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「あ、あれ……?」


 真っ暗闇になった体育館の中で呆然とする。

 え? これが斎藤さんが言っていた、『バーンッ!』とかってやつ、なの? それとも、これから何か、バーンッ! てなる感じなの……?

 意図がつかめずに混乱していると、なんですかこれ⁉ とステージの方から声があがった。


「なんで暗くなってんですか!」

「Huh《はぁ》!? 俺、知らないよっ⁉」

「あれ……。音、出ない……」


 もしもーし……、と高島くんの素の声が聞こえてくる。どうやらマイクの線が切れてしまっているらしい。コンコンコン、と確かめるようにマイクを叩く音も聞こえる。


(まさかのハプニング⁉)


 おい、なんだこれ、ちょっと誰、電気消した奴、と袖側の生徒達もあわてだす。

 スマホのライトをつけた生徒が、壁際にあるスイッチをなんとか見つけていじるものの、どれも反応がない。どうしましょうっ、と混乱と泣き声が混じった声が暗闇の中に木霊する。

 体育館内の生徒にも動揺が伝わったらしく、あれ? えー、なにこれぇ? と先ほどまでの勢いが消えて、困惑したざわめきだけがあがり始める。


「ま、まずい……!」


 掛石くんを筆頭として作った曲順は、一曲目で掴んだ勢いを持ったまま、間にMCを入れてからの、これまたハイテンションな二曲目、少し落ち着いたポップな三曲目、と繰り出される予定だ。この勢いと流れを崩されるのは非常にまずい……!

 どうすれば、と袖から顔を出しながら体育館内を見渡す。

 と、その時、ふいに誰もいないはずの二階ギャラリーにて、なにかが動くのが見えた。

 なんだろう――少し暗闇に慣れてきた目をこらして、それをじっと見つめる。と、特徴的なくるくるとした頭が見えてきた。


(きょ、教頭先生⁉)


 なんで教頭先生があんなところに⁉ と考えたところで、ハッと保先生の言葉が思い出される。


『ここに、ブレーカーがあるのは、知っているかね』

『もし、電気関係のトラブルが起きたら、ここをいじりなさい。大抵のことは、どうにでもなる』


(まさか……)


 考えたくもないけど、教頭先生がブレーカーを落とした……⁉


 でも、それならブレーカーをあげに行けばなんとかなるはずだ。けれど、二階に行くには、体育館入り口にまで行かないといけない。

 この暗闇の中、生徒達の間を縫ってあそこまで行くなんて。はたして私にできる……?


(でも、やらなくちゃ)


 今ここでやらないと、高島くん達のライブが失敗に終わってしまう。あんなに頑張ってきたのに。


 こんなので終わらせるわけにはいかない。迷ってる暇はないっ!


 とりあえず誰か保先生呼んで来て、と声があがる間を駆けてステージの上に飛びでる。うわっ、と私に気づけなかった誰かが声をあげた。えっ、なに⁉ と新しい声があがるが、それは無視して、ステージから体育館の床へ向かって飛び降りる。

 その一瞬、古賀さん……? と聞き覚えのある小さな声が、耳を掠って行った気がした――。


       *******


「ごめんなさい、すみません! 通してください!」


 生徒達でごった返す中を謝りながら、なんとか間を通り抜けていく。

 けれど、暗い中、ステージに向かって混雑している生徒達の間を縫うのは、思ったよりも上手くいかない。

 右に避けれたと思えば誰かにぶつかり、あわてて左に避ければまた誰かにぶつかる。真っすぐに行けば、そんなに遠くもないはずの向こう側がはてしなく遠い。

 なにごとかと周囲の生徒達から視線が飛んでくるけれど、誰もどいてくれる気配はない。うぐぐ、と後ろに押し倒されそうになりつつも、それでもなんとか謝りながら足を前に進ませる。


(うぅっ。せめてもっと身長があったら……!)


 いや、女子としては平均的な方なんだけど! 決して小さくはないんだけど! でも、もう少しだけ体が大きければ、こんな人混み、簡単にかきわけられそうなのに……。


(私じゃ、やっぱりダメなの?)


 抗うことのできない人混みに、いつかの交差点が思い出され、風景が被り出す。


 初めて東京に来た日。初めて見た東京の人波。圧倒されて、情けなく転んだその日。

 やっぱり自分のような人間にこんな場所は不似合いなんだと思った。絵だって、なんだって、結局は自分の力だけじゃどうすることもできない。

 なにも生めない。なにも作れないし、思いつかない。それどころか、もしかしたら私は誰かの大切な物を奪ってばかりだ。

 お父さんからお母さんを。大事な仕事を。そして、お母さんからは絵を。

 私がいなかったら、お母さんはまだ生きてた。お父さんの傍でまだ絵を描いてて、仕事途中で放棄する必要もなかった。お父さんが前の仕事を辞める必要だってなかった。二人は多分、幸せなまま一緒にいられた。

 今だって、私があの時、保先生に声をかけなければ、こんなことになってなかったんだ。


 本当は、私なんかができることなんて、ないんじゃないんだろうか。


 やっぱり私は――。


「みなさーんっ。改め、まし、てーっ。こーん、ばーん、はーっ」


「へ⁉」


(な、なにごと⁉)


 いきなりあがった大声に、思わず足が止まる。周囲の生徒からも、今度はなんだ? と新たなざわめきが起きだす。

 と、言うか、今ののっぺりした喋りって、まさか――……。


「初め、ましてーっ。from tale begins、のーっ、ボーカル担当、シュント、でーすっ」

「た、高島くん⁉」


 聞き間違えようもない。

 それは、喋ることが苦手なはずの、彼の声、だった。

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