シロの神来

高峯紅亜

シロの神来


 今日は俺の兄ちゃんの月忌だったため、僧侶を自宅に招き、仏壇の前でお経を読んでもらっていた。


 兄ちゃんはちょうど二ヶ月前に拡張型心筋症で23歳という若さでこの世を去った。受けたショックは誰よりも大きかったはずなのに、兄ちゃんが死んでも涙は流せなかった。いや、流れなかった。


 僧侶を読むお経をぼんやりと聴いていると、兄ちゃんとの思い出が頭を駆け巡った。虹色だったはずの毎日が兄ちゃんの他界によって一変した。

 楽しかったはずの高校生活もつまらなくなり、受験勉強も手につかなくなった。

 唯一俺が志望校に受かるために一生懸命応援してくれてた人が、兄ちゃんだったからだ。

 俺は、いつも前向きでどんな困難にも立ち向かっていく兄ちゃんを尊敬していたし、大好きだった。


 俺らは家で二年前から柴犬を飼い始めた。ありきたりな名前だが、『シロ』と名付けた。

 シロは俺がペットショップで選んでやったのに何故か兄ちゃんが大好きだった。

 陰気な俺とは反対に陽気な性格だった兄ちゃんはいつも笑っていて、楽しそうにしていたからかな。あの無邪気な笑顔に憧れてどれだけ鏡の前で笑顔の練習をしたことか。


 なんで兄ちゃんが......。なんでこんな生きてても無意味な俺は今この世に存在しているのだろう。


 入退院を繰り返していた兄ちゃんはリビングの隅に配置してある折り畳みベッドで大概の時間を過ごしていた。未だにベッドは残してある。兄ちゃんが好きで集めていた漫画シリーズも全て積んだままになっている。

 昨日まで兄ちゃんがそこで漫画を読んでいた気がする。


 そんなことを思いふけっていると滅多に吠えないシロが突然吠え始めた。

 僧侶は気にせずお経を読み続けていたが、何人かポツポツと振り向いた。

 俺はさり気なくシロを視界に入れると、どうやら一点を見て吠えているようだった。

 その目線を辿っていくと、なんとその先は兄ちゃんのベッドだった。


 いつしか友人が、犬って幽霊とかそういう類のもの見えるらしいよ、と言っていたのを思い出す。


 まさか、とは思ったが予想は的中した。


 今まで威嚇するように吠えていたシロはクーンクーンと鳴き声を変え、兄ちゃんのベッドに向かってトコトコと歩いていった。

 横に置いてあった看病用の椅子に飛び乗ったかと思うと、そのままベッドの縁に白いフサフサな両手をかけた。

 可愛げな尻尾が左右に揺れている。そして嬉しそうにワン!と鳴いた。



 まるで兄ちゃんがそこにいるかのように。





 俺の涙は止まらなかった。



 完

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