第94話 スーパードクターの一家
世話になっていた医者一家は格別だった。
ご主人は奥さんや子供たちに、自分には患者さんがいるから逃げられないけれど、安全な別荘や他の地に避難してもいいといったそうだ。
この時、渚沙はご主人には初めて会って知ったのだが、テレビのスーパードクター特集にちょくちょく出る著名な医者だった。他国の要人たちもお忍びでやってくるほどの名医である。
また、息子さんは医者の卵で、研修生として移植手術の専門病院で重病人や緊急患者を診ることが多く、渚沙の滞在中、休みは一切なく帰宅できない日も頻繁にあった。自分が地震や原発事故のことで避難するかなど無関係、というのが息子さんの状況だ。
奥さんは、そんな家族を置いて避難することなどとてもできなかった。
「東京は経済の中心でしょ。ここから人がいなくなったらおしまい。それを他人にはっきりいえるかは分からない。次の瞬間、または明日、何が起こるか分からないんだから。他の人たちに、逃げちゃいけないとはいえないわ」
そう奥さんは渚沙に説明した。
運命を受け入れている医者一家の強さを感じた。
そういえば、被災地で病院に取り残されていた医者も、救助されるまで生き残った患者さんの面倒を見ていたという話をテレビでやっていた。その間に亡くなった患者さんを看とったが、手元に医療器具があれば助けてあげられたのに、と無念に感じたと。この医者は、患者たちを優先して最後にヘリコプターに乗った。
こうやって自然に他者を優先できる人は神の性質そのものだと渚沙は思った。
さらに驚いたのは、スーパードクターと奥さんの娘婿が、なんと天皇付きの専属医だったことだ。ちょうど陛下の心臓の具合が良くないというニュースが度々あって渚沙も心配していた。両陛下は避難を勧められたが拒否して東京に残られ、被災地に思いを馳せ、毎日数時間自主停電して過ごされていたという。普段から両陛下は夏の猛暑日にもクーラーを点けず、食事もとても質素なのだそうだ。それで、娘婿も暑さを我慢しなければならなかったという。自主停電については週刊誌にはよく書かれていた。
シャンタムやナータ、他の聖者たちを見ていてもそうだけれど、崇高な人は常に謙虚に控えめに生活し、自己犠牲の姿勢で人々のために動いている。彼らの裏表のない姿は身近にいる多くの者たちが目撃し、外にも自然に表れるものだ。
渚沙は震災時、日本に帰っていて良かったと心から思った。これらのことは東京に滞在しなければ、いや、帰国していなければ、おそらく知りえなかった貴重な話ばかりだ。トラタ共和国にいたらテレビはないし、ネットのニュースだけでは感じ方もだいぶ違っただろうから。
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