異世界冒険譚

歩兵

序章 皆の夢が叶う世界

第1話 異世界【アレシオン】

「いってぇー……」


 くそっ、朝から頭が割れるように痛い。昨夜、遅くまでアニメを見ていたことの代償だろうか。朝から最悪な気分でベッドから出ようとすると、ある異変に気がついた。


 俺の部屋じゃない。


 それに若干の動きにくさを感じて服装を見ると、寝る前に着ていたパジャマからいつのまにかに高校の学ランに着替えている。目覚めた部屋は壁や床、天井まですべてが冷たい岩肌で覆われ、残されているのは愛用のベッドだけ。少なくとも俺の住んでいたボロアパートはここまで原始的じゃなかったはずだ。


 洞窟の小部屋のような印象を受ける部屋を眺めていると、ふと視界の端にプルプルとした青い物体が映った。青い物体はプルプルと揺れながら進み、ドアノブを器用に回して部屋から出て行ってしまった。


 ……あの青いプルプルはどう考えても地球のものじゃないし、俺はあいつをよく見たことがある――ゲームに出てくるスライムだ。


 仮にあいつをスライムとすると俺はどうすればいいんだ。攻撃か逃走か、ゲームならこの二択だろうがひのきのぼうすらない俺にとっては逃走一択。しかし、この部屋の出口はさっきスライムが出ていった扉の一つしかない。


「はぁ、仕方ないか」


 溜息を一つ吐き、後ろからばれないようについていこうとして移動した。そのとき、学ランがいつもよりわずかに大きい気がしたが、俺は気にせず先に進んでいった。そして、やはりというべきなのだろうか。そこにあったものは慣れ親しんだ我が家の廊下ではなく長く続く洞窟だった。


 ついでに言うと、その洞窟はたくさんの今まで見たこともないもので埋め尽くされていた。


 洞窟を隅々まで照らす光る苔。

 地球の図鑑などでは決して見たこともない光る鱗粉をまき散らしながら飛ぶ蝶。

 ムカデとトンボ、クワガタが合体したようなカッコいい虫。

 コロコロと転がっていく小型犬くらいの大きさのダンゴムシ。

 洞窟の中なのに小高い丘の上で咲いているかのような青々しさの草花。

 メトロノームのように左右に揺れるキノコ。

 2本足で立って踊るニンジンやダイコンに似た何か。


 そのどれもがただひたすらに美しかった。スライムは俺を待ってくれていたのか、洞窟の先で静かに佇んでいた。その姿に俺はばれないように後をつけることなど忘れて小走りでスライムを追いかけたのだった。


 しばらくして洞窟を抜けると、神殿……だろうか。真っ白い祭壇があった。部屋の四隅には巨大な柱がそびえ立ち、奥に続く通路は舗装され、その端には水が流れていた。


 しかし、この場所にはそんなことよりもっと重要なことがあった。


「おや、スラお。どうしたんだいそんなに慌てて」


 人がいた。茶髪のロングヘヤーを雑に結わいた女性で真っ白なロングスカートに身を包み、カーディガンを羽織っている。


 彼女は祭壇の上でしゃがみ込み、先ほどのスライムを撫でていた。


「あの……すみません! ここはどこなんでしょうか?」


「おや? なるほどなるほど。これはスラおよくやったな。よしよし」


 彼女は声を上げた俺の方を見たかと思うと、再びスライムを撫で始めてしまった。


「教えてください。お願いします」


 俺は頭を下げて、彼女に頼んだ。


「ふむふむ。日本の学生服ということは年齢は十六から十八ってところかな。身長は一六○センチくらい? 黒髪の短髪で蒼眼のイケメンとはにくいね~。体つきからしてって……ん? なるほどなるほど。これは面白そうだ――っと、これは失礼。私ともあろうものがすっかり君のことを忘れてしまっていたよ。人と話すのは久しぶりでね」


 俺の質問に対して彼女はすぐに答えるわけではなく、ぶつぶつと何かを呟いていたがやがて一つの質問をしてきた。


「早速なんだが、君は異世界というものを信じているかい?」


 昨日までの俺なら答えは曖昧なものだっただろう。「そんなものないと思う。だけど、あったらいいな」と。しかし、今の俺の答えは一つだけだ。


 なぜなら、俺が今その場所にいるから――


「異世界はあると思います」


 その答えに彼女は満足したのか、ニコッと笑みを浮かべて応えてくれた。その後、腕を大げさに広げて声高らかにこう告げた。


「異世界、地球の日本から来た少年よ。君は運がいい。そして私は君を歓迎しよう! ようこそ君たちが夢に描いた剣と魔法の世界、【アレシオン】へ!」


 嬉しさがいっぱいで身震いが止まらない。ここが異世界。俺が夢にまで見た異世界転移なのだから。


 そんな俺の喜びを知ってか知らずか彼女は一呼吸置いてから言葉を続けた。


「君も驚きの連続だろうが近くに私の家があるのだよ。そこでゆっくりとこの世界のことについて説明してあげよう」


 そう言って彼女は奥の舗装された道を進み始めたが、ついていこうとした俺の足はピタリと止まってしまった。


 ここは地球じゃない。異世界だ。


 最初、スライムに対して抱いたような危機感が再びよみがえる。俺はこのまま彼女について行っていいものなのか。物語では主人公が浮かれていて、足元をすくわれたり、罠に嵌められたりと散々な目にあっているものもある。


 悩んでいた俺だったが、彼女が察してくれたのか振り返って一言。


「安心するといい。私のりん林原はやしばらりんだ。君と同じさ。悪いようにはしないよ」

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