第52話 僧侶の告白

 渚沙は、カリルが黒魔術をしていると聞いて、井上潤次郎のツアーの際にホテルに現れたカリルを思い出した。あの時、カリルから不純で強力な力を感じたが、黒魔術から得たのものだったのか! そうピンときた。

 何をしているのかは具体的にわからないが、人がなんらかの欲望や不道徳な目的のために利用し、邪悪な何かと契約を交わすらしい。みなもとが不純なので、そこから得る力も不純なわけだ。

 とにかく黒魔術などというものは、神聖な寺やまっとうな聖地で行われるものではない。


 カリルから黒魔術に招待されたという日本人僧侶のことを、渚沙は知っていた。名は照海しょうかいといった。二年ほど前に、照海はナータの寺院に滞在したことがあったのだ。


 仏教系の日本の小さな宗教団体に所属する照海は、僧侶を務めて六年になるという。団体の代表は女性だというから珍しいなと渚沙は思った。

 照海は四十代後半に見えた。 同棲していたことがあるが、結婚歴はないという。

「最近では、すべてのことをいろいろ楽しんでから、みな僧侶になるのだね」とナータが呆れた。

 それというのも、同じ頃、日本人の尼僧もやって来て、彼女もやはりそういうタイプだったからだ。両者共、一応、俗世界から離れてみたが、真面目に仏道を歩んでいけそうには見えなかった。 


 日本人僧侶の照海が初めてナータに会った日のことを、渚沙はよく覚えている。その時のナータと照海の会話を思い出した。

 その日、ナータと人々は、中庭でアットホームな雰囲気で座っていた。ナータは初訪問者である照海に、永住者と滞在者一人一人を紹介した。照海はその度に手を合わせて挨拶をしていた。


 途中、永住者の一人が挨拶を返さずに、むすっとしたまま視線を下に落としていた。

   すると、ナータは厳しい口調になった。

「人を敬えなければ、神を敬うことはできない。――自分のためだけに神を瞑想するような利己的な生き方ではなく、他者への愛を育み、同胞を助けなくてはいけない、そのほうがずっと重要だ」

 

 ナータの教えは、たいていこうした小さな目の前の出来事がきっかけで始まる。ナータは続けた。


「人は生まれた時点では良くも悪くもない、自分が育てる性格によって良くも悪くもなる。神や聖者の話を聞いているだけでは何もならない。実行に移しなさい。 一日一度いことを実践し――しかし、その結果については何も期待してはならない」


 この日、ナータのメッセージはけっこう長く続いた。

 最後に照海が口を開いた。

「あなたが今話されたことをきちんと実行すれば、僧侶として私が望む力を神は授けてくださるのでしょうか?」

「どんな力のことをいっているのか?」ナータが尋ねた。

「奇跡を起こす力です」

「その目的は何か? 自分のためか、それとも社会のためなのか?」

「……」 照海は、ナータの質問に答えられずに黙っている。

 するとナータは、照海が望むものはわかっているが彼自身が目的についてしっかりと考える必要があるといった。


 翌日、照海は渚沙の姿を見つけるとそばにやって来て、奇跡を起こす力が欲しい理由を自ら明かした。

「僧侶という職業は何かしら力がなければ、人を惹きつけられないのです。それによって収入も大きく異なってきます」

 僧侶たちの世界とはそういう競争社会なのだという。


 知らなかった――今の僧侶たちは、ただのビジネスマンみたいだ。すっかり安っぽいスピリチュアル系になり下がっている。お金のためにくだらない力を手に入れることばかりに執心して、心は汚れ、精神が弱体化している人間に僧侶が務まるはずがない。高僧を含む大半の僧侶たちの堕落については、他の現役の僧侶や尼僧からも聞いたことがある。


「悪いものはすぐに手に入るが、良いものはゆっくり手に入る」とナータはいうが、神仏の世界で生きる者が欲しがる金儲けのための力は間違いなく前者だろう。

 黒魔術ならすぐに手に入ると感じたのか、照海はナータからの祝福を待てなかったと思われる。日本人からカリルの噂を聞いてそちらへのめり込んでいったのである。不純な目的が、純粋で善良な目的になるまでナータの元にいればよかったのに……と渚沙は残念に思った。

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