第60話 日本の自然災害 その1

 ある年の秋。渚沙はその日のナータの言葉を生涯忘れない。

 思えば、すべてはこの日に重要なヒント、いや答えそのものが与えられていた。その時すでに、黒雲の闇がゆっくりと重みを増して膨張し、よどみ、うごめいていたことに渚沙は気づかなかった。


 その日の午前、渚沙たちボランティアと、数人の訪問者たちは、ナータと共にお茶の時間を過ごすことになった。まだ、人がまばらに集まりつつある時、ナータは渚沙にいきなりこう質問した。

「日本人は何故、グループでやって来るのか」


 グループというのは聖地を訪れるスピリチュアル・グループのことだ。実はこの質問は、「井上は今どうしているのか」という問いと同じくらい頻繁に、ナータから渚沙に向けられてきたものだ。

 井上たちのようにツアー団体や、フミのようにグループでやって来るのは、日本人以外見たことがなかった。欧米人、アジア人は夏休みなどの休暇を利用して、個人でトラタ共和国の聖者たちに会いに来ていた。彼らのほとんどが休暇を使って自分の一番好きな聖地の宿泊施設に滞在し、聖者の教えや英知をじっくり学ぼうという真面目な姿勢だった。彼らは「勘違いスピリチュアル系」などではなく、地に足がついている普通の人たちであった。


 それに対し日本人は集団でも、稀に見る個人でも、様々な町や村のホテルに一日、二日滞在し、移動しては聖者漁りに聖地荒らしをして浮ついていた。人生の意味や神について真剣に学びたいという様子は一切見られず、できるだけ多くのトラタ共和国の聖者に会って「縁かつぎ」をし、願い事を叶えてもらいたいとか、病気を治して欲しいなど、他力本願で軽薄な欲望をさらけ出していた。いわゆる、流行の「パワースポット巡り」をしている感覚なのだ。


 まともなのは、意外にも自称聖人のフミのグループで、ナータやシャンタムの寺院に一週間なり二週間なり滞在し、修行をしに来たと言って真面目な態度を見せた。ただしその方向性はいつもずれていたし、異常行為は相変わらずだった。それもフミの精神の病のせいだろう。ちょくちょく聖者たちよりも偉くなってしまう。平気で自分が寺院の女王と言わんばかりの発言をしていた。秘書の小室比呂子などは、ナータのボランティア団体で運営している子供たちの学校を図々しく「フミ先生の学校」といつも呼んでいたのだ。

 渚沙は、これらの日本人の振舞いを国恥としか感じられなかった。同国出身というだけで、今の今まで実に肩身の狭い思いをしてきたのである。

  

 渚沙は個人で行動するタイプだ。ナータの親族、側近、寺院のボランティアたちも、各個人自立している。自分の考えや意見はいつもきちんと持っている。真実と善の感覚に従って生きてきた渚沙は、必要ならば、たとえ独りになっても戦うし妥協しない頑固な一面がある。だから、いつも誰かとつるんで行動し、おかしなリーダーの言いなりになっているスピリチュアル系日本人たちのことは理解できなかった。


 二〇〇四年のこの日、「日本人は何故、グループでやって来るのか」という質問をした後、ナータはいつもと違って話を続けた。そして、過去に寺院に顔を出したことのある何人かの日本人のグループリーダーの名を挙げた。

 ナータは珍しく、飛鳥井八洲夫あすかいやすおという年配の男の名を真っ先に挙げた。飛鳥井は、井上のツアーに何度か参加した後、井上と仲違いして独自にグループを作り、偽聖者カリルにどっぷりはまった日本人の一人である。あの井上と仲の良かったアシスタントの小島栄こじまさかえも飛鳥井と行動を共にしていた。

 飛鳥井は当時、六十代に見えた。例のごとく、観光スタイルでちらりと顔を見せると去っていくだけで、寺院の者とはあまり接触したことがなく、話題に上ったことは一、二度しかなかったので不思議だった。


 飛鳥井は、いつ見ても貪欲で悪賢そうな顔をしていた。人集めは上手いらしく、日本に自分のスピリチュアル施設を所有しているという。一度、その施設を土地ごとナータに捧げると飛鳥井が申し出てきたことがあった。それに対するナータからの質問を渚沙が伝えると、飛鳥井が自分のために聖者の名を利用したいだけで、口先だけだったことが即その場で判明した。その話はそのまま有耶無耶になって忘れ去られた。

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