第95話 因果の種類

 三月二十六日、土曜日。大手出版社、冗談社の代表取締役に会った。渚沙の活動の良き理解者で、昔から渚沙の体験を本にしたいといってくれた人だ。会うのは半年ぶりになる。


 もちろん、話題は地震。渚沙は、近頃 SNSに更新している内容、ナータの言葉や自身の体験を語った後にこういった。

「十一日の物質的、スピリチュアル的な約束のふたつが地震のためにつぶれたことで、この自然災害の原因であるふたつのことを象徴していたように思ったんです。でも、それが本当かどうかは私にはわかりません」


「いや、きっとそうなんだよ。そう思う」取締役は、一連の話を聞いた後で、思慮深げに答えた。

 彼は精神世界の話なら受け入れることを拒まない人だ。そのために騙されてしまうこともあったくらいだ。

(別作品「渚沙は見た! ●●事件簿」から"大手出版社の失敗"のエピソードをご参照ください)

 実は、今も彼が関わっているかもしれないカルト教祖のことで、間接的にナータの警告を伝えたくて会ってみたのだ。大手出版社の取締役の一人である彼が、そんな要注意人物の本を出してしまい胸騒ぎがしたのは、二年前のことだった。


「物質的な問題は、先進国である日本人全体に関係することで、多くの人が無駄遣いを反省したり、物に感謝したり、人を思いやる気持ちを取り戻しています。被災者や被災地で活躍する方々、奉仕者たちが素晴らしい実践的な見本を見せてくれていますよね。

 でも、スピリチュアル・クリミナルたちはまったく違います。

 自分たちが被害に遭っていないから、自分が特別なんだと主張して、おまけにこの災害を癒すなんていっているので、もう悪循環なんです。日本を滅ぼす気なのかと不安になります。あの人たちの傲慢で狂気的な思考と言動が、被害を増加させているようにも思えます」

 渚沙の言葉を、取締役の彼は頷きながら真剣に聞いていた。


 渚沙には受け入れにくかったけれど、過去の様々な自然災害を振り返っても、無関係な人が大勢巻き込まれる傾向にある。

 以前、ナータは因果応報、すなわちカルマの種類には個人のカルマ、家庭のカルマ、国のカルマがあるといっていた。

 国のカルマで不運に遭うとしても、結局そのようなところに生まれるという個人のカルマが根底にあるのだろう。

 また、自然災害のように国レベルでの連帯責任で、人間的、精神的に成熟している人たちが犠牲になり、苦しみ、働いて、未熟な人たちに見本を見せるという仕組みになっているのではないか。そう考えれば、この世がいかに全ての人にとって学びのために場であるかが理解できるけれど……。


 都内のレトロなコーヒー屋で冗談社の取締役と話をしていると、あっという間に二時間半ほどが過ぎていた。土曜日だというのに彼はこれから仕事だそうだ。原稿を持ってきていた。

 ここのコーヒー屋のオーナーには帰国時によく会っているので、話したかったけれど、今日は滞在先の医者宅で少し手伝いをさせてもらうことになっていたので、名残惜しいがそれぞれに別れを告げた。


 電車に乗ってから携帯をチェックすると、今届いたばかりのメールに気がついた。


 トラタ共和国のボランティア仲間からのもので、ナータが、渚沙の今の日本での奉仕活動や努力について賞賛しているという内容で、そのことを渚沙に伝えるようにいわれたそうだ。渚沙は自分が何をしているかは誰にも話していない。日本の人にも、ボランティア仲間にも。けれども、あの問題の大手出版社の取締役と別れた直後にメールが届くという完璧なタイミングだ。


 ナータは普段、近くにいる人々のことを褒めることはほとんどないけれど、この惨事に見舞われた日本での自分の小さな努力を、わざわざ評価してくれることがありがたくて渚沙は涙ぐんだ。というより、そんな小さな働きでさえも多くの知人や友人達の助けがあって可能なことで、渚沙の活動などとはとてもいえず、その不甲斐なさに涙したといったほうが正しいだろう。

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