三話:かくて私は。

「で、お姉さんはいくつなの?」


 お姉さん、か。


 無意識に、無自覚に心を抉る所も変わらない。


「キミから見たら、私はおばさんじゃないかな?」


「女性にはおばさんって言っちゃダメって言われててね。おばさんにしておく?」


 そう、まだ覚えてくれてたんだ。


 そんな小さなことで嬉しくなってしまうのだから、私もずいぶんチョロい。


「いや、お姉さんの方が嬉しいよ。私はね、25歳だよ」


「え、すごく若く見えるんだけど。僕の7歳上には見えないよ」


「あら、お上手なのね。お世辞と分かってても嬉しいよ」


 彼の年齢は18歳。今日が彼の誕生日。そんなことは最初から知っている。


 だから、私は今日ここに来たのだ。


「で、その幸せなはずのキミはどうしてそんなに悲しそうなのかな?」


 聞かなくても分かってる。


 けれど、彼が悲しそうにしているのを黙って見ていることは出来なくて。


「あれ、うまく隠してたつもりだったんだけどな……」


 何年片思いしてきたと思ってるのよ。キミの思ってることぐらい、すぐにわかるんだから。


「実は失恋しちゃってね。傷心なんだよ」


「その、好きだった子に振られたの?」


「いや、婚約者がいるって分かった。まだ高校生なのに、婚約者とか反則だよ……」


 今日は彼の誕生日。プレゼントをもらった時に、彼は、知ってしまったのだろう。


「その子のこと、ほんとに好きだったんだね」


「ずっと前から気になってたんだ。けど、どうしても言い出す勇気がなかった。だから、今こうして愚痴をこぼしてるんだろうけど」


 言ってから、おどけたように笑ってみせる彼。その仕草はとても可愛くて、とても切ない。


「そっか……残念だったね」


「お姉さんも失恋したんじゃないの?」


 思わぬ言葉に、返事につまる。してやったり、という表情を浮かべつつ、彼は口を開く。


「そんな暗い顔してて、僕を慰めるときにさらに辛そうな顔をするなんて、自分と境遇を重ねたんじゃないかなと思ってさ。当たってるでしょ?」


 ほんと、細かいところに気がつくところも変わってないんだね。


「うん。好きな人と結婚できなかったから、失恋になるのかな」


「思ったよりもスケールが大きかった……まあ、好きな人と一緒になれなかった

のなら、それは失恋だと思うけど……」


「あはは、まだ少年なんだから気をつかわなくてもいいのよ? それに私は、別の人と結婚したから」


 そう、私は望む、望まないに関わらず結婚するのだ。いや、させられるのだ。


「せっかく結婚したのに、幸せにはなれないの?」


「相手がね……わがままで、無責任で、どうしようもないのよ」


「……それ、なんで結婚したの?」


「ま、大人にはいろいろあるのよ」


 私だって、あんなのと結婚なんてしたくない。どうせお金と身体にしか興味はないんだって分かってるけど、それでも逃れられない。


 そう、あらかじめ決められた『人生の墓場』に違いない。


「私の話はいいのよ。それで、相手の子はどんな子なの?」


 無理な話題転換。しかも、この質問は自分の心を抉るって分かってる。けど、思わず聞かずにはいられない。


「学校で一番の美少女だよ。いつも笑顔で、誰とでも仲良くして。けど、ただニコニコしてるだけじゃなくて、ちゃんと自分なりの『芯』みたいなものを持ってるような感じでさ。それがたまらなく惹かれるんだよね」


 そうか、彼の目にはそう映ってるのか……純粋に驚くとともに、どこかむずがゆさを覚える。


「それに、どこかお姉さんと似てる感じがする。外見とか、口調とか」


「あら、その美少女ちゃんと私が? おだてても何も出ないわよ?」


「ほら、そうやって褒められたら少しでれっとした顔になるところとか、とってもよく似てると思う。まあ、僕は彼女の方が好きだけど」


「途中まではとても嬉しかったのに、一言余計だと思わない?」


 にっこり微笑みながら問いかけると、しまったという表情を浮かべる。全く、失礼しちゃうわ。どうせ私はおばさんですよーだ。




 




 

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