプロの画家になって、それから五年くらいで世界の美術館にかざられるような画家になっています。

「あんた、そんな夢だっけ?」

 そうケタケタ笑う舞の夢は女子アナウンサーだった。


 皆がそれぞれ盛り上がるなか、中川が声を張りあげた。

「おぉい、坂本の手紙、どうしたい?」

「みるか、あいつの最期の想いだろ」

 なぜか手紙は僕の手元に回ってきた。懐かしい字だ。ゆっくりと封を切る。手紙は四枚入っていた。女の子らしい可愛いキャラクターの便箋には輝かしい未来が書かれていた。大学を出て、いい人を見つけて家庭を作る。女の子らしい。可愛い、なんともあどけない夢だ。そしてあとの二枚はギリギリに入れ込んだんだろう、ノートの切り紙だった。そこには一転、両親の事故と子供ながらにどうすればいいのか分からない坂本の苦悩が書かれていた。あの疲れきった顔でそのまま書いていたのだろう。坂本の表情が脳裏に鮮やかに蘇った。ゆっくりと読みあげる。あいつの想いを供養するように。


「私、もう疲れちゃった」

 そう言って坂本は微かに口元を緩めた。なんと言っていいか齢十二歳の僕には分からなかった。


 首魁堕つ

 羅刹の国の

 野辺に唄う

 亡者は何処

 憂き世の定め

 酒池肉林に溺れよと

 有為の奥山越えん今


 あの時坂本が別れ際、最後に呟いた言葉を僕は今になってハッキリと思い出した。頭文字を追えば「修羅の妄執」。現世への恨み、執念。幼いながら坂本らしい言葉の使い方だ。


 二十年前に見慣れた丸っこい特徴的な字は荒んでいた。しかし、手紙の最後の最後で僕は手紙にくぎ付けになった。


 P.S.原くんへ。

 最後まで私を気づかってくれてありがとう。

 私はこれで多分いなくなるけど、まいちゃんと仲よくね。この手紙が読まれている時、しあわせでいてほしいです。

 私は原くんが好きでした。

 ありがとう。


 短いなかには坂本の気持ちが溢れていた。僕はぼやけて前が見えなくなっていた。手の甲で拭くと涙があふれていた。隣で舞は泣いていた。あいつの手を振る一挙一動がもう一度ぼやけた視界に見えた気がした。


 ありがとう坂本。俺も好きだったよ。


 目の前に浮かぶ坂本は笑った気がした。隣で泣いていた舞がごめんねと何度も言った気がした。

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