悪女

池田蕉陽

悪女


俺は胸の中が焦りとモヤモヤに包まれながら、駅に向かった。

ギターの重みには慣れているが、さすがに長時間も背負っていると、肩が凝ってきた。


スマホで時間を確かめるともう夜中の12時を回っていて、終電電車に間に合うかギリギリだった。こんなに遅くなったのは、バンド『Bombers』の一員である木山とファミレスで大事な話をしていたためである。


さすがに、深夜を回っても大阪の難波駅には人が大勢いた。しかし、不思議にも終電電車に向かっているのは俺一人だった。他の人達は皆、駅の店に寄るだけで夜の街に帰っていった。


駅のホームに着くと、俺が乗る予定だった終電車は何故か扉が全て閉められていた。中には誰もいない。明かりだけはついてある。


これが終電車かどうか怪しくなってきた。誰一人ここに向かわないのはそれが理由だからだろうか。いや、それなら切符は買えないはずだし、ちゃんと各停とも書いてある。


頭の中で思考を巡らせながら、奥の車両を目指して歩いていると一番奥だけ扉が開いていた。中には数人の人もいて、俺は安堵の息を漏らした。


終電車なので、奥の車両しか扉が開いていないのだろうと、勝手に1人で納得して俺は電車に乗った。


冬の寒さからの暖房が効いた車両は、まさに地獄から天国だった。


車両の中は、セーラー服を着ている女子高生くらいの子、会社帰りであろう七三で分けたメガネの若いサラリーマンとネックウォーマーと編み帽子で顔が見えない人の3人がいた。

ネックウォーマーの人が座るすぐ横は運転席で運転手がいた。

運転手は前を向いており、後ろ姿しか確認することができなかった。


俺は、誰からも近くも遠くもない壁にギターをもたれさせた。ギターの傍の椅子に座ろうとすると、窓が反射して自分の金髪と革ジャンが見えた。顔は疲れきっている。無理もない、朝からバンド練習があったからだ。


俺はため息を漏らすと、疲れで重くなった体を椅子に任せた。


俺は再び、今日あった出来事を頭で繰り返した。


[newpage]



「最後の1曲フルで通した感じみんなどう思った?」


俺はスタジオの中で、他のバンドメンバーに意見をきいた。


「私的には良かったと思うよ?みんな息もあってたし、一週間後のライブには間に合いそうね」


キーボード担当の中島 美咲が汗を流しながらそういった。美咲は俺の彼女でもあった。付き合い始めたのは2年前、まだ俺と美咲が18の頃だった。同じ音楽の専門学校に通っていて出会ったのだ。音楽の価値観が一緒ですぐに意気投合して付き合い始めた。


「俺も良かったと思うよ」


指が疲れたのか、木山はポキポキと関節を鳴らしていた。木山はベース担当で、こいつとも専門学校で出会った仲だった。


最後に俺はドラムの田村に目を向けた。

相変わらず田村は髪が長くクールな眼差しで親指を上げていた。

こいつは世界一無口な野郎だ。


俺たちバンド『Bombers』はこの4人で形成されていた。

俺はギターボーカルの2役を務める言わばこのバンドのリーダーでもあり設立者だった。


本当はもう1人女子を入れたかったのだが、生憎条件の合う人がいなくて男子3女子1の形になってしまった。

それでも俺が心配していたことは起きず、無事この2年楽しくやっていた。


「よし、じゃあ今日は終わりにすっか」


俺たちはスタジオを出ると、もう辺りは真っ暗で月が見えていた。


「じゃあ、今日はこれで、みんな、おつかれ」


毎回、スタジオを終えると俺のこの言葉で締めることになっている。


「それじゃあ帰るとしますか!」


彼女の美咲が張り切ってそう言った。


「あ、ごめん文樹、ちょっとお前と2人で話したいことがあるんだけど」


4人で難波駅に向かおうとすると、それを止めたのはベースの木山だった。

木山からこんな風に誘われたのは初めて

だったので、何事かと俺は心配になった。


「ふみちゃんになんか用なん?」


美咲も同じく木山の表情を見て心配になったらしい。


「まあ、ちょっとリーダーの文樹と話したいことがあるから」


田村は黙って俺たちを眺めていた。


そして、俺と木山は2人で近くのファミレスに行くことになった。


[newpage]



「俺、Bombers辞めようと思う」


「は?」


ファミレスの女店員が水を持ってきたが、俺は話を辞めることはできなかった。


「な、なんでだよ、今までずっと一緒に頑張ってきたじゃねーか!プロ目指そうって!」


店員が『失礼します』と頭を下げ、戻って行った。店員から見たら、一般人を襲うチンピラ風に見えていたかもしれない。なぜなら俺の風貌はワックスであがった金髪、そして革ジャン。対して前の席に座る木山はデニムのシャツ、髪型は黒色のノーマルヘアーだ。


「もう辛いんだよ...」


木山が顔を落とす。


「辛いってお前...みんなつれーよ!つれーからこそみんなで頑張んなきゃいけねーんだよ!」


俺は気持ちが高ぶり、冷静に話すことができなかった。周りの視線も気にする余裕など俺にはなかった。



「お前にはわかんねーよ...俺の辛さが...」


[newpage]


いったい木山は何を抱え込んでいるのだろうか。

俺はその後も何度か木山から話を聞こうとしたが、木山はなにも教えてくれなかった。


話が進まなかったので、話は終わりなったが2人で帰るのは気まづかったのか木山は用事があると言って難波の夜の街を歩いていった。


俺はずっとその事について考えていると、静まり返った駅のホームに足跡が響き渡る。

下げた頭を上げると、1人の女性がこの車両に入ってきた。

女性はthe 貧乏と言わんばかりの服装をしていた。薄茶色のセーターにその色とよく似たロングスカート、髪は長いが少しボサボサしている。顔は疲れているのかクマができてやつれているが、意外と整ったパーツを持っていた。


俺は女と一瞬目があってしまい、目をそらしたが、なんとその女は俺の右隣に座ってきた。


なんで隣なんだ...こんなに席が空いているというのに...


車両には俺を合わせて5人しかいない、ガラガラの状態で手も伸ばせない距離に女が座った。


「えーまもなく電車が発車いたします、扉にご注意ください」


車両内で運転手の低い声が聞こえ、そのまま扉は閉まり動き始めた。


俺が降りる駅は堺東駅という場所で、確か難波駅まで10駅も離れている。各停なので時間はかかる。本当は準急で行きたがったが、各停しか残っていなかった。


さすがに暖房が丁度いい具合に効いたせいもあってウトウトし始めてきた。

瞼がゆっくり落ちていき、暗闇の世界に入った瞬間、俺の瞼は盛大に開かれた。


「この人!痴漢しました!」


隣を見ると、さっきの貧乏な女が俺の右手を持ち上げていた。


[newpage]


何が起きたのかすぐにはわからなかったが、数秒後俺はこの女の餌食にされているのだと分かった。今になってなんで俺のすぐ右に座ったのかが分かった。

この貧相な女は俺を痴漢犯に陥れ、賠償金を支払わせるつもりなのだ。

そんなことをされたらこのあとの音楽生活にもヒビが入ってしまう。


「は、はぁぁ!?てめぇ嘘ついてんじゃねーよ!俺はどこも触ってねーよ!」


俺は掴まれた腕を払い除け、必死に無罪を主張した。俺より右斜め側に座っているサラリーマンと女子高生を見るが2人ともこっちも見向きもしなかった。


サラリーマンは疲れているのか手と足を組み目を瞑っている、女子高生はずっとスマホとにらめっこだ。

俺より左側に座る顔が見えない人は、手と足を組んでいて眠っているのか、わからなかった。


誰もみてねーじゃねーか...


「この人!スカートの中に手を入れてきました!」


「は!?そんな大胆な痴漢しねーよ!」


車両内のうるささに目を開けたサラリーマンがついにこっちを見てくれた。

目は眠そうだが、男同士のこの人なら俺がきっとこの女が嘘をついていると分かってくれるはずだ。そう思ったのが、俺の間違いだった。


「痴漢はよくないですよ」


サラリーマンは面倒くさそうに注意をしてきた。俺を助けてくれる態度に微塵も感じられなかった。


「あなた証人になってください、この人が痴漢したと」


「だからしてねーって!それにそこの男も寝てたんだから証人にもなれねーよ!」


「そこをあなたが狙ってきたんでしょ!?誰も見てないからって!」


俺と女の声のでかい言い合いにサラリーマンは耳障りそうな顔をした。


「痴漢きもー」


サラリーマンの少し離れて右横に座る女子高生がこっちを見ず、スマホの画面を見ながらそう呟いた。


ダメだ、俺に味方など1人もいなかった。


「眼鏡の男性の方、証人お願いしますね」


「申し訳ないんだけど、俺次の駅の新今宮で降りるから」


その時だった。


[newpage]


急に視界が真っ暗になった。

隣の貧しい女が一瞬小さな悲鳴をあげた。

車両内の停電だ。

外も夜で真っ暗だが、幸いにも隣の車両の電気はついており、少しここを照らしてくれている。おかげで、人影は確認することができた。


「えーただいま第1車両で停電が起きました。乗客の皆様は隣の車両に移ってください」


俺は左側にある運転席にいる運転手の後ろ姿を確認すると、俺は椅子から立ち上がり隣の車両に向かった。

停電のおかげで、この女との口論がひとまず終わったので俺は安心した。


「停電とかまじ最悪〜」


隣の車両に移ったタイミングが一緒だった女子高生が、頭の後ろで手を組みながら面倒くさそうに言った。座っている時はわからなかったが、意外と背が低いということがわかった。俺と比べて多分20cmは差はある。


次に眠そうなサラリーマンが入ってきて、最後に性格の悪い女が入ってきた。


「あれ、あの人は?」


サラリーマンは思い出したように、1人停電車両に取り残された人がいることに気づいた。


俺達が一斉に停電車両に目をやると、丁度顔が見えない人がこちらに移ってきた。

その人はやけにでかい鞄を肩にかけていた。大型犬が2匹も入りそうな鞄で、登山でもしたのかと思った。そう言えば服装もごつくて登山っぽかった。それに何故か服装は乱れていた。


「寝てなかったんだね」


女子高生が覇気のない口調でそう言った。


「一応ね」


初めて声を出したが、ネックウォーマーのせいで声はこもっていたものの、かなりの声の高いイケボに俺は少し驚かされた。同時に羨望を覚えた。俺はバンドのギターボーカルを務めており、自分の声の低さにコンプレックスを抱えていた。俺もこんな風なイケボになりたいと願っているのはずっと前からだった。


イケボの男はネックウォーマーを下に下げると、声と一致する童顔のイケメンが露になった。


「わを、お兄さんイケメンだね」


女子高生はさっきとは違い、興味をそそった言い方だった。やはり、女子高生は皆イケメンとイケボが好きなのだ。しかし、それに比べればこの貧相な女はこのイケメンに興味はなさそうだった。


「そういや金髪のお兄さん、車両にあったギターってお兄さんの?」


「あっ」


俺は突然の出来事のせいで、相棒の12万のギターを忘れてしまっていた。

必死でバイトで稼いだ金で買ったギターは彼女と命の次に大事にしていた。

それなのに忘れてしまうとは...俺は心の中で相棒に謝った。


「ありがとよ」


見つけたならギターを持ってきてくれても良かったんじゃないかと少し思ったが、傲慢な気がしたのでその考えをやめた。教えてくれただけでも感謝しなければならない。悪いのは俺だ。


俺は再び暗闇の車両に移り、座っていた場所に行くとギターカバーが壁にもたれかかっているのが形で分かった。


俺はギターを手にしようとした瞬間、視界に違和感を覚えた。

俺はギターではなく運転席を見た。


「え?」


思わず、そんな間抜けな声を漏らしてしまった。無理もないと思う

なぜなら運転席には誰もいなかったのだから。


[newpage]


なんでいないんだ?


確かに俺はこの車両を出る前に運転手がいることを意味もなくしっかり確認した。しかし、戻ってきた今その姿はいない。隠れているんじゃないかと思い、運転席の扉を開けて中を確認したが、そこには誰もいなかった。


運転手がいないのもそうだが、さらに異常なものを見つけてしまった。

恐らく電車を運転するのに必要な運転機械が火花を散って壊れていたのだ。


なんで壊れているんだよ

勝手に壊れたのか?それとも運転手が壊した?だとしたらその運転手はどこに消えたんだ?


どこかに逃げるにも一方通行なので、逃げる場所はない、逃げるとしたら窓からだが、多分死んでしまうだろう。


俺の頭はひどく混乱した。


「どうされました?」


振り向くとサラリーマンの男が声を上げながらこちらに来ていた。その後に3人続いてこちらにやってくるのもわかった。

暗闇に目がなれていき、男の顔のパーツが見えたきた。


「運転手が消えたんだ」


サラリーマンは俺の顔から視線を周りの運転席に目を配る。

サラリーマンが運転手がいないことを確認すると、少し鋭い目を丸くした。


「ど、どこにいったんです?」


運転席なんて意識して見ないとわからないものだと思った。現に今もこのサラリーマンはこっちに近づいたのにも関わらず、俺が教えるまで運転手がいないことに気づかなかったのだから。


「わからない、しかも見てくれ、機械が壊れているんだ」


俺は暗闇の中を飛び交う火花の元の機械に指をさした。


「なにがどうなってるんですか?」


このサラリーマンもこの異常事態に混乱し始めたようだった。


「そう言えば各停なのに電車が全然止まってません!」


さっき俺を痴漢犯に陥れようとした貧乏女がサラリーマンの後ろで、かなり焦った口調で述べた。


確かに各停なのに10分くらい経った今1駅も停まっていない。それは、機械が壊れているからだろう。

それでも停電になる前に1駅くらい着いていてもおかしくない時間が経っていた。いや、絶対に着いていた。でもその時にはまだ運転手はいた。

つまりこれは運転手の意図的な行為ということだ。


消えた運転手に停まらない電車、明らかに今俺達は異常事態に陥っている。


「どうなってるんですかね」


イケボの男も少し焦っているようだった。


「とりあえず、さっきの明るい車両に戻りましょう」


サラリーマンの指示で俺達は暗闇の車両から出た。


[newpage]


「このまま俺達どうなっちゃうんすかね」


さすがに暑くなったのか、イケボの男はネックウォーマーと編み帽子、おまけに登山着を脱いで普通の私服となっていた。暖房のせいもあり、かなり汗だくになっている


「わかりません...電車が停まらなかったら俺達はこのまま終電の河内長野駅に突っ込んで死んでしまうかもしれません」


サラリーマンがやけに落ち着いた口調で言った。物事を冷静に判断できる人間なのだろうと思った。


今俺たちは3対2で対面するように椅子に座っている。


俺の左にはイケボの男が右には女子高生が座っていた。向かいの椅子にはサラリーマンと貧乏な女がいる。


「こんな時くらい携帯閉まったらどうなんです?」


貧乏女がイケボの緊張感のない態度に苛立ちを覚えたのか、不満げな顔をしていた。


「調べてたんっすよ、電車の窓から飛び降りても平気か」


「そしたら?」


女子高生が何故か興味津々に訊く。クレイジーが大好きな女の子かもしれない。


「多分死にますね」


イケボは満面な笑を俺を挟んだ女子高生に向けた。


今日初めて俺は死ぬかもしれない状況に陥っている。今まで俺は死にかけたことなどない。車にひかれそうになったことも重い病気や大きな怪我にもなったことがない。中学時代よくやんちゃをしていて顔に傷や打撲が多かったくらいだった。


初めて死が近づいてきたと思うと、なんだか急に焦りが込み始めてきた。それは、プロのミュージシャンになるという夢が途絶えてしまうのと彼女である美咲に会えなくなるからだ。


まだ俺は死ぬわけにはいかない。


美咲とも約束した。絶対にプロになろうって。


高校生に入って音楽の素晴らしさを知り、軽音部に入った。俺は世界で1番尊敬している布袋寅泰さんに憧れギターを始めた。音楽に目覚めたのも布袋さんがきっかけだ。

歌うのも好きだったので、俺はギターボーカルを務めた。音楽の道で食べていこうと決めたのは3年生の時だった。


親には予想通り猛烈に反対された。昔から両親には医学の道に進めと耳タコになるくらい聞いていたので、俺が音楽の道に進むと言ったら大喧嘩になった。反対された理由は医学の道ではないというだけではない、プロになれるのは一握りの逸材だけだからだ。食べていけるかもわからない音楽の世界に両親は一番反対した。しかし、俺はそこに魅力を持ったというのもある。結果俺の粘り勝ちで音楽の道に進むことを許されたのだ。


「死ぬわけにはいかねーんだよ」


俺は思っていたことをつい口にしてしまった。


「俺だって妻と娘がいます、絶対に死ねません」


「私もお母さんひとりを残して死ぬわけにはいきません」


「俺もまだやりたいことたくさんあるから死にたくないね」


「私はジョニーデップとキスするまでしねない」


「お前それ無理だろ」


俺は思わず女子高生に突っ込んでしまった。大阪人だから仕方ない。


俺と女子高生のやり合いが面白かったらしく、ほか3人が笑ってくれた。重い空気が和みつつあった。


[newpage]



「それじゃあ、早速みんなで電車を止める、又は脱出する方法を考えましょう」


サラリーマンが指揮を取ってくれた。きっと会社でも彼の冷静さから優秀だろうと勝手に思った。


「その前に自己紹介しませんか?」


イケメン登山家の男がニヤニヤとしていた。この死に近い状況が楽しいのか、いや、きっとこのメンツで話すのが楽しくなってきたのだろう。俺も自分を痴漢犯に陥れようとした女はいるものの、このメンツでいるのがなんだか楽しくなって来ている自分もいた。


「そう言えば、私達名前を知りませんでしたね」


貧乏女が思い出したように両手を叩いた。


「なら、まず自己紹介から始めましょうか、確かに互いのことを知っていたらチームワークが取りやすいですし」


「でも時間ないんじゃない?多分もう少しで河内長野に激突するんじゃないの?」


女子高生が冷静にサラリーマンを指摘する。


「まだ大丈夫っすよ、さっき地図みたらまだ帝塚山です」


「あと河内長野駅まで何駅くらいあるん?」


俺は最寄りが堺東駅で4駅くらい間がある。河内長野駅まで行ったことがなく分からないので俺はみんなにきいた。


「多分15駅以上は余裕あると思います、1時間くらいあると思いますけど」


1時間でこの電車から脱出か...そう考えるとまた俺は死の恐怖が込み上げてきそうになった。


「どうします?」


「もうこの時間が勿体無いわよ、やるならさっさと自己紹介しましょ」


どうやら時間に厳しい女子高生が場を促せた。


「んじゃ、俺から紹介しますか、名前は金城 雄大、みんなからはユウくんと呼ばれてまーす。22歳のフリーターっす。趣味は登山と映画鑑賞っす」


俺より2つ歳上だが、そんな風には見えなかった。どちらかと言うと童顔のせいもあって年下っぽく見えた。中学時代こんな後半がいたからだろうか。

それにしてもチャラい登山家は聞いたこともないけど。


「次、チャラい金髪のお兄さんよろしくっす」


チャラいってお前に言われたくないけど、まあ俺もさっき思ってたことだし...てかこいつ絶対合コン慣れしてんな...


「あ、ああ。俺は藤本 文樹、将来の夢はプロのミュージシャン。趣味は音楽、よろしく」


将来の夢を話すことに俺はもどかしさなんてなかった。俺はいつだって夢を堂々と話している。その方が夢に近づきやすいと思ったからだ。


「はい、じゃあ次jk!」


「私の名前は宮崎 花、好きな人はジョニーデップ、嫌いな人はジョニーデップを嫌いな人。趣味は映画、ちなみに好きな映画はパイレーツ・オブ・カリビアン」


「どんだけジョニーデップ好きなんだよ」


俺はまたしても宮崎に突っ込んでしまった。


「ジョニーデップは神よ」


宮崎が真顔で言った。


「パイレーツ・オブ・カリビアン面白いっすよね、俺はチャーリーとチョコレート工場も大好きですけど、あっじゃあ次お姉さんよろしくっす」


俺はどちらも見たことは無かった。映画はどちらかと言うと美咲の方がよく見る。漫画、アニメ、ドラマなども美咲の方が詳しい。音楽の価値観は一緒だが、俺はあまり物語は見なかった。


「私は山月 梓、26歳。見ての通り貧乏人です。趣味は編み物。あと、藤本さん、先程はとんだ御無礼をお許しください」


山月は、立ち上がり深々と頭を下げ謝罪をしてきた。俺は謝られるとは思ってもいなかったので少し驚いた。


「あっ、いや全然いいよそんな、頭を上げてくれ」


山月は申し訳なさそうな顔をして、再び椅子に座った。


「でもなんであんなことをしたんですか?」


サラリーマンは疑問に思ったのか、俺の代わりに理由をきいてくれた。


「私はお母さんと二人暮しで、多額の借金を背負っています。今まで夜のお仕事などやってきたのですが、クビになってしまいお金を貸してもらってるヤクザさんがあのようなことをしてお金を稼いでこいと言われ...」


「そういうことだったのか、ひでー話だな」


さっきまではこの人には嫌悪感を覚えていたのに、今俺はこの人に同情していた。

父親がどうしたか借金の理由を聞くのはあまりにもデリカシーがないと思い聞くことは出来なかった。


確かに、俺を痴漢犯に陥れる時、妙な必死さが見えた。それほど山月にはお金が必要だったのだろう。


「んじゃ、次横の眼鏡のお兄ちゃん」


「名前は川田 繁、29歳で妻と5歳の娘を持つサラリーマンだ、趣味はメガネコレクション」


誰も川田のメガネコレクションに突っ込むことはなかった。


[newpage]


「ならはやくどうするか考えましょ、時間が無いわ」


「そうですね、なんかみんないい案はないですか?」


川田がみんなに意見をきいた。何やかんやでこの5人の中で川田が1番頼りがいがありそうだった。


「みなさん、スパイダーマン2見たことあります?」


急に金城が映画の話を持ち出してきた。なにか案と繋がるものがあるのだろうか。

ちなみに、俺はスパイダーマン1しか見たことはなかった。金曜ロードショーで見ようと思っても、だいたい見忘れてしまう。TSUTAYAに借りに行くほど、俺はあまり続編が気になってるわけでもなかった。


「スパイダーマン2?ないですね、金城さん、それとなんか関係があるんですか?」


どうやら川田と同じでスパイダーマン2を見たことはないらしい。きっと毎日仕事と子守で忙しいのだろう。


「ええまあ、映画の終盤でスパイダーマンが電車を止めるシーンがあるんですよ」


「ははっ!まさかあれをやれっていうの?」


映画の内容を知っているのか宮崎は急に笑い始めた。


「どんなシーンなんです?」


興味を持ったのか川田はきいた。


「スパイダーマンが電車の外に出て1番先端に行くんですけど、踵を地面につけて止めようとしたんです」


バカバカしすぎた、そんなこと俺達一般人にはできるわけもなかった。てかそれで止めれるスパイダーマンもすごいと思った。


「こんな時にふざけないでくださいよ!時間がないんですよ!?」


声を荒らげたのは山月だった。だんだん死が近づいてきて焦ってるようだ。


「冗談っすよ冗談、結局スパイダーマンも止めれなかったですし、まぁその後蜘蛛の糸使って危機一髪止めたんすけどね」


金城の場を和ませるボケはかえって山月はイラつきを覚えたようだった。どうやらこのふたりは相性がよくないみたいだ。


[newpage]



そのままなにも案が出ないまま10分も過ぎてしまった。


山月が貧乏揺すりをして、顔にはかなりの汗と焦りが込み上げていた。


「ちょっとおばさん貧乏揺すりうるさい」


苛立ちを覚えていたのは山月だけでなく宮崎もだった。


「うっさいわね!おばさん言うな!」


さっきまでよかった和みは再び崩れつつあった。

それは無理もなかった。正直俺も金城と川田も焦りを覚えていた。もう多分40分くらいで河内長野に激突して俺たちは多分死んでしまう。


そもそも一般人4人が電車を止めようなんて無理な話だ。運転の機械も壊れている、警察を呼んだところでなにもできないだろう。しかし、今俺達が乗っている電車はニュースになっていた。

宮崎が女子高生お得意のTwitterで先程分かったことだった。

多分、この終電に乗るはずだった人がツイートをして世間に回ったのだろう。

つくづく今の世の中が情報社会だと思った。


救助ヘリなんて俺たち一般人が呼べるはずもなく、俺たちは詰んでいた。


やはり俺たちはここで死んでしまうのか。

頭の中で美咲の顔が思い浮かんだ。


「もう最悪、窓から飛び降りるしかないっすね」


金城が神妙な顔つきでいた。冗談ではなく本気で言ったのだろう。


「でも死ぬんだろ?具体的にどーなんの?」


俺も正直最悪これしかないと思っていた。

どうせ死ぬんならまだ確率が低いそれを選んだ方がマシと思ったからだ。いや、どっちが死ぬ確率が高いなんてやはりわからない。


「なんかさっき調べたところには、すげー速い勢いで後に吹っ飛んでぐちゃってなると書いていました」


「まじか」


それを聞いたらやはり生存確率はかなり少ないと思った。同時に絶望がまた近づいた。


「あーやだやだやだやだやだ死にたくない死にたくない!!!」


山月がついに頭を抱えこみパニックに陥った。


「落ち着いてください山月さん!きっと助かる方法はあります!」


山月の隣に座る川田がなんとかして落ち着かせようとするが、当の本人も焦った表情を隠しきれていないので説得は無理だろう。


「もう無理でしょ、私たちはこれで死ぬ、もう私は諦めたわよ」


宮崎の声には震えている様子もなく怖がっているふうには見えなかった。まだ子供なのに俺たちの中で宮崎が1番大人なのかもしれないを


「しょーみ俺もほぼ諦めてます」


金城も死ぬと分かっていて、苦笑いを醸し出した。


言うまでもなく、川田もほとんど諦めているだろう。きっと今頃頭の中は妻と娘の顔が思い浮かんでいるはずだ。


俺もほとんど諦めていた。


そう思った瞬間だった。


[newpage]



ヘリのプロペラ音が上空で聞こえた。


俺達は思わず背後の窓を開け、外の上空を眺めた。

それに続いてほかの4人もこちらに来て、外を眺めた。

空は真っ暗だが、大きなヘリの光でこちらを照らしているのがわかった。


「た、助かった?」


俺はそう思った。いやみんなそう思ったに違いない。

山月は安心しきって膝から崩れ落ちた。


「奇跡ってあるもんだね、でも誰が呼んだん?」


宮崎の問いかけに誰も答えなかった。

誰も、もちろん俺もヘリなんか呼んでいない。呼ぶ方法がわからなかったからだ。


「きっと外の人達が要請してくれたんだと思いますよ」


「そんなことより...やっと助かるんですね...」


山月は安心しきって泣いていた。俺も急に涙がこみ上げてきたがなんとか堪えた。そして猛烈に美咲に会いたいという願望が強まってきた。


ヘリから長い綱のハシゴが垂れてきた。よく映画で見るやつだった。


電車が走っているというのに、ヘリはこちらのスピードに平行して合わせて運転してくれている。操縦者はきっとベテランなのだろう。


「んじゃ、俺先行きますね」


金城は窓の外にある長いハシゴに手を摘んだ。


「おい、このでっかい鞄と服忘れてるぞ」


俺は椅子に置かれた登山用のかは知らないがその重い鞄と服を持って金城に渡そうとした。


「ああ、もういらないっすよ、もうこれでミッション成功なんで」


ミッション?登山のことか?


「んじゃ、さよならっす、楽しかったすよ」


「っ!?お、おい!ちょっとまて!!」


なんとヘリは金城だけを乗せて、電車から離れていってしまった。


[newpage]



「は...はぁぁぁぁ!!!????どういうこと!?」


怒り狂ったのは山月だった、目が血走っており、今にも人を殺しそうな雰囲気だった。


「どういうことなんですか?」


川田もさすがに声が震えていた。目には涙が溜まっているように見えた。


「ふぅ〜ここまでは作戦通りだね」


宮崎が訳の分からないセリフと共に安堵の息を漏らした。


「は?」


俺は思わずそう口から漏れた。

宮崎はポケットからスイッチのようなものを取り出した。


「なんだよそれ」


俺は頭が恐怖か未知のなにかに侵されながらも、宮崎のポケットから出てきた謎のボタンの正体について聞かずにはいられなかった。


「ん?これ?これはね...」


宮崎は言葉を焦らすと歪んだ口元のまま、そのボタンをポチッと押した。


その刹那、爆発音がなり宮崎を除いた3人は耳を塞ぎながら少し明るくなった夜空を見上げた。

そこにはヘリがあるはずだが、それは炎に包まれており、まるで花火のようだった。


[newpage]



「説明しろよ!どういうことだ!?」


俺もさすがに声を上げずにはいられなかった。

1人だけ逃げた金城に、その逃げたヘリを宮崎が爆発させたのだ。


それにもう時間は30分もないだろう。俺たちは結局死んでしまうのだ。


「でかい声出さないで、ちゃんと説明するから」


「はは...もう終わりよ...」


山月が再び膝から崩れ落ちたが、今度は希望ではなく絶望を受けてそうなった。


「もうなにがなんだかわからないよ...」


川田も頭を抱えこみ、椅子に座った。


みんな宮崎の説明を聞くこと自体なんだか躊躇われているようだった。


「早く説明してくれ、金城とお前はいったいなんなんだ」


俺は急かすように早い口調で言った。


「金城は殺し屋、ターゲットは私たち全員、もちろん金城は偽名よ」


[newpage]



「こ、殺し屋!?」


俺は思わず声が裏返ってしまった。殺し屋なんて物語にしか存在しない架空のものだと思っていた。


「か、金城さんが殺し屋だって?」


川田も抱えた頭を上げて、ようやく話を聞く気になっていた。しかし、顔は疲れもあってかなりやつれていた。


「はは...もうそんなのなんでもいいわ...聞いたところで助からない...」


山月は明らかに我を喪失していた。完全に無気力状態だった。


俺は頭の中で整理しようとした。

金城は俺たちをターゲットにした殺し屋。確かに電車にいる間、金城が行動は今思えば不自然だった。

自己紹介を自分からやろうと言い始めたことや謎のボケ、それらは自分が要請したヘリを待つためだ。

それまでに解決策、または正体がバレたとなれば素直にヘリで返してくれなかったと思ったからだろう。


電車を止めた犯人もおそらく金城だろう。

そうなってくると、色々疑問点が生まれてくる。


「金城はどういう計画で俺たちを殺そうとしたんだ?」


俺は何故知っているかわからない宮崎に全てを問いただすつもりでいた。


「金城は私たちの殺しの依頼を受けると、まとめて排除しようと考えた。その現場を選んだのがこの終電電車。暴走をさせて私たちを殺そうとした。でも、計画にはいくつか準備が必要だった。まずターゲット以外この列車に乗らせないようにすること、これは金城の電車関係者に協力してもらってターゲット以外入らせないようにした。みんなからはこの電車が回送と思ってるみたいだわ、そして2つ目自分が犯人ではないと疑われない状況を作り上げること。仮になにも用意せず、運転手としてだけ列車に乗り、機械を壊したとなれば犯人だとすぐにバレてヘリで逃げることはできなかった。そこで金城は身代わりを準備したの」


「身代わり?」


俺はききかえした。


「そう、始め列車に1人だけ運転席から近い怪しいやつがいたでしょ?」


俺は頭の中で思い出す。

確かにネックウォーマーと編み帽子で見えない男はいた。


「でもそいつが金城なんだろ?」


「いいえ違う、だとしたら運転手が金城だという説明できない」


「運転手が金城さんだったのですか?」


川田がその現実に信じられないような顔をしていた。

運転手が金城だったということは、あの声の低い車内放送も金城だったというわけだ。きっと運転手に低い声だったということを認識させて、金城自身は犯人像から離れようとしたのだろう。


「そう、そしてあのネックウォーマーの正体はマネキン」


「ま、マネキン?」


俺はまたもや声が裏返ってしまった。


確かに俺はあのネックウォーマーの顔を拝見することができなかった。それにマネキンは当たり前だがピクリとも動いてなかった。ただ手と足を組んでいただけ。


「でも、いつの間にマネキンと入れ替わったんだ?」


俺は次々と頭にある疑問を宮崎にききまくった。


「藤本さん、それはおそらく停電の時に入れ替わったのでしょう、それをするため金城さんは意図的に停電を起こした。そうですよね?」


宮崎が退屈そうな顔でうなづいた。


相変わらず山月は下に崩れたままだ。


停電の時...俺たちが少しパニックになってる間に金城は入れ替わったのか、恐らく駅員の服とマネキンはあのでかい鞄に入っているのだろう。マネキンは多分折りたたみ式だ。


「でもなんで、金城はこんなめんどくさい殺し方をしたんだ?」


いちいち電車を暴走させて殺そうなど、俺ならそんなことせずに、銃とかで撃ち殺すだろう。銃を握ったことも見たこともなかったが。


「それは殺し屋のプライドでしょ、殺し屋には自分の殺し方に誇り持ってるやつ多いから」


殺しに誇りなんて持って欲しくはなかった。


[newpage]



「そ、それで宮崎はなんでその金城を殺したんだ、しかもただの女子高生のお前が」


次に俺が知りたかったのはこのセーラー服の女の正体だった。絶対にただのjkではないことは確実だ。普通のjkが爆弾を持っているわけがない。


「あら?誰が金城にあなたを殺してくれと依頼したか知りたくないの?」


宮崎の性格の悪い笑に俺は思わず唾を飲み込んだ。


俺はあえてその話を持ち出さなかった。知るのが怖かったからだ。そのために宮崎について聞こうとしたのに。


しかし俺の気持ちは、知りたい気持ち半分、知りたくない気持ち半分だった。もし、依頼者が俺の友達、Bombersの一員だとしたら俺はこれからどう生きていけばいいのか分からなかった。


「なんで、お前がそんなこと知ってんだよ」


俺はとりあえずもう1回その話を置いて、宮崎の正体について改めてきくことにした。


「私も殺し屋なの、ターゲットは金城、ターゲットの[newpage]

情報を掴むのは当たり前のこと。あと私はjkじゃない、この仕事のために変装してただけ。こう見えても28よ」


宮崎は両手で自分を晒し出すように自分に向けた。


この女も殺し屋...?

しかも俺より歳上?

どう見ても宮崎の見た目はまだ未成年だった。しかし、たまに妙に雰囲気が大人風に見えた時もあったのは確かだ。


金城に宮崎、この列車の中に殺し屋が2人もいた。俺はその事実に鳥肌がたっていた。


俺はだんだん宮崎が悪魔に見えてきた。


「依頼...私を殺そうとした依頼者は誰なの!?」


今まで崩れて話もできなさそうだった山月が、とうとう体を起こした。顔面は鼻水と涙でめちゃくちゃになっている。


山月にはそれを聞く躊躇いはないのか、俺はそう思った。


「知りたいの?教えてあげるわ、あなたのお母さんよ」


宮崎は醜悪の悪い笑みを浮かべて言った。

まるで山月の反応を楽しむように。


[newpage]



震えていた山月の体が固まったのがわかった。山月はそのまま黙って椅子に座って下を向いた。


「はは、ははは、はははははははもう私に生きる希望はない」


他人ではあったが、今の山月を見てはられなかった。それは川田も同じだった。


今まで唯一愛していた母親に裏切られた山月の心情を考えただけで恐ろしかった。


「あなたが死ねば生命保険が降りる、あなたのお母さんはそれ目当てで金城に依頼した。それで借金返済しようとしたのね」


宮崎の顔には山月を哀れむ様子を伺えなかった。殺し屋の宮崎にとってはどうでもいいことにしか思えないのだろう。


俺はだんだん不快になった。


「お、俺を殺そうとした依頼者は誰なんです?」


川田の声は今まで以上に震えていた。きっと自分の身内かもしれないという恐怖があるからだ。それは、川田にとって死ぬより怖いらしい。


「あなたの奥さんよ、あなた不倫してたでしょ?今日もその相手とラブホテルにいたみたいじゃない、完全に自業自得ね」


「あ...ああ...ああっ...」


川田が唸るような声を漏らしながら頭を抱えた。


こんな冷静で優しそうな川田が不倫...でもきっとこの人の場合は本気じゃなかった、多分出来心だったのだろう。そうじゃなければ、この川田の姿を説明出来ない。しかし、確かに奥さんにとっては裏切り、恨みになってもおかしくはないだろう。


「藤本は?知りたい?」


矛先が俺に向いたようか感覚に陥った。

俺は数秒黙り込み、頭の中で葛藤していた。

知らぬが仏とよく聞くが、しかし人は知る欲望を抑えきれない。

俺も例外ではなかった。

でも、だんだん俺の頭の中では1人だけ思い浮かんできたやつがいた。


「だ、誰なんだよ」


「木山よ、あいつは2年前からあんたの彼女の中島 美咲に惚れていた。嫉妬ね、よくあることよ」


俺はなんとなく予想していた...今日ファミレスを誘ったのもきっと終電に乗せるための時間稼ぎだ。

俺がショックだったのは、木山の気持ちに気づけれなかったことだ。俺は本当に馬鹿だ。楽しかったのは木山以外、いやもしかしたら美咲は木山の気持ちに気づいていたかもしれない。俺は自分の鈍感さを恨んだ。


「ねぇあなた...金城さんを殺すためにこの電車に乗ったんでしょ?だったらこんなこと起きるの分かってるんだからここから逃げる方法くらい考えてるんでしょ?」


確かに山月さんの言う通りだ。なにも脱出する方法を考えないまま列車に乗り込むなんて馬鹿がすることだ。


「あったわよ、でももう使えない。まさかあいつが機械を壊すとは思わなかった。ただ姿をくらますだけかと思ってたわ、だって誰も電車の運転なんかできないでしょ?」


「宮崎はできたのか?」


「ええ、だって私子供の頃から『電車でGO』やっててかなり極めてんのよ?できないわけがないわ」


3人が宮崎を覗くだけで、沈黙が訪れた。


「お前馬鹿だろ、ゲームと一緒にすんな」


沈黙を破ったのは俺だった。


「もうそんなことはどうでもいい!どうせたすからないんだ!」


初めて川田が大声をあげた。


「もう人生終わりだ、仮に電車から脱出しても妻と合わせる顔もない。死のう。最後にやりたいことをやって死のう...」


やりたいこと?


川田は立ち上がり、前に負のオーラに満ちて座っている山月の元まで歩み寄った。


何をする気だ?


山月は、泣きじゃくった顔で川田を見上げると、川田はそのまま山月を地面に押し倒し、馬乗りになって服を脱がせ始めた。


[newpage]


「きゃっ!」


山月は悲鳴をあげるだけで、抵抗しようとなしなかった。


「おい!お前何やってんだよ!」


俺は川田をおしのけようとしたが、川田は山月の上に乗っかったまま俺を柔道の技みたいに流され倒された。


「もう死ぬんだ、最後に女とセックスして死ぬんだよ」


さっきまで冷静で落ち着いた川田さんだったが、今は狂ったマッドサイエンティストのような顔つきをしていた。心なしか、口からヨダレも垂れているように見える。


「川田さん、あんた妻と娘裏切って後悔してんだろ?だったら最後くらい正気でいろよ!」


川田はピクリともせずに、気にせず山月を犯し続けた。


ダメだ、川田はもう精神的に病んでいる


宮崎の顔を見るが、彼女は別に真顔でそれを訝しく見る様子もなかった。


ついに山月は上半身肌、スカートの中からパンツも脱がされ、川田自身もズボンのファスナーからアレが飛び出していた。


山月も抵抗する様子がなく、ただ頬には涙が流れていた。


「出ていこうか?」


宮崎は奇妙なくらい落ち着いていた。


「好きにしてください」


川田は腰を振りながらそう言った。


宮崎はこちらに手招きをして、彼女は横の車両に向かって歩いた。


俺もついて来いってことか?


俺はその場で立ち上がり、性行為をする2人を残して宮崎について行った。


隣の車両に2人で移動した。

ギターを忘れたことに今気づいたが、あの二人の元に戻るのは躊躇われた。それに、どうせ死ぬんだし。


多分、もう残り10分くらいだろう。

死に近づいているにも関わらず、俺は恐怖を感じなかった。代わりにあったのは自分の嫌悪感と虚しさ、美咲への思いだけだ。


ここでは止まらず宮崎はまた向こうの車両に歩いていくので俺はついて行った


「そう言えば、宮崎もターゲットだって言ってたけど」


俺はふと思いついた疑問を宮崎にきいてみることにした。


「別の名前で私を殺すように依頼したの、そうすればこの列車に潜り込めるから」


「なるほどな、あと思ったんだけどもっと早く金城を殺さなかったわけ?銃とかでさ」


どう考えても、ヘリで爆発させる殺し方なんて難易度が高そうだった。


「さっきも言ったでしょ?殺し屋には殺し方のプライドがある。金城の場合はゲーム感覚、私の場合は爆発よ、スッキリするじゃない?」


謎の笑顔で共感させようとしてきたが、俺はうんともすんとも言わなかった。


そこで俺はまたひとつ気になることを思い浮かんだ。


「そう言えばお前依頼を受けて金城殺したって言ってたけど、誰に依頼されたんだ?」


「それは...」


その時、大きな車内の揺れで宮崎の言葉は遮られた。

宮崎の軽い体は電車の揺れに耐えきれず、俺の方に倒れてきて、抱きかかえる形になった。


「ありがと」


宮崎は少しも照れる素振りもみさずに、次の車両に移動した。


[newpage]



ようやく宮崎は足を止めた。俺たちは最後尾の車両に来ていた。


「時間がないわ、早速始めるわよ」


「始めるってなにを?」


「決まってんでしょ、ここから逃げるのよ」


逃げる?方法があるっていうのか?


「どうやって?」


「窓から飛び降りる」


「いやっ!それは無理だって!金城も言ってただろ!」


まさかの方法に俺は再び絶望を覚えた、結局は一か八かじゃねーか。


「ただ普通に飛び出したらね?でも私にはこれがある」


宮崎はそう言ってさっきとは違うもう片方のポケットからスイッチを出した。


「もしかしてまた爆弾?」


俺はそのスイッチを見ると、先程のヘリの爆発を思い出し鳥肌がたった。


「そう、爆弾を一番奥の車両、運転席に爆弾を仕掛けておいた」


「な、なんだって!?」


停電の時に1回行ったあの運転席に爆弾が仕込まれていたとは...考えただけでゾッとした。


「それで、その爆弾を起動させると同時に電車の前方に衝撃がかかり、スピードは少しの間だけ緩まる、その緩まった瞬間この窓から出るのよ」


確かにその方法なら行けるかもしれないが、何個か問題があった。


「こっちまで爆弾は届かないのか?あと、川田と山月はどーなる」


「爆弾の被害範囲はここまで届かないように設定済み、川田と山月は私のターゲットでもあるからここで殺しとく」


川田と山月もターゲットだと?

さっき宮崎は自分で殺し方は爆発と言っていた。川田と山月を残したのは爆発の被害に合わせるためだったのだ。


俺は思わずアホみたいな笑を浮かべてしまった。


「んじゃ、覚悟はいい?」


「あ、ああ...」


急に心臓がバクバクしてきた。多分今、人生の中で一番死に直結している時だ。

俺は深呼吸をして、椅子に乗っかり窓を開けて足を乗せた。

地面が物凄いスピードで動いていく。右を見ると、片手でスイッチを持った宮崎もさすがに緊張しているようだった。


「3.2.1でいくわよ?3.2.1...」


飛べっ!俺!


ドンッ!!


「えっ?」


爆発がおきた...と思ったら違うかった。


右にいた宮崎が俺の後ろを吹っ飛んでいったのだ。


「お疲れさん」


声をした方、右にある車両扉にいたのは悪魔のような笑みを浮かべた川田と山月だった。


[newpage]



「な、なんで?」


俺は再び頭の中が混乱した。


2人は醜悪な笑を浮かべていた。


山月は両手を川田の首に回していた。

川田の手の先には映画で見たことのある拳銃があった。その先端からは火薬の煙が上がっているのが見える。


「残念惜しかったね、俺達伝説の殺し屋夫婦には1歩及ばなかった、殺し屋のお嬢ちゃん、いや、もう28だからおばさんか」


倒れた宮崎の方を見ると、胸元から血をたらしビクともしていなかった。

死んでしまったのだ。


そして、こいつらも殺し屋だったというわけだ。

俺は激しい頭痛に襲われた。

今までの2人の行いは演技だったのだ、バレないための。

山月の発狂、過去の話。俺は同情までしてまんまと引っかかってしまった。

いや違う、この車両内にいる俺以外全員が演技をしていた。人を殺すために。


「初めの痴漢も2人はぐるだったのか?」


「まあな、リアリティがあったろ?」


全く、最悪な展開だった。

列車の中には俺以外殺し屋しかいなかった。


「今回は久しぶりに楽しかったわね、まさか列車の中に4人も殺し屋がいたなんてね」


豹変しきった山月がクスクスと笑った。


「さて、最後のターゲットのお前を殺させてもらおうか」


俺もこいつらのターゲットなのか?

他にも俺を殺したいやつがいたってのか?


銃口がこちらに向いた。しかし、何回も死ぬ覚悟はしたので恐怖はなかった。

ただ、残ったのは悲しみだけだった。


「俺を殺す前に質問がある、金城と宮崎が殺し屋ってこと知ってたのか?」


「ああ、もちろんだ、ターゲットの情報を掴むのは基本だからな、宮崎のターゲットである金城も殺し屋ということは知っていた。簡単に2人を銃で撃ち殺しても良かったんだが、なんせ宮崎が爆弾を仕掛けているからな。宮崎の口からその場所を探るつもりでいたが、結局できなかった。だから途中で俺らは自立で探すことにした。幸いにもわざわざ宮崎に自分を標的にするよう依頼をして隙を作らせることに成功して爆弾を探しあてることができた。」


「その隙が、さっきの性行為の時だったんだな」


「ああ、探す前に起爆されないかヒヤヒヤさせられたがなんとか間に合ったよ」


結局、宮崎は自分が金城にしたやり方でこいつら殺し屋にしてやられたのだ。


「それじゃあ、終わりにしようか、あ、最後にお前を殺そうと依頼してきたやつを教えてやるよ」


俺は唾を飲み込んだ


「田村だ」


「っ!?」


銃声が鳴り響いた。

同時にガラスが割れる音がした。

恐らく近くの窓ガラスに当たったのだろう

俺はそれを聞くことが出来た。

身体中どこも痛みはしない。


つまり外した?


俺はゆっくりと目を開けると、倒れているのは川田だった。


「な、なんで...誰だ...」


川田は最後に言葉にならないセリフを残していってしまった。横の山月が裏切ったのかと思ったが、彼女さえも今の現状にパニックに陥っている。


「な、なにがおこってるのよ!あなたなにしたの!?」


「俺はなにも!」


そこまで言うと山月はもう俺を見てはいなかった。山月の視線は俺の後にいっていた。


俺もそれに従ってゆっくりと見ると、俺は今日1番に驚いた。


駅員が入る最後尾の部屋、その扉窓のガラスは無残に割れていた。そしてそこには銃口を向ける美咲がいた。


[newpage]



「俺は悪い夢でも見ているのか」


「あなた誰よ!?ずっとそこに潜んでいたわけ!?」


山月がヒステリックに叫んだ。


「私はただのふみちゃんの彼氏」


彼女の美咲は銃口を山月に向けていた。


山月は怯えた顔で両手を上げていた。


「悪いけど私は彼氏のためなら躊躇しないから」


その途端に、またもや銃声が鳴り響いた。思わず、強く目を瞑ってしまったが、すぐに目を開けた。

そこには倒れた夫婦がいた。


「ふみちゃん!時間が無い!速くここからでよ!」


「お、おお」


俺の頭は展開にまるで追いついていなかった。数十分前までみんな生きていたのに、今はみんなが殺し屋とわかり、おまけに彼女の美咲が登場だ。


「何ぼーっとしてんのよ!多分もう30秒もないわよ!」


美咲が俺の背中を強く叩くと、我に返った。そして窓から顔を覗くと、もう既に河内長野駅は見えていた。


「さっきこの女性が言ってたやり方で逃げるよ?わかった?」


美咲が血だらけになって倒れている宮崎の横にある起爆スイッチを拾いながら言った


「わかった」


俺は再び椅子に乗り、そのまま窓の下の縁に足を置いて、美咲も左で片手でスイッチをもち同じようにした。


「ならいくよ?3.2.1!」


今度こそ大きな爆発音が聞こえた、

同時に車内が揺れ、俺と美咲は窓から身を投げ出した。


[newpage]



テレビ、スマホのニュースでは昨夜の事件で持ち切りだった。


死亡者は3名で何故か宮崎は死んでいないことになっていた。しかも死んだ3人は他殺ではなく事故死となっている。

爆発後、電車の勢いは少しは緩まったものの、そのまま河内長野駅に衝突してしまった。幸いにも外での死者はいなかった。


俺と美咲が乗っていたという情報も何故か揉み消された、俺もよくわからないが、とにかく無事生還できることに成功した。


「よかったぁぁぁぁ本当にふみちゃんが助かって」


美咲がファミレスでコーラをいき飲みした。

昨日の夜、木山と2人でいたファミレスだった。


俺は食欲がなく、胃はなにも受け付けなかった。ただ俺の頭の中は?で埋め尽くされていた。


あの時、殺し屋川田が俺を殺そうと依頼してきた人物は『田村』と言っていた。

田村はなぜ、俺を殺そうとしたのか、まさか田村も美咲のことを?


「ねぇ、あそこで私がでてきてびっくりした?」


美咲はイタズラっ子のような笑みを浮かべた。


「ああ...さすがに度肝を抜かれた」


俺の?の原因は田村だけではない、あの電車に美咲が乗っていたということだ。


俺はファミレスで木山と話をしてくると言って美咲とドラムの田村を返したつもりだった。


「なにか質問ある?私この事件についてすべて知ってるから」


美咲...俺はお前のこともなんだか怖くなってきた...


急に列車から出てきたと思ったら、この事件の首謀者だと言い始めるんじゃないかと不安でたまらなかった。


「田村...田村も俺を殺したかったのか?あいつ...川田が俺を殺そうとした時、依頼者は田村だって...」


俺は知らぬ間に涙が流れていた。


「あ、別に田村くんがふみちゃんのこと嫌ってて依頼したわけじゃないんだよ!?これは私たちの作戦なの」


「へ?作戦?」


「そう、全部説明するね」


俺はこの事件の全てのことを美咲からきいた。同時に俺は、この女に浮気はできないなと感じてしまった。


[newpage]


美咲の計画はこうだ。


まず、この事件が起きたきっかけは木山が原因だった。

木山は宮崎が言った通り、美咲のことを二年前から好きで、嫉妬と俺がいなくなることで美咲と付き合えると思ったというのが動機だった。


木山は殺し屋である金城に依頼した、俺を殺してくれと。


しかし、美咲は偶然にも木山が電話で金城と話しているのを聞いてしまった。

美咲は彼氏の俺が死んでしまうという焦りから、どうにかして対処しないとと考えた。そして美咲は思いついた、バケモンじみた作戦を。


美咲はまず、俺を殺す金城を対処することを考えた。そのため、美咲は新たな殺し屋を依頼した。それが宮崎だった。

美咲は宮崎に金城を殺してくれと依頼した。

その時、美咲は宮崎が金城を殺す作戦を思いついた際には美咲に報告してくれと頼んだ。

初め、宮崎は断った。依頼者に仕事内容を説明するのを躊躇ったからだ。

しかし、美咲はある情報と交換した、それは誰かが殺し屋夫婦に宮崎を殺してくれと依頼している情報を渡した。


その、誰か、とは田村である。


当然このことは宮崎自身はしらない。

宮崎は交換として、終電車でやるという情報を渡した。同時に美咲は殺し屋夫婦を共に殺そうとする共同作戦を提案した。それに宮崎は同意をして、美咲は宮崎に防弾チョッキを着せさせ撃たれたら死んだフリをしてくれと頼んだ。


そして、田村はさっき言った通り殺し屋夫婦にも依頼していた。

田村は木山が俺を殺そうと殺し屋に依頼したという情報を美咲に教えてもらい、作戦に協力することにした。


田村は自分ではなく美咲が殺し屋夫婦に依頼をしてもいいんじゃないかと言ったみたいだが、断った。

なぜなら、もし美咲が殺し屋夫婦にも依頼すると、ターゲットである宮崎の情報を知らべあげ、宮崎の依頼者の中に美咲がいるということがバレてしまうからである。

これには悪い混乱を招きかねないと判断し、田村に依頼させたのだ。


田村は美咲からこう指示された。


まず宮崎と俺を殺してくれと依頼をすること。

これにはちゃんとした意味があった。


宮崎を殺してくれと依頼することによって、宮崎と殺し屋夫婦の殺し合いが起きると思ったからだ。


最終的には、電車内には俺一人にさせなければならなかった。


美咲は宮崎が金城を殺す作戦を知っていた。

殺し屋夫婦はきっとその情報でさえ宮崎から盗むだろうと判断した。そうなると、殺し屋夫婦は宮崎が金城を殺した後に宮崎を殺そうとするからだ。でもそれは宮崎が防弾チョッキを着ていて死んだフリをする。


美咲は、殺し屋夫婦が電車が発車してすぐに金城と宮崎と俺を撃ち殺すことはないだろうと判断した。

なぜなら、金城はターゲットではないし、宮崎の爆弾の場所をしるためでもある。

宮崎が死ぬと、爆弾の設置場所を探すのに時間をかかってしまう。宮崎が生きていると、爆弾の在処を吐き出せるし、墓穴を掘ると、殺し屋夫婦は考えるはずだと推測した。


殺し屋がターゲット外を殺すことは無いと踏んだのは、殺し屋独特の宮崎の謎のプライドから判断した。でも、もし宮崎の作戦の情報が爆弾の位置まで確認されていたら終わりだったけれども。


そうすることにより、最終的に殺し屋夫婦と宮崎が争う形になる。


俺を殺すと依頼させたのは、俺を守る為でもあった。

もし俺を殺せと依頼しなかったら、殺し屋夫婦は宮崎との戦いに集中して、宮崎の生死に敏感になると踏んだ。

防弾チョッキを着て、死んだフリをしても生死を調べるのに敏感になり、もし防弾チョッキを着ていることがバレると、殺し屋夫婦は不自然さを覚え、美咲も俺も命が危なかった。


でもそこで俺を殺せと依頼することで、宮崎の生死を深く調べずに、ターゲットが切り替わり俺に夢中になり、俺を殺す瞬間にずっと隠れていた場所から撃ち殺すことができる。

殺し屋夫婦が1番先に俺を殺すんではないかと思ったが、それもない。もしそんなことをしたら宮崎、もしくは金城に逆に殺されていたかもしれないからだ。


電車に隠れ始めたのは、宮崎の協力のもとだった。宮崎が裏ルートで入手した鍵を受け取り、駅のホームからあの部屋に入ったのだ


以上、これが美咲の計画だった。


[newpage]



「まぁ、ほとんど賭けだったし充分作戦に穴があった。自分でも成功確率は20%と踏んでたわ、爆弾の場所とかバレてたら終わりだったし」


「...」


「なにその顔、てか鼻水垂れてるよ」


俺がどんな顔をしていたかわからないし、鼻水がたれていた感覚もわからなかった。


「俺にはよくわからん、そんなことしなくてもスタジオで解散した時、無理矢理にでも終電に乗らせなかったら解決してたんじゃねーの?」


「そんなことしても無駄よ、だってその時既にあなた殺し屋のターゲット、電車じゃなかても殺されていたわよ」


「あ、そっか。じゃあ殺し屋夫婦を雇った意味よ、そもそも宮崎だけに依頼して金城を殺したらよかったんじゃねーか?」


「それも無理、もし殺し屋夫婦に依頼しなかったらそもそも電車であんなことは起きなかった、ふみちゃんは宮崎さんが金城を殺す前に別のところで死んでた可能性が高まる。金城さんにとって殺すターゲットがふみちゃんと宮崎さん2人だけになるでしょ?だって金城さんの依頼者は殺し屋夫婦でもあったんだから。これは、殺し屋夫婦に依頼しないと起きないことだった。ターゲットが2人だけだと別々に殺した方が楽チンだしね。でも電車でまとめて殺すとなったらふみちゃんが先に死んじゃうこもなかった。」


長々と説明してくれたが、まだ俺には完全に理解したわけではなかった。とにかく思ったことは。


「お前、音楽やめて探偵にもなったら?」


美咲は飲んでいたコーラが器官に詰まったのか咳をした。


「は、は!?やめるわけないでしょ!ふみちゃんとプロになるって約束したんだし、それに音楽以外に興味ないよ、私は」


「そ、そうか、てか宮崎、あれ死んだフリだったんだな」


「うん、多分爆発して私たちが降りたあと、宮崎さんもすぐに脱出して逃げたと思うよ」


「そ、そうか」


俺はすべて美咲から聞き出し、同時に美咲に申し訳なさがうまれた。なぜなら、美咲は人を殺してしまった。

宮崎によってそれはもみ消されたようだが、美咲の手を汚してしまったのに変わりはなかった。


「なに?もしかしたら私を殺人犯にしてしまったって悲しんでるの?」


どうやら、美咲には俺の心がお見通しだった。


「あ、ああ...」


「気にしないでよ、おかげでふみちゃんは助かったんだし」


それでも俺はこの心の傷をゆっくりと治す必要がありそうだった。


ポケットの中にあるスマホが震えた。

スマホを出すと『木山』から連絡が着ていた。


[newpage]



「木山からだ」


俺はスマホの画面を美咲に見せた。

俺が生きてるとしって謝ってくるのだろうか。


「なんの用だろう」


「わからん、とりあえず出てみるわ」


俺は応答ボタンを押した。


「もしもし...」


俺は恐る恐る声に出した。


「あ、もしもし元気?藤本」


「っ!?その声宮崎か!?」


確かにその声はついさっきまで聞いていた宮崎の声であった、

俺が宮崎と口にして、美咲も不安そうな顔を浮かべた。


「うん、なんだか久しぶりに感じるわ、さっきまで一緒だったのに」


「そんなことはどうでもいい、なんでお前が木山のスマホ持ってんだ」


「殺したから」


「...は?」


俺は思わずスマホを落としそうになった。


「殺したって...なんで?」


俺はチラッと美咲の方をみると少し眉をしかめていた。


「依頼がきたからに決まってるでしょ?」


「だ、誰だよ依頼主って...」


脇から変な汗が滲み出ているのがわかった。


「あなたの今1番近くにいる人物よ」


俺は今度は恐る恐る美咲の方をみると、目があった。

美咲は不気味な笑顔を見せた。


「あっ、依頼主に伝えてくれる?私を騙していたことは許してやるって、んじゃねー」


それで宮崎との通話は終わった。

ふと腕を見ると、鳥肌がすごいことになっていた。寒いからではない。


「宮崎さんなんて?」


美咲が興味津々にきいてきた。


「私を騙してたことは許してやるって」


「あちゃーバレてたのね」


美咲がわんぱくそうに笑って見せた。


「それじゃあ、そろそろ行こっか」


「ああ...そうだな...」


俺たちはファミレスを出て、思わず手で目を覆い隠した。

いつの間に日が昇っていて、眩しかった。


「あっそう言えば電車の中で宮崎さんと抱きついてなかった?」


俺は電車が揺れたあの場面を思い出した。


「あ、あれは電車が揺れて向こうが体勢を崩して...」


別に悪いことをしたわけではないのに、何故か俺は動揺したような口振りで述べてしまった。


「ふーん、お葬式の準備しなきゃね」


彼女の顔は笑っていなかった。

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悪女 池田蕉陽 @haruya5370

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