第69話 悪魔の使いの夢 その2

 ナータの寺院は神聖なニール川の岸辺に立地していることも手伝い、セレナの連れて来た男に取りいていた悪霊十一人のうちの二人は、その聖域の強力な空気にびっくりしたのではないか。耐えきれずに男の身体から飛び出すと、自動的に女神の川に吸い込まれるように消えてしまった――そういうことだったに違いないと渚沙は思った。


 ナータの言葉を渚沙から聞いたセレナは、「残りの九人の悪霊も後で全部消えるのね」とほっとしていたが、今すぐには男の身体から去ってくれないのか、と考え込んでいる。カウンセラーである彼女は、自分ではこの男のことを救えず、わざわざトラタ共和国のナータのところに連れて来たわけだが、ナータには男の問題をすべて解決する意思がないことを理解したようだ。

 渚沙は、何故彼が悪霊に取り憑かれることになったのかセレナに尋ねた。するとセレナは、彼がに熱中し過ぎて、異常なほど性交に耽溺たんできしていたせいだと即答した。 


 翌朝、セレナは渚沙のところにやって来ると、前日話したことは確かなことではないと、慌てた様子で訂正した。その慌て方から、きっとすべて真実なのだと渚沙は感じた。彼女は、自分の客の秘密を他人に話したことを後悔したのだろうか。

 だが、セレナは思い出したことがあるといって、彼と関わるようになってから自分が見た夢について教えてくれた。


――夢の中で、複数のスピリチュアル教師らしき存在が性交を勧める講義をしていた。教師は、性交がどんなに素晴らしいかを説明し、人々を甘い言葉で誘惑していた。その教師は、実は使だった。人々を地獄に引きずり込むために。


 セレナはその夢を思い出すと、恐ろしくて寒気がするという。


 もしかして――は今の日本のスピリチュアル系の間で流行っているのではないか? それでナータは、日本人である渚沙だけに、男に憑依した悪霊の話をしセレナと接するように勧めたのではないだろうか。その場に複数の国から訪れた人々がいたにもかかわらず……。


 その日の夕刻、渚沙はナータが中庭に出て来た時、ナータと話す機会を見つけた。

「セレナと話をしました。その話をサイトで公表しましょうか」

 渚沙はそれだけいった。セレナとの会話の内容は一言も伝えていない。訪問者であるセレナがナータに話をする機会はもちろんなかった。ナータは「イエス」と一言返事をすると、きびすを返して他の人たちのところへ行ってしまい、その後、二者の間でその話が出ることはなかった。 


 ナータには「サイト」といっただけで、どこで公表するかは伝えていなかったが、渚沙の中では当然例のナータの厳しいメッセージを更新しているSNSに決めていた。そんな話が出来る場は、当時はそのSNSしかなかったのだ。数時間後さっそく、憑依されている男と、カウンセラーのセレナから聞いたスピリチュアルと性交を結びつけて人々を誘惑する「悪魔の使い」の話をSNSで伝えた。何故こんな話を、霊とも、スピリチュアル的性とも無縁で無関心の自分が伝えなければならないのか、と微かに抵抗を感じながら……。

  

 ところで、渚沙は、セレナのことを有能な「カウンセラー」として認めている訳ではない。渚沙が知る数百人いる世界のスピリチュアル系カウンセラーの中で、まともな人物は一人もいない。彼ら自身が、重度の精神的な問題を抱えているのだ。

 もともとヒーラーだというセレナ。初訪問時に自分は天使の医療チームと交信しているといい、おかしな行動をとってみんなを驚かせた。

 その後、セレナはヒーリング専用のスピリチュアル・センターを自国に設立したがったが、ナータから止められていた。狂者の大量生産を許すわけにはいかないよ、とその場にいた渚沙たちはホッとしたものだ。彼女はナータから、今まで経験のある地に着いた仕事をしていたほうがずっと良いといわれたが、すでにヒーラー兼カウンセラーとして長年スピリチュアル・ビジネスをしてきた彼女には、転職は難しかったようだ。

 セレナには、確かに幾らかの知る力があるのだろうけれど、時には有効、時には無効で不安定なものだ。悪霊に憑依されている男の例のように、他人を助ける力までは持ち合わせていない。実際、本人から話を聞く限り、誰も彼女に本当に助けられた人はおらず、なんと、いい加減なアドバイスをして人を誘惑し、若者を死なせたことまである。


 彼女は、典型的スピリチュアル系問題児の一人だったが、素直で心根がいい人なのでだいぶまともになってきた。セレナは、生き神ナータの役に立ちたいといつもいっていたが、この時、日本に大切なメッセージを伝えるために役立ってくれたのだ。ナータは渚沙をセレナのところに送り、貴重で特殊な忠告を日本に伝えられたのだから。


 ナータの側で頻繁に見られることだが、我々人間は、心から神を思う時、神に遣ってもらえることがあるのかもしれない。

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