第16話 子どもでも、ホントの本気で恋してた

「はぁ……」


 でも、だからといって遊園地って……。そもそも、大人の男の人が行って楽しいのだろうか……?

 もう一度たもっちゃんの様子を盗み見ようと、隣に視線を向けると……たもっちゃんと目があった。


「っ……」

「どうかした?」

「う、ううん。その、遊園地で本当によかったのかなって」

「なんで?」

「だ、だってたもっちゃんとかだったら六本木ヒルズとか銀座とか……もっと大人っぽいところの方が――」


 私の言葉に、たもっちゃんは噴き出した。


「何言ってんだよ。そんなところ行って何するんだ? 絶対場違いだって」

「そんなに私……子どもっぽいかな……」


 ストレートなたもっちゃんの言葉に、泣きそうになる。

 そんな私に違う違うとたもっちゃんは言った。


「ああいうところ、俺が嫌なんだよ。かしこまった雰囲気とか苦手でさ。だからこの間も……」

「……そういえばすっごく緊張してたもんね」


 あの日のことを思い出すのは辛いけれど、でもあまりにも緊張した顔のたもっちゃんにお父さんまでつられて緊張していたのを思い出して、小さく噴き出した。


「当たり前だろ! あんなのもう二度と経験したくないね!」

「あれでそんなこと言ってたら、結婚式どうするの」

「……それまでには、なんとかするわ」


 うな垂れるたもっちゃんを見ていると、なんだか気持ちが軽くなるのを感じた。

 たもっちゃんを見ていると背伸びせず、等身大の自分でいいんだと思えてくる。

 ……なんとなく、自分の中の気持ちが変わってきていることに気付き始めていたけれど……まだ、その変化から目を背けていたかった。


「お、そろそろ着くな」


 たもっちゃんの声に窓の外を見ると、いつの間にか窓の向こうにはジェットコースターや観覧車が見えていた。


「ホントだ……!」


 車を駐車場に止めると、私たちはどちらともなく急ぎ足で遊園地の中へと入った。


「おおー、久しぶりに来たわー」

「私も」


 最後に来たのはいつだっただろう。小学生の頃は、家族で来ていたんだけれど……。


「とりあえず、どれ乗る?」

「絶叫系行きたい!」

「よし、行くぞ!」


 私の手を取ると、たもっちゃんは走り出した。


「っ……」


 私のより大きくて、少しごついたもっちゃんの手。

 ギュッと握り返すと、たもっちゃんは私の方を振り返った。


「楽しもうな!」

「……うん!」


 その言葉に大きく頷くと、たもっちゃんは満足そうに前を向いて、近くにあったジェットコースターを指差した。


「あれ、乗るか」

「うん」


 列の最後尾に並ぶと……私たちはどちらからともなく、手を離した。

 本当はもっと繋いでいたかったけれど……。

 そんな気持ちを誤魔化すように、私はたもっちゃんに話しかけた。


「ねえ、たもっちゃん」

「ん?」

「聞いてもいい?」

「どうした?」


 改まった私の言葉に、たもっちゃんは不思議そうな視線をこちらに向ける。


「……お姉ちゃんの、どこを好きになったの?」

「げっほ……! おま、急に何を……」

「別に。気になったから。どっちが告白したの? お姉ちゃん?」

「~~!!」


 一瞬言葉に詰まった後、観念したようにたもっちゃんは言った。


「――俺だよ」

「……たもっちゃんが?」

「何その意外そうな声」

「そ、そんなことないよ。ビックリしただけ。そっか、たもっちゃんがかー……」


 意外だった。理由はないけれど、勝手にお姉ちゃんが告白したんだとばかり思ってたから――。


「お前は小さかったから覚えてないかもしれないけど、俺何回か真尋に告白してフラれてんだよ」

「え……?」


 知らなかった……。私が小さいっていつのときのことだろう……。

 でも、そんなことがあっただなんて――。


「ガキの頃からずっと真尋のことが好きで、何回フラれても諦めきれなくて……就職が決まった時に、これで最後だ! 次フラれたらきっぱり諦める! と思って、告白したら……」

「うまくいったんだ」

「おう。……引いた?」

「……ううん」

「ホントに?」

「うん、むしろ素敵なことだと思う」

「……そうか」


 たもっちゃんはそっぽを向くと、頬を掻いた。


「たもっちゃん?」

「……何」


 振り向いたたもっちゃんの顔が少し赤くなっているのに気付いて、ほんの少しだけ胸が痛むのを感じた。


 その後も、たもっちゃんは私以上にはしゃいで、片っ端から絶叫マシーンにチャレンジしていった。


「ちょ、ちょっと待って……」

「何? もう限界?」


 三時間ほどノンストップで乗り続けた結果、私は平衡感覚が失われたのか、よたよたとした足取りでベンチに沈み込んだ。


「無理―。ちょっと休憩!」

「しょうがないな。ちょっと待ってろ」


 そう言うと、たもっちゃんはどこかへ走り去ってしまう。

 そして――。


「お待たせ」

「ひゃっ……!!」


 倒れ込むようにしてベンチに座っていた私の首筋に、冷たいものが当てられた。


「ビックリした?」

「ビックリするよ! もう!」

「んじゃ、これいらない?」

「……お詫びとしてもらっておくね」

「はいはい」


 たもっちゃんは笑うと、私の隣に座った。

 買ってきたペットボトルに口を付けると、たもっちゃんは携帯を取り出した。


「もうこんな時間か。……そろそろ帰らなきゃいけないな」

「あ……」


 覗き込むようにして画面を見ると、いつの間にか十七時になろうとしていた。

 帰る時間を考えると、確かにそろそろ出なくてはいけない。

 でも……。


「あと一個だけ!」

「美優?」

「あと一個だけ、どうしても乗りたいの!」


 必死に言う私に……しょうがないなとたもっちゃんは笑った。


「次で最後な。で、どれに乗りたいんだ?」

「……あれ」


 私が指差した先をたもっちゃんが視線で追う。そこには、観覧車があった。

 どうしても、最後に観覧車に乗りたかった。

 そこで告白しようと、決めていた。


「いいよ、行こうか」


 意外にも空いていて、順番はすぐに回ってきた。

 だんだんとゴンドラは地上を離れていく。


「…………」

「おー、高いなー」


 何度も家でシミュレーションしてきた。

 でもいざその時が来ると、どうしたらいいのか分からなくなる。

 ううん、告白しなくちゃいけないのはわかってる。そのために、これに乗ったんだし。でも……。

 たもっちゃんは窓の外を見ながら、時々私に話しかけてくれるけれど、私は極度の緊張で何も喋れなくなっていた。

 全身が心臓になったんじゃないかと思うぐらいに、ドクンドクンと心臓が脈打つ音が聞こえる

 ちょっと静まってよ……。そう思えば思うほど、速さを増した心臓の音だけが頭の中で鳴り響いていく。

 どうしよう、もうすぐ一番上が来る。そうしたら、もうあとは下っていくだけなのに……。


「美優?」

「っ……」

「どうかしたのか? もしかして怖いところダメなのがわかったとか? 大丈夫か?」


 俯いたまま何も喋らない私を心配して、たもっちゃんが声をかけてくれる。けれど、私は首を振るので精一杯だった。


「そうか? ……お、一番上だ」


 その声に、心臓がさらに大きく跳ねるのを感じた。


「あ……」


 言いたいのに、たもっちゃんのことが好きだって言いたいのに……。


「っ……」


 声が、出ない。


「もうすぐ終わりだなー」


 たもっちゃんの声に慌てて外を見ると、下で係りの人が手を振っているのが見えた。

 あっという間の十五分間は、もうすぐ終わりを迎えようとしていた。


「楽しかったな、美優」


 このまま、何も言えないまま終わるなんて……。


「美優?」


 そんなの、嫌だ……!

「たもっちゃん!」

「え?」


 その瞬間、観覧車の扉が開くと係りの人が中を覗き込んだ。


「はーい、お疲れ様でしたー。足元お気をつけて――」

「あの! もう一周! このまま乗っててもいいですか?」

「お、おい。美優?」


 私の必死さが伝わったのか……後ろを向いて何かを確認すると、係りの人はニッコリと笑った。


「それでは、もう一周。楽しんできてくださいね」


 ガチャリと音を立てて、観覧車の扉が閉まる。


「おい、美優。どういう……」

「勝手なことしてごめん! でも、あの……あのね! たもっちゃん。聞いてほしいことがあるの」

「え……?」


 私は、ギュッと両手を握りしめると、たもっちゃんを見た。


「美優……?」


 たもっちゃんと目があう。

 小さく息を吸うと、私は口を開いた。


「たもっちゃんのことが、好きです」

「…………」

「ずっとずっと前から、たもっちゃんのことが好きです。……好き、でした」

「美優……」


 声が震える。

 感情が高ぶって、涙が出そうになるのを必死に堪えると、ゴメンねとたもっちゃんに言った。


「それが言いたくて、今日来てもらったの」

「そうだったのか」

「うん……。騙すようなことして、ごめんなさい」

「いや……謝らなくていいよ。それに……ありがとな」


 たもっちゃんは優しく微笑んだ。

 その笑顔に、違和感を感じる。

 もしかして――。


「……たもっちゃん、私がたもっちゃんのことを好きなこと、気付いてた?」


 困ったように笑うと、たもっちゃんは小さく頷いた。


「そうかなーとは思ってた。でも、もしそうだとしても違っても、美優が俺の大事な幼馴染には変わりないから、気にしないようにしてた」

「……うん」

「だから――」


 たもっちゃんは、言葉に詰まる。

 きっと、どういえば私が傷付かずに済むか必死に考えてくれてるんだと思う。

 昔から、優しくて人のことを思いやる、そんな人だったから。

 だから、私はたもっちゃんのことを好きになった。

 でも――バカだよ、たもっちゃん。

 こんな時まで優しくなくてもいいのに……。。


「たもっちゃん」

「え……?」

「返事、聞かせてくれる?」

「美優……」

「そうじゃないと私、先に進めないから」


 私が先に進むためにフッてくれ、だなんて酷いことを言っているのは分かっている。でも、このままだといつまで経ってもたもっちゃんから卒業できないから――。


「……好きだって、言ってくれてありがとう。でも、ごめん。俺には美優より大事な子がいるんだ。その子を、その子だけを大事にしたいから、美優とは付き合えない」

「うん……」

「ごめんな」


 泣かない。

 泣くもんか。

 必死で涙をこらえると、私はたもっちゃんに言った。


「謝らないで」

「美優……」

「たもっちゃんにとって、私は――」

「大切で、大好きな幼馴染の女の子だよ」

「ありがとう」


 その言葉だけで、十分だ。

 私は、鞄の中から小さな包み紙を取り出すと、たもっちゃんに差し出した。


「え……?」

「一日早いけど、お誕生日おめでとう」

「……覚えてくれてたんだな」

「当たり前じゃん。……ね、開けてみて?」


 たもっちゃんは、丁寧に包み紙を剥がしていく。そして中身を取り出すと、たもっちゃんは口を開いた。


「キーケース……?」

「うん、お姉ちゃんとお揃いなんだ」

「そっか……。大事にするよ」


 ポケットに入っていた鍵を、キーケースに付け替えると、たもっちゃんはもう一度ありがとうと言って微笑んだ。


 観覧車を下りると、私たちは出口へと向かった。

 もうすぐ、夢の時間が終わる。


「美優?」


 駐車場とは反対方向へと向かって歩き始めた私に気付くと、たもっちゃんは慌てて私の腕を掴んだ。


「どこに行くんだ? 駐車場はこっちじゃ……」

「私、電車で帰るね」

「え、何でだよ。送っていくよ」

「いいって。じゃあね!」


 引き留めるたもっちゃんに背を向けると、私は駅の方へと走り出す。


「美優……!」


 たもっちゃんが私を呼ぶ声が聞こえて、思わず振り返った。

 そして――。


「お姉ちゃんのこと、大事にしないと許さないからね! ……おにいちゃん!」

「っ……約束する! 絶対大事にするから!」


 たもっちゃんに手を振ると、今度こそ振り返らずに、駅への道を必死に走った。


「っ……」


 まだ、泣いちゃダメ。

 周りにはたくさんの人がいて、今泣いたらきっとなにごとかと見られちゃう。

 そうしたら――たもっちゃんに気付かれるかもしれない。

 だから、あと少し、あと少しだけ……。


「え……?」


 泣かないように必死でこらえながら走る私の目の前に、見覚えのある人の姿があった。


「どう、して……」

「泣いてると思ったから」


 困ったように笑うと、貴臣君は大丈夫? と私に尋ねた。


「泣いてないよ……」

「でも、泣きそうだよ」

「っ……!!」


 その言葉に、必死に我慢していた涙が溢れだす。


「な、んで……」

「たまたまお姉さんに会って。それで聞いちゃった」

「っ……くっ……」

「こういう時はさ、俺のこと頼ってよ」


 貴臣君の腕が伸びてきたかと思うと……私の身体を包み込むようにして、気が付くと私は貴臣君に抱きしめられていた。


「よく、頑張ったね」

「っ……!」

「もう我慢しなくていいんだよ」


 貴臣君の言葉は優しくて……優しく背中を撫でられるたびに嗚咽が漏れる。

 たもっちゃんから見れば私なんて、まだまだ子どもでしかないのかもしれない。

 でも、それでもホントに本気でたもっちゃんのことが好きだった。

 たもっちゃんが笑えば嬉しくなったし、落ち込んでいれば心配で仕方がなかった。

 たもっちゃんのことを好きになった日から、たもっちゃんの一言で一喜一憂してきた。

 でも……!

 でも、それ以上に……お姉ちゃんと幸せになってもらいたいと思ってしまった。

 好きな人が、大好きなお姉ちゃんを好きだと知って、切なくて辛かったけれど、でも嬉しかった。

 この人ならきっと私の大事なお姉ちゃんを幸せにしてくれる。

 お姉ちゃんなら、私が大好きなたもっちゃんを、大切にしてくれるってそう思えたから――。

 私の言葉に、貴臣君は大丈夫だよという。


「きっと、そういう美優の気持ち、二人にも伝わってるよ」

「っ……」

「だって、二人とも美優のことが大好きなんだから」


 貴臣君の優しさが、温もりが、止まりかけていた涙を再び溢れさせる。


「あ……あああ……!!」

「俺がいるよ。だから、強がらないで」


 ギュッと貴臣君の胸元にしがみつくと――貴臣君は私身体を、もう一度優しく抱きしめた。

 そのぬくもりが優しくて、次から次に溢れる涙が頬を濡らしていく。

 そんな私を貴臣君は、いつまでも優しく抱きしめ続けてくれた。

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