第4章 デートしよっか
第7話 デートしよっか
翌日、土曜日で学校が休みなのをいいことに朝から自分の部屋に引きこもっていた。
今日が休みで良かった。じゃなかったら、どんな顔をしてたもっちゃんに会ったらいいのかわからない……。
あのあと、たもっちゃんからは一度だけ「大丈夫か?」と、私を心配する内容のメッセージが届いていた。でも……返信する気にならなくて、結局私はその画面を開くことなく閉じてしまった。
私が悪いのはわかってる。でも……どうしてもたもっちゃんにだけは誤解されたくなかった、茶化されたくなかった……。あんなこと、言われたくなかった。
「はぁぁ……」
枕の横に置いてあったスマホを取ると、チャットアプリを開く。
たもっちゃんの名前の横には未読を示す「1」の数字が表示されていた。
あれから、たもっちゃんからの連絡が来ていないのがわかる。――当たり前だ、私が返事を送っていないのだから。
でも、あと一回。もしあと一回たもっちゃんが連絡をくれたらその時は――素直に謝れる気がする……。
「たもっちゃん……」
そう呟いた瞬間――スマホが震えた。
「っ……!!」
チャットアプリに新着メッセージが届いたことを示すバイブレーションだと気付いて、思わず期待してしまう。
「……え?」
けれど、表示されていた名前はたもっちゃんではなくて――。
「桜井、君……?」
つい開いてしまったメッセージには一言。「今日、デートしない?」と書かれていた。
デートする気なんてさらさらなかった。けれど、昨日資料室に置き忘れていった私のカバンを桜井君が持っていると聞いて……行かない訳にはいかなくなった。
どうしてたもっちゃんじゃなくて桜井君が持っているのか、会うなりそう尋ねた私にバカだなーとでも言うように桜井君は笑った。
「昨日の今日で、先生に会い辛いかなと思って俺が預かってきたんじゃん」
「う……」
それは確かにそうだ。でも、それを口実にたもっちゃんが会いに来てくれるんじゃないかという淡い期待があったことも嘘ではなくて……。
「まあ、新庄さん的には先生が届けに来てくれて昨日のことを謝ろう、なんて思ってたのかもしれないけど」
……どうして私の考えていることが、桜井君にはわかるんだろう。
と、いうかわかっているのなら、余計にたもっちゃんに渡しておいてくれたらよかったのに……。
恨みがましい視線を向けると、もう一度桜井君は笑った。
「ごめんね、俺も昨日は動揺していたからそこまで気が回らなくてさ。家に帰ってから、先生に持って行ってもらった方が新庄さんは喜んだのかもしれないって思って。でも……」
「でも?」
珍しく、桜井君の歯切れが悪い。
思わず尋ねた私から視線を逸らすと、桜井君は少しだけ困ったような顔を見せた。
「泣いてたから」
「え……?」
「昨日、新庄さん泣いてたから……。持って行くって口実で、顔を見れたらなって思っちゃった」
ごめんね、ともう一度言った桜井君の頬はうっすらと赤く染まっていた。
「……ズルい」
「え?」
「なんでもない!」
そんなふうに言われたら怒れないじゃない! そう言いたい気持ちをグッと飲み込むと、手を出した。
「ん?」
「カバン、ありがとう」
もしかしたら桜井君はいい人なのかもしれない。その……私のことも、本当に好きだと思ってくれているみたいだし……。
初めて会ったときだって、あんなに親身に話を聞いてくれた。
……そのあとがそのあとだったから、何を考えているのか分からない人、としか思ってなかったけれど……。
でも、本当は――。
「カバンなら、ここにはないよ」
「……は?」
そう言うと、差し出した私の手を桜井君は握りしめた。
「家に置いてきちゃった」
「えええ!?」
「返してほしい? じゃあさ、今からデートしよっか」
前言撤回。
やっぱりいい人なんかじゃない!!
私のカバンを人質に取った桜井君は、ニッコリと笑うと歩き始めた。
「え、ちょっと! どこ行くの?」
「だからデートだって」
「行かないよ、私!」
「カバン、いらないの?」
「いらない!」
強引な態度に思わずそう言うと……桜井君の表情が翳った気がした。
「っ……」
「そっか……」
悲しそうに顔を伏せる桜井君に、悪いことをしてしまっただろうかと一瞬思う。
けれど、カバンを人質にとってデートだなんてやっぱりおかしいし、そうしないと返してもらえないならカバンなんてなくたって……。
「C組って、月曜日の朝、数学の小テストないんだね」
「え……?」
「うちのクラスであるからてっきりC組もあると思ってたんだけど、違ったんだ」
……そういえば、そんな話をたもっちゃんが言っていたような気がする。教科書の問題をそっくり出すから週末勉強しておくようにって金曜日に……。
そして、数学の教科書は――。
「最悪」
「なんとでもどうぞ」
「返してよ! カバン!」
「だから、デートしてくれたら返してあげるってば」
悪びれる様子もなく、桜井君は笑顔で言う。
「っ~~!!」
握られていた手を思いっきり握り返すと、桜井君が眉をしかめたのが見えた。
「どこ行くの!」
「行ってくれるの?」
「行かないとカバン返してくれないんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、行くしかないじゃない!」
やけくそでそう言ったのに……隣でやけに嬉しそうに桜井君が笑うから――なんとなく毒気が抜かれてしまう。
変な人なのに、どこか憎めない。今だってカバンを人質にされてるし、そもそもこうやって一緒にいるのだってたもっちゃんのことを好きなのをバラされたくなければ――って脅迫されてのことだっていうのに……。
「ん? どうかした?」
「別に!」
この笑顔のせいだろうか、嫌な人に思えないのは……。
隣に並ぶ桜井君をそっと覗き見る。
たもっちゃんとは違って、少しくせ毛な髪の毛にたれ目な桜井君。
たもっちゃんとは違って、私を好きだと言ってくれる男の子――。
「っ……」
ドクンドクンと心臓の音がやけに大きく聞こえだしたので、私は慌てて視線を逸らした。
今のは、こんな近くでたもっちゃん以外の男の子を見たのが初めてだったから、だからドキドキしちゃっただけ。別に、桜井君だからドキドキしたわけじゃないんだから……。
誰に何かを言われたわけでもないのに、必死で言い訳まがいの言葉が頭の中を飛び交う。そんな私を、桜井君が小さく笑った。
「ふふ……」
「どうしたの……?」
「ん? なんか、可愛いなって思って」
「か、かわ……!!」
せっかく落ち着いてきた心臓がまた大きな音を立てる。顔だって、今までにないぐらいに熱い……。
「からかわないでよ!」
そう言い返すので、精いっぱいだった。でも、そんな私の精一杯は桜井君の笑顔で打ち砕かれてしまう。
「からかってなんかないよ。そうやって赤くなったり、困った顔したり、恥ずかしそうに俯いたりして、見るたびに表情がくるくる変わる新庄さんを見ていると、可愛いなー好きだなーって思ったんだ」
「好きって……」
どうしてこの人は、こんなふうにさらりと言えてしまうんだろう。
ずっとそばにいるのに、私は一度もたもっちゃんに言えていないのに……。
「さ、桜井君は随分と簡単に好きだって言うんだね!」
「え?」
そんなことが言いたかったわけじゃないのに、口をついて出たのは――桜井君を傷付けるための言葉だった……。
「本当に好きなら、そんなに簡単に好きだなんて言えないんじゃない?」
違う、そうじゃないって気付いてる。
彼の何を知っているわけじゃないけれど……でも、彼の言葉に、笑顔に嘘がないことぐらいわかる。
「きっとさ、助けてもらったのを好きだと勘違いしているだけで、別に私のことなんて好きじゃないんだよ――」
「好きだよ」
「っ……」
「俺、新庄さんのことが好きだよ」
二度目の告白は――私の心を、大きく揺らした。
「何で簡単に言えるのかって言ったよね」
あのあと……私たちは近くの並木道を歩いていた。
特に何を話すでもなく、ひたすら歩き続けたあとで、小さなベンチに並んで座ると桜井君は口を開いた。
「うちの両親、超ラブラブでさ」
「ラブラブ……?」
深刻な話が始まるのかと思っていた私は、思いもよらなかった単語に、思わず復唱してしまう。そんな私を桜井君は笑う。
「そう、超がつくほどラブラブなの。でも、たまーに喧嘩するんだよね。……それも決まって、どっちもが仕事で忙しくなって余裕がなくなったときに」
「あー……」
うちの両親も、そういうことあるかもしれない。どちらかに余裕があれば喧嘩にならないことでも、二人そろってピリピリしているときは大きな喧嘩になりやすい。
「で、そんなことが何度も繰り返されるうちに俺気付いたんだ。忙しくなるとさ、好きだっていう回数が極端に減り始めるの」
「へー、そんなに減るの?」
「減る減る。今まで朝起きた時に会社行く前、帰ってきてからに寝る前……俺が知ってるだけでも、これだけ毎日好きだ好きだ言い合ってるのに、忙しくなると朝と夜だけになって、それが朝だけ……そんでどっちも何も言わなくなったとき、ドカーンと」
「そうなんだ……」
「それがすっごく嫌でさ。普段仲がいいから余計にそう思うのかな。いつもみたいに好きだって言って仲直りしてよって言っても、忙しいから好きだって言う暇もないんだよってどっちもが意地張ってんの。本当はすぐにでも仲直りしたいくせいにさ」
あれってなんなんだろうね、と言って桜井君が笑うから、つられて私も笑ってしまう。
でも、意地を張った後で……どうやって普段どうりにしたらいいか分からない気持ちは、私もよーくわかる。現についこの間までの、たもっちゃんに対しての私がそんな感じだったから……。
「だからさ、両親が言えない代わりに俺が言おうって決めたんだ。好きだよ、大好きだよって。それで少しでも気持ちがほぐれたらいいなって思って」
「そうなんだ……」
「――だからかな、俺は好きな人ができたら絶対に気持ちを伝えようと思ったんだ。俺が好きな人が、少しでも幸せな気持ちになってくれたら、俺も幸せになれるから」
そう言い切った桜井君は、どこか大人びた表情をしていた。自分の為じゃなくて、相手のために気持ちを伝える……そんなこと、考えたこともなかった。
自分の好きで、誰かが幸せになれるだなんて……。
「なんて……ちょっと、クサかったかな」
「そんなことない!」
「新庄さん……?」
「そんなことないよ! 桜井君のそういうところ……私、凄く素敵だと思う」
「……ありがとう」
恥ずかしそうに、目を伏せて……桜井君は微笑んだ。
ちょっと待ってて、そう言い残して、桜井君はマンションの中へと入って行った。
小学校の校区は違うけれど、私の家から線路を挟んで向こう側のそのマンションは、それほど遠い場所ではなかった。
「お待たせ」
私のカバンを手に、桜井君は戻ってくると、ごめんねと言ってそれを返してくれた。
「ううん……」
「…………」
「…………」
何も言わない桜井君に、私はどうしたらいいか悩んでいた。
本当は、伝えたいことがあった。でも……桜井君が好きだと言ってくれる私が、たもっちゃんを好きなままそれを伝えてしまってもいいのかと思うと……どうしても言えずにいた。
「じゃあ……今日は本当にごめんね」
「ううん、大丈夫だよ……」
「それじゃあ……」
そう言って微笑むと、桜井君は後ろを向いて――マンションのドアを開けた。
その背中が何故か寂しげに見えて……伝えるなら、今しかない! と、腹をくくった。
「桜井君!」
「え……?」
「あの、あのね……デート、は無理だけど……今度はカバンとか関係なく、普通に一緒に遊びに行けたら嬉しい!」
「それって……」
桜井君が困った顔を私に向ける。
「その言い方じゃあ……また俺と出掛けたいって、勘違いしちゃうよ?」
「っ……勘違いじゃ、ないよ!」
「それって……」
「私まだ、桜井君のことなんにも知らないの! だから……まずは桜井君と、友達になるところからはじめたい!」
私の言葉に、一瞬驚いた表情をした後……桜井君は、笑った。
「じゃあ、今度普通に遊びに行こう。……友達として」
「……うん!」
頷いた私を見て、一瞬の間の後、桜井君は私の名前を呼んだ。
「――美優」
「っ……」
その声に、心臓が止まるかと思った。
でも、不思議と嫌じゃなくて……。
「美優って、俺も呼んでいい? あの人も――先生もそう呼んでたでしょ? だから俺も、そう呼びたい」
「あ……」
「ダメ?」
「……いいよ」
ダメだという理由が見つからなかった。だって、私が友達として好きになりたいと桜井君に言ったんだもん。私の友達はみんな、私のことを美優って呼ぶから……だから……。
くだらないと分かっていたけれど、自分自身を納得させるために、私は心の中でだからいいのだと、言い訳を、した。
「俺のことも、貴臣でいいよ」
「貴臣君?」
「なぁに」
嬉しそうに返事をする桜井君――貴臣君を見て、私の中で彼の印象が変わるのを感じた。
たもっちゃんへの好きとは違うけれど……でも、前ほど貴臣君のことを嫌いじゃない自分がいることに、なんとなく気が付いていた――。
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