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開発室のある中部地区から、歩いて数分。
そこに、俺たちの発注元である王立技術研究公社、略してKGBがある。
社名も略称もなんだかおっかないが、やっているのは美少女ゲームの流通と制作管理が主な業務だ。
要は俺たちがゲームを作る上でお金を出してくれる会社であり、逆らうことは絶対にできない人たちでもある。
「見ましたよ、今日の延期告知」
そしてその代表取締役のケント・キューブリック氏との間には、強豪野球部における先輩と後輩の関係に限りなく近いものが存在している。
「申し訳ございません」
基本、お小言には謝罪。提案にはYESのみ。NOは許されない。
「無様を通り越してもはや喜劇ですね。私も遅い昼食をいただきながら更新内容を確認いたしました。目玉焼きがいつの間にかスクランブルエッグになっていたのですが、はて、なぜでしょうね」
きっと、いらだちと共にぐちゃぐちゃにかき混ぜたのだろう。
でも、そんなわかりきっていることを尋ねても仕方がない。舌打ちと共に考えなさいと言われるのがオチだ。
だから、
「申し訳ございません」
謝る。それしかないのだ。
キューブリック社長は頭を7・3に分けてキッチリと固めた髪型に、薄いストライプの入ったスーツを着た細身の紳士だ。そう書けばいわゆるデキるサラリーマン的な人物を想像するかもしれないが、日常生活に困るのではと思うレベルの鋭い目と、一切笑うことがないのではと思わせる顔の造りが、あるひとつの職種を雄弁に物語っている。
インテリヤクザ。これ以上的確に彼を指す言葉を俺は知らなかった。
「キャサリン君、前回の延期理由はなんでしたか?」
社長の横に控える女性が、うなずいて淡々と話し始めた。
「マスターロムのテストを行っていた環境がウインドウッスではなくレナックスだったためにそもそも動かなかったので
延期」
「その前は」
「マスターロムを納入したプレス会社の社長が借金苦によりロムを横流しし、別タイトルで発売されてしまい延期」
「さらにその前は」
「工場に納入したマスターロムを焼いてくれと依頼した結果、指示を取り違えてしまいドラゴンの火で焼かれたために延期」
社長はクックックと声だけで笑う(笑ってない)と、
「久保君にはコントを書く才能がありそうですね。挑戦してみてはいかがですか?」
「申し訳ございません」
とにかく頭を下げていれば終わる。台風みたいなもんだ。
なにしろ、今は現状の問題を解決する方法がないのだ。さしあたってどうにかする方法がない以上、何を言ってもヤブヘビになってしまう。
「それで……シナリオ担当の目星はついたのですか?」
大きなため息と共に、社長の口からついにその言葉が出てきた。
そう、弊メーカー『えいえんソフト』において常に不足し、未だに解決の目処の立たないポジションこそ、シナリオライターなのだった。
「はい、探してはいるのですが……なかなか良い人材に恵まれません」
これまでにシナリオライターを雇ったことは何度かあった。
でもそれは、定着する前にすべて無に帰していたのだ。
「前のシナリオ担当はどうしたのですか」
「逃げました」
「その前は」
「実家がオークに襲われたって書き置きを残して」
「さらにその前は」
「真っ白なテキストファイルがスライムになって襲ってくるって幻覚を見たとかで、医者の診断書持って親御さんといっしょに」
「シナリオライターというのは社会不適合者しかいないのですか!」
社長は不機嫌さを隠そうともせず、豪快な舌打ちを鳴らした。
瞬時に頭を下げる。ここまで苛立たしげな様子を見せてくるのは珍しいことだった。
「私はね、君に期待しているのです。コント職人ではなく、プロデューサーとしてね」
「……はい」
「今、君たちに外注作業をお願いしているタイトル『サイコイ』は全年齢向けの純愛作品として、より多くのターゲットを捕まえることを狙った勝負作です。これまでのターゲット層だけでなく、より若い世代にも触れてもらえるようにと。かかっている宣伝広告費も決して少なくはありません」
「……承知しております」
「それを一部とはいえ、任せたのは久保君――君がいるからです。君ならば、私たちの想像を超えたものを生み出してくれると信じているからです。君に自社企画のハンドリングを委ねているのと同じようにね。だからこれ以上、失望させることがないよう願っておりますよ」
「……申し訳ございません」
一段と深く、頭を下げる。何を言われても、今の俺にはそれしかできない。
社長が座り直し、椅子が微かに軋んだ音を立てる。
それがこの長く続いたお小言の終わりの合図だ。
けどさ……期待してるっていうのなら、もうちょっとまともな予算を組んでくれよ。俺たちにもちゃんとメリットがあるように。
頭を下げたままそんなことを思うものの、口に出せるわけもなかった。
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