第58話 カリルと女たち その2

 その噂は、たびたび流れてきた。そしてある日、新聞に一枚の写真付きで記事が掲載されていた。


  カリルの寺院はハーレム化し、現地の未婚の女を囲っていたのだが、トラタ共和国では結婚が重要視されるために、ある時それぞれの親たちは婚期を迎えてもひたすらカリルの寺院に入り浸っている娘たちのことを心配し、カリルに結婚するように迫った。


 近年トラタ共和国では恋愛結婚も見られるようになったが、まだ見合い結婚も多く、女性は処女でなければ結婚できないという暗黙でありながら厳格なおきてがある。花婿でさえも、結婚まで童貞であることは珍しくない。渚沙とひとつ違いの知人の青年も、二十九歳で結婚するまで童貞だった。

 男性の場合はそれほど問題はないが、婚前に別の男性と関係をもってしまった女たちは、密かに遠い町で処女膜再生手術を受けるという。この話は単なる噂ではなく、昔看護師をしていたナータの親族から聞いたことだ。彼女が働いていた町の病院には、そういう若い女たちがやって来たという。


  このような社会事情で女たちの親からけっこう圧力をかけられ、まだ若かったカリルはその中から一人を選び、とうとう結婚した。その結婚の記念写真が大きく新聞に掲載されていた。写真には花嫁の他に、一緒に写っている若い女が何人もいた。びっくりしたのは、一同揃って映画女優並みの美女だったことだ。彼女たちは、花嫁に選ばれなかったカリルのハーレムの女たちなのかもしれないと渚沙は思った。もし、そうだとすれば、選ばれなかった女たちはどういう心境なのだろうと、幾らか同情した。その後、カリルとどういう関係を続けるのか想像できないし、したくなかった。


 何故だか覚えていないが、渚沙はその記事を読まなかった。まだその時は読めない現地語だったのか、苦手な英字新聞だったのかもしれない。とにかく、偽聖者カリルにはまったく関心がなかったことは確かだ。

 見た目の印象としては、単なる著名人の結婚のニュースのようだった。トラタ共和国では未婚の聖者も多いが、聖者が結婚し家庭を持つこと自体は、悪いことには見られない。むしろ、結婚は社会の基盤とシステムであり、人が人生で果たすべき重要な義務のひとつとして考えられている。そのため、古代から聖者も神と言われた存在も多くが結婚していた。カリルの場合は、悪名高かったので批判的な内容であったのかもしれない。


  まだ二十代だったカリルは、日本人の影響でより悪党になったと考えられる。分別なくカリルと関係を持った日本人の女たち。マフィアとつながりのあるカリルとつるんで、日本人をかもにして大金をせしめたリーダー格の日本人の男たち。三者とも犯罪者そのものだ。そのように力をつけたカリルの元に、西洋人も訪れるようになった。


 なにより渚沙が危惧きぐしたのは、カリルが日本に時折顔を出していたことだ。

 

 途上国であるトラタ共和国では、一般的に先進国に行く聖者は金目的と見なされる。本物の聖者の中でも、特に神と信じられている存在は国外には出ない。彼らは貧しい人々のために、且つ、信仰深く神を求める人々のためにこの国を生誕の地に選んだと言っている。ナータは世界旅行の招待を断り一度も国外に出たことがない。シャンタムはアフリカの発展途上国を一度だけ訪問したことがあった。


 井上はカリルに出会ってから一年もしないうちに日本に招待していたことが判明した。カリルが度々日本に渡航していると渚沙が聞いたのは、何年も経ってからだった。

 あんな黒魔術師の偽聖者が日本に上陸すること自体、国難じゃないか! 渚沙の顔から血の気が失せた。


 トラタ共和国人が、海外、特に日本や欧米の先進国に出向くことは困難で、教育歴と職業の審査、地元の推薦、渡航先の紹介などが必要になる。そのために井上がカリルの訪日をアレンジし、井上がカリルから破門された後は、他のリーダーたちが日本に連れ込んでいたようだ。


 カリルは日本では毎回、講演や個人相談により大金を手にしたらしい。催しに一人十万円を払ったと参加した日本人から聞いた。もちろん、カリル自身は、自国トラタ共和国の真の聖者たちがそのようなことで絶対に金をとらないことを知っている。だが、海外ではなんでもすぐに信じるスピリチュアル系の客ばかりが相手なので、やりたい放題だったのだろう。

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