第42話 正義の牛が一本足で立つ時代
神の国として知られるトラタ共和国では、神の生まれ変わり、すなわち生き神が古代から存在する。数々の聖典や神話、歴史の記録にも残されている。
渚沙が初めて参加したツアーで、
トラタ共和国の聖典、聖者によれば、世界は生まれてから滅亡するまで四つの時代に分類され、各時代は正義の度合いで決まる。正義の象徴である「牛」は最初は四本足で立っている。二番目の時代は三本足、三番目の時代は二本足、そして最後の時代は、正義の牛は
現代は人類始まって以来最も正義と道徳が
聖典や神話によると、四つのどの時代にも、国や世界を支配しようと企み、聖地を荒らす者が現れ、悪が優位に立つ状況に遭遇する時期がある。その度に人々の願いに応えて生き神たちが
ナータは、「現代の生き神は殺すことはせずに、愛で導く」と宣言している。シャンタムやナータが悪人や犯罪者たちを善導するために、彼らを受け入れているのはそのためだろう。彼らは殊更問題のある人物の相手をし、特別な時間を設けることが多い。
「イタリアのマフィアもシャンタムを慕って会いに来てたからね。生き神は犯罪者も指導しなくちゃいけないだろ。だからナータもフミたちを受け入れるんだよ」
マイケル・ジャクソンや日本の元首相がシャンタムのところへ来ていた話は知っているが、さすが世界のシャンタム。犯罪者たちの心も捕まえて離さないようだ。生き神なら彼らを指導できるだろう。
ナータは、フミのグループが来るとよく彼らに時間を割いていた。周囲の人間は、明らかにそれが精神治療であることを承知しているが、当の本人たちは、フミがVIP扱いされていると信じているのだ。
ナータから呼ばれると、フミは英語が話せないので常に秘書付きである。その秘書というのは例の横領の前科者、小室比呂子だ。
ナータは毎度「フミは私の話を何もわかっていない」というし、小室比呂子の英語力はゼロに近く、これでは相手には全く通じないだろうと思うほどハラハラする悲惨な日本人英語だ。一般的な日本人英語の場合、単語がはっきり聞こえてわかりやすいが、小室比呂子のそれは変な抑揚がついていて聞きづらく、聞いているこちらがえらく恥ずかしくなる。フミのグループには他に英語ができる者が一人もいないのだ。
それでも小室比呂子は若い頃、なんと日本航空の国際線の客室乗務員だったという。フミと本人から聞いたのだが、渚沙は驚きを隠せなかった。いや実際には隠したが、心の中ははてなマークだらけだった。採用されたのはコネか、あるいは一流大学でも出て勉強だけはできたお陰としか思えない。
地下鉄サリン事件に関わっていたカルト団体の犯人たちは高学歴の人間が多かった。
学校ではただ教師から用意されたものをこなすだけでいい。受け身なことは得意でも、社会人になって世の中で歓迎され、賞賛されるような人間になれるか、賢明に生きられるかはわからない。
社会で生き抜くには、「社会的IQ」が必要だ。社会的IQは学校の成績とは無関係のようだ。むしろ少し勉強ができない人のほうが、他人の倍努力したり、工夫したりしてがむしゃらに生きるだろう。自力で人生を築き、賢く魅力的な人間になれる可能性がある。そういう人は、誰かに依存したり、やすやすと
偽グル、吉澤フミを誰よりも崇めている前科者の小室比呂子。英語力はほぼゼロ、しかもあの器量で……悪いけれど国際線でなくても、客室乗務員はありえない。まあ大昔の話だというし、若い時は初々しくもっと可愛げがあったのだろう。今の姿は漫画「笑ゥせぇるすまん」の
重症な天然ボケなのか、小室比呂子には憎めないところがある。フミに度々怒られている姿を見ると渚沙は同情する。しかしながら、ちょちょいと二千万円を横領し、とんでもないミスを犯してフミから怒られて苦虫を嚙みつぶしたような顔で謝ってはいるが、ただ叱責されることだけを気にしている様子だ。過ちに対する罪悪感はないらしく、なかなかの危険人物といえそうだ。
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