それでも私は。
菊川睡蓮
一話:それでも私は、希うから。
小説なんかでよく見る、『モノトーンな日々』という表現。
幼いころの私は、この表現が大嫌いだった。子供らしい潔癖さと無知ゆえに、どんなに退屈な毎日だって自分の努力次第でどうにかなると思っていたのだ。いや、どうにかしなければならないと思っていただけなのか……。
だが、そんな私も高校に進学するあたりになってようやく気付いた。
——モノトーンな毎日は、恋をすることによって色付くのだと。
昨日、ストラップを買った。
スマホケースなんかに付けても違和感のない、ピアノをあしらった小さな黒のストラップ。
彼は大のピアノ好きだ。コンクールなんかもちょくちょく出てて、演奏は上手だと思う。だから、渡すプレゼントのセンスとしては悪くないと思う。
もうちょっと値の張るものを買いたかったけど、彼に重いって思われたらいやだったから。
そんな言い訳で、自分の臆病さを隠しながらメッセージカードに思いの丈を綴る。
伝えたいことは山のようにあるはずなのに、小さな空白に地平線すら幻視して。
数文字書くたびに、震える指先を恨みながら。
こんなもの、彼なら貰い慣れているだろう。
ピアノが弾けて、温和な性格で、頭もよくて。
容姿だって人並み以上だと思う。彼のいいところなら、どれだけだって挙げられる。
だからこそ、彼に言い寄る人は多くて、私はその大勢のうちの一人でしかない。
しかも、彼には好きな人がいる。
誰よりも彼を見てきた私だからこそ、分かってしまう。
——あれから、もう五年か。
やっと書き終えたカードを袋に入れつつ、私は小さくため息をつく。
せっかくのプレゼントと一緒にため息までラッピングしてしまいそうで、でも止まらない『ため息』。
五年。
青春期の五年と、大人の五年では密度が全然違う。青春期の五年とは、中学から高校へ、高校から大学へと環境が激変する五年なのだ。
そんな中でも、一人だけを想い続ける彼。
そんな純情に、私の心は痛くなる。
けれど、その痛みすら愛おしいと感じる私もいて。
「それでも、少しでもって思うのは、私のわがままかな」
またしても口から漏れる、小さなため息。
今度は呟きすら漏れて出て。
でも、身支度する手は止まらない。止められない。
キャラメルのレザーコートを羽織り、首にはモスグリーンのマフラーを。
私だけが知っている、彼の一番のお気に入りコーデ。
外はすでに夕闇で、今から出歩くには少し遅い。
けれども、どこに行けばいいかは分かっている。
『私』だからこそ、分かってる。
玄関を開けると、冬特有の乾いた、冷たい空気が吹き込んできた。
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