第2話 出発進行

「お嬢さん、生きているのにどうしてこんな所へ?」

「え? いや、死んだからここに来たんじゃ?」

「限りなく死後の世界に近いけれど、少し違うかな。死んでいないし」


 あんなでかい物にぶっ飛ばされて死んでいないとでもいいたいのか、この羊は。


「改めまして、私は吉田。そしてこの列車は目蒲線蒲田行き」


 確かに私は電車に乗っていた。

 私をぶっ飛ばしたのは大井町線だったはず。目蒲線って随分前に分割されて無くなった路線だったはず。だからあの世で走ってるのかな。


「あの、ツッコミなし?」

「え……? ああ、すいません」


 ジョークだったのか。センス無いな。

 そもそもこの電車の内装は電車というより、汽車という印象だった。緑色の布張りがされた木製の座席。小さい頃にローカルテレビで見た宇宙を走る鉄道のアニメを思い出させた。

 ああそうか。これが死出の旅か。

 窓の外はたくさんの白い光の線が走っていて幻想的だった。哲郎とメーテルもこんな車窓の風景を見ながら旅をしていたのかもしれない。

 私の旅のお供は金髪のお姉さんでも透明な車掌さんでもなく、頭が羊の人間らしい。


「落ち着いてるね。目の前に化け物的なのがいるのに」

「え? まぁ、あの世だから。それにスーツ着た羊になら保険加入させられそうになったもん。なんだっけ、あーんしーん生「それ以上はいけない」


 なんだ、あのキャラに似せている訳じゃないのか。だったら昔の携帯画面にいた羊の執事だろうか。まぁ、いいか。


「席、座っていいの?」

「どうぞどうぞ。本当に落ち着いてるね」


 落ち着いているのではない。私はただ諦めが早いだけだ。

 羊の横線が一本入った瞳がこちらを見ていた。


「あのう、渾身のジョークの数々をスルーされまくって悲しいから、お名前教えてくれない?」

「え? 話の前後繋がってないような? というか名前なんかどうでもいいでしょ。私死んだんだし」

「いや、名前くらい教えてよ、それにまだ死んだ訳ではないし」

「イヤだって言ってるの。適当に呼んでよ」


 何が死んでいないだ。

 あんなでかい物にぶっ飛ばされたのいうのに。これで助かるなんて奇跡の無駄遣いなんていらないから、他の不幸な誰かに分けてやって欲しい。


「ええと……じゃあ、名無しの無し子さん……いや、それは馬鹿にしているみたいたから、もっと略してナコさんでどう?」


 ナコか。良い響きだ。

 人が傷つくかどうかも考えてくれるなんて良い羊だ。


「じゃあ、そう呼んで」

「私も気軽に羊の吉田と呼んでね」


 吉田の羊顔が期待の眼差しでこちらを見ている。ああ、吉田で羊ってそういう事。


「……出発、進行」


 吉田が不満そうに出発を告げた。

 ふん、絶対突っ込んでやるものか。

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