第3章 地上の天国

第28話 偽聖者カリル

 シャンタムの聖地を後にしてから、井上の一行はマイナーな聖者数人の寺院に寄った。その中のカリルという聖者は、渚沙よりひとつかふたつ年下の青年だという。その時カリルは、近隣の町に出掛けていて留守だった。

 井上に案内され、とりあえずみんなでカリルの寺院の中を覗いてみる。ホールには、トラタ共和国で有名な聖者たちの等身大以上の写真が飾られていた。トラタ共和国の政府から生き神として扱われているシャンタムの写真もある。このように、生存している聖者の写真を飾る行為は、それだけで自分がその人物よりマイナーであることを認めていることを示す。ただ大物を利用しているという見方もできる。

 なんでもカリルは少年時代に、シャンタムから、霊的な力に恵まれ大きな働きができるといわれたらしい。それは嘘ではないと渚沙は思っている。すべての人が、良い道を進む選択ができる。その反対もまたしかりだ。誰にでも様々な可能性があるのだから、特別なことではない。カリルの場合、二十代早々に自分の寺院まで所有し、マイナーでも聖者をやれるくらいなのだから、社会にとって有益なことにある程度従事できるだろう。


 カリルが留守だったので、井上の一行はその足で聖ナータの寺院がある町に移動した。町の一番大きなホテルに泊まり、最後の日に渚沙を寺院に置いていくことになっていた。ホテルからはバスで朝夕の礼拝に通う。その時、ナータに会える可能性があるという。


 ホテルに着いて二時間も経たない頃、驚くべき人物がそこに現れた。少し前に別の町で会えなかった若い聖者、カリルである。カリルの寺院の留守番から連絡を受けて、わざわざ井上たちを追って来たのだ。カリルの寺院がある町からは車で五時間、カリルがこの日いたという場所からでも三時間はかかる。

 渚沙はひと目見て、このカリルという人物は聖者などではないと思った。カリルの態度は自信に満ち溢れ、渚沙より年下とは信じ難かった。外見はたしかに若いが、五十代の権力者を思わせるほどの貫禄かんろくで落ち着き払っている。渚沙はカリルの前でまったく無力で、子供のように圧倒された。その自信は、カリルが何かしら大きな力を持っていること、しかもあまり純粋ではない力のせいだと渚沙は明白に感じとっていた。それがなんだかよく分からないが、とにかく貪欲さと不純さがカリルの目や表情ににじみ出ていた。

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