隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている!

赤眼鏡の小説家先生

名前だけ魔王と見た目だけ勇者

第1話『農業ダーリン』

 僕は魔王だ。いや、正確には魔王などではなく、そう呼ばれているだけだ。

 実際は「魔王」という職業名を指した、あだ名みたいなものだと思ってくれていい。要するに僕は"名前だけ魔王"だ。

「学級委員長」ならあだ名は「委員長」だし、役職が「課長」なら、部長になるまでは、「かちょー」とか呼ばれるのだろう。


 そしてこのあだ名のせいで僕の生涯は障害だらけで、しょうがないものになってしまった。

 僕は元々、普通の農家の息子だった。なんの能力も無いし、力も弱い。あえて無理矢理特徴付けるなら、野菜を作るのがちょっとだけ上手だったと思う。

 ただ、少しだけ強かった。いや、言うならば運が良かった。

 ことの発端は、前の魔王と呼ばれていた人物の狂言にある。


「俺もう、魔王とか、あれだからさ、まじ誰か変わってくんねーかな。めんどくさいから、ジャンケンとかしてさ」


 確かこんな感じだった気がする。前の魔王のこのトチ狂った発言により、「次の魔王はだーれだ? ジャンケン大会」が開催された。

 この大会は出場制限が無いらしく、全世界の人々が参加した。

 魔王の部下達は反対したそうだが、当時の魔王が「うるせぇ、ぶっ殺すぞ」と凄んだため、無理矢理決行されたそうだ。


 でも僕は出場する気は無かったし、そもそもこんなのは冗談みたいな話だと思っていた。

 しかし友達が、「1人で出るの嫌だから、一緒に出よう」というナヨナヨしい頼みごとをしてきた為、仕方なく出場した。


 結果から言おう。


 僕は魔王的な強さで、連戦連勝を重ね、気が付いたら、魔王の椅子にちょこんと座らされていた。ただ、ジャンケンが強いというだけで。それだけの理由で僕は魔王になってしまった。

「自分はそんな器ではない」とか、「なんの取り柄もない一般市民です」なんて言ってみても、魔王の部下からの返答はこうである。


「グーを出したら、パーを出し、チョキを出したら、グーを出す。まさに魔王」


 それは魔王などではなく、ただのジャンケンの勝ち方である。

 しかも前の魔王は去り際に、「そのチビ助を魔王の座から引き下ろしたら、ぶっ殺すからな」と言い残していった。どうやら、前の魔王の口癖は「ぶっ殺す」らしい。

 城に残ったモンスター達は、その一言によって仕方なく僕に従っている。それに僕はチビじゃない。他の人がデカいだけだ。


 ちなみに魔王の仕事とは、勇者ならびに魔族に刃向かう者の殲滅である。

 しかし僕の力は弱く、とても勇者には敵わない。そもそもそんな気もない。

 だがそれでも問題無かったようで、全ての勇者は魔王城内のダンジョンに配置された中ボスのお姉さんによって、返り討ちとなっていた。

 そしてモンスター達は勇者を倒すと、いつも僕に意見を求めてきた。


「魔王様、この勇者いかがいたしますか?」


「普通はどうするんだ?」


「前の魔王様は見せしめのために、勇者の故郷の村へ送りつけていましたね」


「そんなのダメに決まってるだろ! ちゃんと怪我の手当をして、元気になったら、馬車でも出して移送してあげて」


「は、はぁ…………まぁ、魔王様がそうおっしゃるのなら」


 時には僕自ら手当に当たったりもした。

 勇者の人達は、僕が魔王だと名乗ると驚いたり、冗談だと笑い飛ばしたり、中には「可愛い♪」と頭を撫でて来る様な人までいた。

 不審に思ったのは、勇者の人達は、みな外傷は無く、気分が悪く吐きそうだったり、混乱したように、呂律が回っていなかったりなど、変わった状態異常であった事だ。

 きっと中ボスのお姉さんは、魔法使いとかなのだろう。


 そして僕のこの、勇者に優しくする政策––––とでも言うべきなのだろうか。やられた勇者を手厚く介抱する事で、僕はいい魔王だと認められ、勇者から命を狙われなくなった。

 そのおかげで世界は平和になり、魔族と人間は停戦協定を結んだ。ここまでなら、よかったのだ。


 その後、各国の王様からこんな話が舞い込んで来た。


「魔王様、ぜひうちの勇者を嫁に貰ってくだされ」


 勇者の人達も、僕に優しくしてもらった為、その縁談には前のめりになる程乗り気であり、僕は毎日、毎日、お見合いをする羽目になった。

 しかし僕はまだまだ若く、結婚なんて考えられない。身長だって伸び代がある。

 おまけに結婚を渋る理由を家臣に聞かれ時に、「誰と結婚するか悩んでいる」なんて言い訳をした日には、「それなら、全員と結婚すればよろしいではありませんか」と進言されてしまった。そんなのはもっと有り得ない。

 モンスター側からしても、停戦協定を結んだからには人間達とも仲良くしたいらしく、その象徴として魔王である僕と、勇者を結婚させたいらしい。

 だが僕は、こんな毎日がお見合いの生活なんてまっぴらゴメンだ。


 ある日僕は「ちょっと、結婚式場の下見をしてくる」とそれっぽい嘘をつき、魔王城を抜け出し、逃走を図った。

 そして、逃走は思いのほか上手く行き、僕は晴れて自由の身となったのだ。あまりにも上手く行ったため、運がいいなとは思ったが、そもそも運が良くて––––いや、悪くて魔王になってしまったのだから、お釣りが来たと考えるべきだろう。

 そして今は、魔王という肩書きを隠して隠遁生活を送っている。


 僕が居なくなってから魔王城のモンスター達は大騒ぎして、血眼になって僕を探しているらしい。

 しかし、広い世界、それもただのなんの変哲もない小市民を探すのは、ウォーリーを探すよりも困難だろう。


 潜伏場所は魔王城近隣の街だ。灯台下暗しとはよく言ったもので、僕がこんなにも近くに潜伏しているなど、夢にも思うまい。

 人も街も活気があり、少し大通りに出れば多くの品物が並ぶ露店がある。

 この街は魔王城が近かった事もあり、多くの冒険者や、勇者が武器や防具の調達に来るためかなり栄えていた。


 しかし今は平和になったため、武器や防具に代わり、食物が多く売れていた。

 モンスターに農場や作物を荒らされなくなったのも、大きく関係しているのかもしれない。


 なんの変哲も無い庭付きの家が今の僕の家だ。それなりの広さのリビングに、2つあるベッドルーム、バストイレもちゃんとある。

 庭には畑があり、ここで毎日農作物を育て、採れた野菜を売って生活費を稼いでいる。自給自足のまったりライフだ。


 僕は野菜が好きだ。食べるのも作るのも。

 魔王時代から草食系魔王とはよく言われていたものだが、どうやら本当に草食だったらしい。


 そんなわけで今日も農作業から帰った僕は、収穫したばかりのきゅうりを携えて、家の扉を開いた。

 家の中に入ると、驚いた事に見覚えのある女性が、さも自分の家だとでも言わんばかりに椅子に腰掛け、くつろいでいた。

 その女性は僕を見ると空色の瞳を細め、にっこりと微笑んだ。


「久しぶり、ダーリン。わたしとの縁談の件、考えてくれたかしら?」

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