第10話 退屈な夏休み

 時間が来たので私は図書室の戸締りをすると、職員室へと向かう。

 失礼します、とドアを開けるとそこにはたもっちゃんと……そして、もう一人見覚えのある人物の姿があった。


「……貴臣君?」

「あ、美優」

「どうしたの? 今日夏休みだよ?」

「知ってるよ。A組は夏休み中も補習授業があるんだ」

「そうなんだ……」


 それで、夏休みだというのに制服姿で貴臣君はここにいるんだ……と納得する。

 それにしても、夏休みなのに学校に来なくてはいけないなんて特進クラスって大変だ……。


「美優は、? 今来たの?」

「ううん、私は図書委員の仕事でさっきまで図書館にいたの」

「そうなんだ、じゃあ今から帰るの?」

「うん、まぁ……」

「なら、一緒に帰ろうよ」

「え……」


 貴臣君の言葉に、一瞬私はたもっちゃんの方を見た。

 けれど、たもっちゃんは気にするな、とでもいうかのように笑顔を浮かべていた。

 違う、そうじゃない……そうじゃないのに……。


「じゃ、先生。さようなら」

「おう、さようなら。気をつけてな」

「あっ……」


 私は、貴臣君に引っ張られるようにして、職員室をあとにした……。


「……どういうつもり?」

「え?」

「わざと、だよね?」

「何がー?」

「……協力するって、言ったのに」


 繋がれた手をほどく気力もないまま、私は貴臣君につれられるようにして帰り道を歩いていた。

 そんな私に、貴臣君はごめんと笑う。


「邪魔するつもりはなかったんだよ。まさか二人が一緒に帰る約束をしてるなんて思わないじゃない」

「…………」


 そう言われると、そうかもしれないけど……。

 でも、私たちだって一緒に帰るっていったって方向が全く違う。

 なのに、わざわざたもっちゃんの前であんなこと言わなくたって……。


「あっ」

「え?」

「ねえ、アイスクリーム食べない?」

「アイスクリーム?」


 貴臣君が指さした方向を見ると、アイスクリームの移動販売車が来ていた。


「邪魔しちゃったお詫びにさ、奢るよ」

「え、いいよ。別に……」

「そう言わずにさ。ほら、行こう!」


 私の手を引っ張ると、貴臣君は小走りでアイスクリーム屋さんへと向かった。


「すみませーん、アイス二つください」

「はいはーい、ちょっと待ってねー。何味にする?」

「俺はチョコかな。美優はどうする?」

「じゃあ、私は……バニラで」

「チョコとバニラね」


 お姉さんは手際よくコーンにアイスを乗せていく。

 そして……。


「これは?」


 受け取ったアイスを見て、思わず尋ねる。

 アイスの上には、頼んだ覚えのないチョコがトッピングとして乗せられていた。


「可愛いカップルにおまけ」

「カップルって……」

「違った?」

「ちが……」

「そうです!」


 私の声を遮ると、貴臣君は笑顔でありがとうございますと言って受け取った。

 近くのベンチに並んで座ると、私は恨みがましく貴臣君に言った。


「……カップルじゃないじゃん」

「いいじゃん、別に。それとも……美優は嫌なの? 俺とカップルだと思われるの」

「っ……」


 そういうわけじゃないけど、と言いそうになって、私は我に返る。

 自分の言葉が信じられない。

 だって、これじゃあ私……。


「アイス美味しい」

「あ、話反らした」

「うるさい」


 ケラケラと笑いながら、貴臣君もアイスを頬張る。

 それにしても……。

 私は隣に並ぶ貴臣君をチラッと見る。

 貴臣君とだと……カップルに見えるんだ。

 前にたもっちゃんと出かけた時は、保護者と子どもにしか見てもらえなくてショックを受けたのに……。


「はぁ……」


 現実を突き付けられたみたいで、ちょっとだけ切なくなる。

 やっぱり十四歳の年の差は大きいなぁ……。


「……もうすぐさ」

「え?」

「もうすぐ夏休みも終わるね」


 しょんぼりとする私とは対照的に、明るく貴臣君は言った。


「そうだね、あと一週間ぐらいかな」

「あー早く終わらないかな、夏休み!」

「どうして?」


 夏休みが終わってほしいだなんて、不思議なことを言う。

 思わず尋ねた私に、貴臣君はニッコリと笑った。


「だってさ、夏休み中だと美優になかなか会えないじゃん」

「っ……!」


 貴臣君の言葉に、心臓が締め付けられたみたいにキュッとなるのを感じた。

 そんな私を見て、貴臣君は笑う。


「今……ちょっとドキッとした?」

「っ……! もう! からかったの!?」

「ごめんごめん」

「貴臣君なんてしらない!」


 怒って貴臣君に向かって振り上げた私の腕を掴むと、貴臣君は真剣な顔で言った。


「ホントに会えなくて寂しかった」

「なっ……」

「だから、今日会えて嬉しかったよ」

「っ……」


 そんなふうに言われると……何も言えなくなってしまう……。


「でも、邪魔しちゃってごめんね」

「え?」

「先生とのこと」

「やっぱり、わざとだったの?」


 そう言う私に、バレたかと貴臣君は笑った。


「もう!」

「怒った?」

「……別に! アイスクリーム美味しかったし、もういいよ!」


 もっとかわいげのある言い方が出来ればよかったけれど、今の私にはこれが精一杯で。

 チラッと貴臣君の方を見ると、一瞬驚いた表情をした後で……嬉しそうに笑った。


「それって、俺に会えてよかったってこと?」

「そんなこと言ってない!」

「でもさ」


 慌てて否定する私の顔を見て、貴臣君はもう一度笑った。


「美優、顔真っ赤だよ」

「もうしらない! 私帰る!」


 立ち上がると、私はまだ食べ終わっていない貴臣君を残して、歩き始める。

 そんな私を見て、貴臣君が笑っているのが聞こえて、私はスピードを速めた。


「美優」


 後ろから、貴臣君が私の名前を呼ぶ。


「また夏休み明けに学校でね」


 悔しいから返事はしなかった。

 でも……いつもなら憂鬱な夏休み明けが、ほんの少しだけ楽しみになった気がした。



「ただいまー」


 家に帰ると、お母さんが出迎えてくれる。


「おそかったわね」

「うん、ちょっと友達と……」

「ふーん?」


 私の顔を見て、何故かお母さんはニヤニヤと笑った。


「……何?」

「当ててあげようか」

「え?」

「友達って、男の子でしょ」

「っ……どうして!?」


 どうして、わかったんだろう。

 どこかで見られていたんだろうか……。

 そう思った私に、お母さんは可笑しそうに笑った。


「美優、顔が真っ赤よ」

「え……?」

「それに、口元が緩んでる」

「嘘!」


 慌てて鏡を見るけれど……至っていつも通りの私がそこにはいた。


「お母さん、騙した……?」

「ふふ、それは冗談だけどね」

「何よ」

「でも、美優がなんだか嬉しそうだったから、もしかしてーって思っちゃったの」


 その言葉に、思わず何も言えなくなってしまう。

 嬉しそうな顔なんてしていないと、否定したかったのに……。


「そろそろ美優も保君、卒業かしらねー」

「なっ……」

「小さい頃は、たもっちゃんのお嫁さんになる―なんて言って可愛かったのに」

「うるさい!」


 懐かしむように言うお母さんを押しのけると、私は自分の部屋へと向かう。


「もうすぐご飯だからすぐに降りてきてねー」


 お母さんの声が聞こえてきたけれど、無視すると……私はベッドにもぐりこんだ。


 たもっちゃんへの恋心と、貴臣君への気持ち。

 それが一緒だなんて思わないけれど……でも……。


「あぁ、もう!」


 私は枕に顔を埋めると――そのまま、眠りに落ちた。

 夏休みが明けるまで、あと少し――。

 その頃には、自分の気持ちにも整理がついていますように……。

 そう願いながら。

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