猫の気まぐれ
ゆずスらいむ
第1話 新しい朝が来た!
目が覚めると、朝日を反射して煌めく湖畔が目に入った。
確か、昨夜はやっと見つけた水源である湖のすぐ側にある樹上で夜を明かしたのだったか。
ボヤっと木々の隙間から覗く煌めく湖を見つめてを見ていると、湖畔に無防備にも近づく影を見つけた。
考えるより先に体が動く。
私は寝床にしていた洞から飛び出した。
慣れた動きで隣の木の幹を足蹴にし、逆三角飛びのような動きで着地する。素早く湖畔にいる鹿の足の隙間に潜り込み、湖の岸に辿り着くと顔ごと水につけて一気に水を飲む。
水を飲んだら先程の巻き戻しの如く木の裏に向かって後退する。
後退の一歩を踏み出した瞬間先程まで顔のあった場所に大きな水しぶきが上がるが、何が起きたのか確認することもなく、前だけを見て逃げる。
湖を囲むように林立する木の根元にある深い茂みに潜み、草と草の間から目を覗かせ、相手を確認する。予想通りワニだ。
推定4、5mほどの巨大ワニが全身を覆う鉱物のように輝く青い鱗を陽の光に照らされながらそのアギトを開閉していた。そこからは赤い液体とだらりと垂れた鹿の脚が見えている。
一瞬でも先程の逃走が遅ければあそこに居たのは私だったはずだ。
私は、生き残ることのできた安堵のため息と共に足元を見るそこには黒い毛皮に覆われた、猫の手足が見える。
そう、私はこの世界で野生の猫に生まれ変わったのだ。
と言っても流行りの異世界転生って訳ではない。
ここは、「Wild World Online 」という、話題のダイビング型ゲームの中だ。
このゲームの特徴といえば、なんといっても、どんな生物にでもなれる。という点だろう。
文字通り人間以外の動物や虫、果てには微生物にすらなれる。しかも、一応異世界という設定のため、魔物やエルフといった派生的異種族にもなることが出来る。
私は、そのゲームの中で初期選択でなれる、人間、動物の2つのうちの動物で見事猫になったのだ。
選択肢の人間以外のものは全てランダムに決定される。よってリセマラが超絶続出中だ。運営も嬉しい悲鳴を上げていることだろう。
話が逸れたが、この世界での死はもちろんリアルでの死には直結しないものの、リアリティが追求されているせいか、データが初期化される。唯一の救いがあるとすれば、倉庫などにあるアイテム類は消えないという事なのだが、我々人外には関係ない事だ(T_T)。
話を戻そう。
目の前でその威風を堂々と晒す青いワニ。恐らくこの湖の主のようなものなのだろう。昨夜から見ていたが、あのように近付いた獲物喰らうリアルと似た習性がある。
何故、私が逃げたすぐ後にあの獲物が食われているかというと、簡単に言うと俺の囮作戦のせいだ。
目覚めてすぐに、たまたま湖畔に近づくあの鹿ちゃんの影を見て、鹿ちゃんが水を飲もうと口を付ける直前にがぶ飲みしたのだ。
アイツが第1に気が取られるのは大きく存在感のある鹿ちゃん、その次が私だ。その一瞬の誤差を使わせてもらって、今に至るというわけだ。
くぅ!痺れるねぇ。生きてるって感じがするよ!
勝鬨の咆哮...とはいかないが、内心では狂喜乱舞してます。
話忘れたが、生物の初期と言うからにはその後の変更も出来る。
このゲームではあらゆる変化もまとめて進化という。要するにあれだ。退化も進化のうちってやつだ。
進化先は基本ランダムだが、それまでの
おし、水分は取ったし。次は飯だな。
私は足音を立てないよう、そろりそろりと後退していく。
パキッ
枝が踏みおられる音が響いた。
その刹那、今まで咀嚼を動かしていただけのワニが突如として私の横に出現する。いや、移動してきた。
私の目の前には奴の後ろ右足がある。
極限まで息を殺し、体を停止させる。
私は石だ私は石だ私は石だ私は...
腹の底から響く振動をさせながらアイツは湖に帰って行く。ちらりとやつの口元を見ると可哀想なうさぎが咥えられている。
幸い、先程の音の発生源は私じゃなかったようだ。
私の横には、抉られた地面となぎ倒された木の幹が散乱している。
見つかったら終わるな。
今度こそ私は細心の注意を払いながらその場をあとにした。
鹿どんと、うさぎ太郎の犠牲を乗り越え、私は無事ワニ之助の領域から逃げ出せた。
とりあえず今は安全な水源の確保に向かっている。
学校の裏山の林のような雰囲気の森をそれなりに警戒しつつ、速さ優先で進む。
その道中は、取れないネズミやうさぎを追いかけ回したり、強い魔物から逃げ隠れしたりと全くもって順風満帆とは言えない冒険だった。
そして奥に行くにつれて鬱蒼としてきた森の中、私は、迷ってしまった。
何にって?道ではないが、そのーあれだ。空腹のパラメーターを満たすために虫を食べるかどうかという岐路だ。
あ、道だったな。
そんなことはどうでもいい。このリアルを追求しすぎたゲームは体力や魔力の他に空腹や水分といったメーターまで存在するのだ!
丁度いいからゲーム解説!
まず、このゲームは現代が他の位相にある別世界と繋がってしまったという設定だ。お互いの世界を行き来出来るのは生身の肉体だけで、武器も服も持ってこれないらしい。
そこを人類が開拓していく。というのがベースとなるストーリーだ。
そして先程の話、このゲームWorld Wide Frontierには、体力、魔力、スタミナ、空腹、そして水分の5項目にも及ぶメーターが存在する。基本的には後ろの2つは非表示にされている。
もちろん種族ごとに満腹までに必要な食事や水分量は違う。
ね?リアル過ぎるでしょ。
次にこのゲームの仕様について。
このゲームの楽しみ方は大きく分けて2つ。生産と戦闘だ。
戦闘は、分かってるだろうがモンスターやらとやり合う感じのコース。生産は、物を作るコースだ。
2つの違いは、ここが一番大きいだろう。
戦闘用のスキルは2種類ある。甲技は攻撃特化型で、もう1つの乙技は支援特化型だ。
技は基本的に行動による経験値で習得可能だ。
そして、タイプ事に2つずつ、合計4つのショートカットを作り、戦闘時に発動できる。ここでは特定の動作やポーズをショートカットとして戦闘以外の時間にカスタマイズできる。
しかし、それは生産系になると話が変わる。生産系は、戦闘系と違い丙型と呼ばれるスキルのショートカットを最大で10個セット出来る。
ここで生産系のが強いじゃん!となるかもしれないが、残念な事に生産系はほぼ戦闘が出来ないのだ。
なぜならば、理由は簡単。武器を装備できない上に丙型に戦闘に役立つスキルは極めて少ないからだ。
素手なら行けるかもとか思ったあなた!甘いですね。甘すぎて口から飴ちゃんが口から出てきてしまいますね!
ちゃんと職業ペナルティというものがこのWorld Wide Frontierには存在するのですよ。よってどんなにマッチョでもどんなに強面でも例外はないのだよ。
生産職は、それぞれの専門に分かれる。鍛冶や彫金、裁縫や大工と戦闘よりも多岐に渡る選択肢の中で、それぞれの必要なスキルを取得できるよう行動し、育てて行くのだ。
そして、生産の現場となると10あるショートカットの中から最適なスキルを最適なタイミングで繰り出し続け、物によっては1時間以上その作業から抜けることは出来ない。
何でこんなに詳しく語っているのかと言うと、私は、元々生産職になろうと思ってこのゲームを始めたのだ。だからしゃーない。
ここまで熱く語ってもまだ話は終わらないぜ!何故なら私達人外型について話してねーからな!
人外型はその形態にあった技を、これまた人間同様に行動による経験値の獲得で覚えることが出来る。
そして、重要なショートカットの数は種族によるのだ。私はまだ2つだが、後々増えていくことを考えると、相当強くなれる気がする。人外型は超大器晩成型だな。
例えば俺だと噛み付くとか引っ掻くとか、スキルを使用すると、この体からは、物理的に考えられないような、有り得ない威力とかも出せたりするのだ。舐めちゃあいけねぇ。
私達人外型のスキルは丁型と呼ばれている。分かってると思うが人外専用なのだ。
あ、ちゃんとレベル概念もあるぞ!
なんて頭の中で誰かさんに説明しまくっていたらかなり入口の広い洞穴に出くわした。
因みに虫は食べてません。
あーなんかいる雰囲気がすんな...入るか。
戸惑いなく洞窟の中に入って行く。奥に進むにつれて暗くなっていく。
当たり前か。
突き当たりに差し掛かりT字に別れている道を右に曲がると緑色に淡く光る苔がびっしりと生え、洞窟内を明るく装飾していた。
きーれいーだーなー、あははーん。
温泉じゃないが歌ってみた。
はい、つまんないですねごめんなさい。
やっぱりと言うべきか、しばらく進んでいくと生物の反応が髭から伝わってくる。
実は猫の髭は万能レーダーなのだ!
ん?なんだ?飛んでる?
飛んでるのかなんなのか良く分からない反応に小首をかしげていると、それは目の前に突然現れた。
真上か?!
いつの間にか消えていた反応が突然真上からし始め、慌てて後ろに向かってゴロにゃんこすると、先程までいた場所に特大サイズの蜘蛛吉さんがいらっしゃった。
でかー!なんだこいつ
〘 キシャァァァ!〙
なんとも言えない叫び声を上げると、鎌状になった前足をカツンカツンと互いにぶつけ合う。
蜘蛛ってそんな鳴き声なの?
デカい蜘蛛吉に若干だが毛を逆立てながら距離を取る。
互いに見つめ合うこと暫し、先に動いたのは蜘蛛吉だった。
〘 キシィ〙
八脚を器用に使い、石火の如く近付いてくると振り上げた右鎌を振り下ろしてきたのを寸前まで回避を我慢し、すんでのところで右に向かって避ける。
もちろんその先には左鎌が待ち構えているがそれを見越した上で避けたのだ。
迫り来るを屈んで避けると、鎌の外側の腹の部分を右前脚で猫パンチし、地面に突き刺さっている右鎌にぶち当てて差し上げる。
〘 キシャ?!〙
鎌は、折れなかったが、予想外のベクトルに対応出来ず一瞬体が硬直してしまう蜘蛛吉。
まだまだだね!
その隙を私は見逃さず、腹の下に潜り込むと全力で蜘蛛吉の体をかちあげた。
おらぁ!
鎌が未だ刺さったままの蜘蛛吉は、それを起点としてしまい、半回転。つまり背中側から地面に叩きつけられることとなった。
絶好の的だが、俺はそのまま追撃せず壁に向かって走る。
蜘蛛吉は、すぐさま起き上がるが、私の姿を見失ったはずだ。
奴が俺を探している間に、俺はその時既に壁を足場に高く飛び上がり、やつの頭上にいた。
喰らえぃ!
丁技〖
落下の力を加えた私の
〘 キシャァァァ!〙
耳に響く断末魔を上げる蜘蛛吉。その断末魔の声に私は、せめて苦しみをこれ以上感じないようにとトドメをさすべく左脚の爪その顔面に叩きつけた。
ポリゴンとなり砕け散った蜘蛛吉を見送ると、ポーンという軽い音と共に私のレベルアップが知らされる。
あぁ、心が痛い。このゲーム一々リアルすぎねぇか?!殺り合う度に心の何かが削れるわ!
リアルすぎて心を痛めながらもウィンドウを開き、レベルアップ報酬を確認する。
Lv.12
HP25→27
MP11→12
STR20→22
DEF10→11
DEX2→2
LUC43→46
またか。
レベルアップの度に思うのだが、私の器用値低過ぎないか?レベルも12まで上がったのに未だ1桁前半とすごい数値なのである。
うーん、何故だ。
疑問を頭の中で膨らませながらウィンドウを閉じ、先を行く。
それから2時間ほど探索していたが、歩いていて2分に1回ほど会敵し、一回の戦闘で約1分と少しぐらいだ。出てきた敵は、蜘蛛吉一家と蝙蝠子一族の2家のみだ。殆どが1匹ずつで、多くとも2匹までと、かなり良いレベリング場所だった。レベルも14まで上がった。これまでのペースとは段違いだ。
Lv.12→14
HP27→32
MP12→14
STR22→25
DEF11→14
DEX2→3
LUC46→52
1だが、やっとDEXも上がった。それにしてもLUCが段違いだ。もしかしてこれのおかげここ見つけられたりしたとか?
出来るなら他のステータスに行って欲しいと思う反面こうした恩恵があるならと二律背反な感情をモヤモヤと燻らせることとなった。
因みに気づいた人もいるかと思うが、このゲームには素早さというステータスはない。が、実際身動きにはそれぞれ差がある。それは、その肉体の筋肉量や、質量から予想される速度が適応されるのだ。
別に作者が作り忘れて直すのがめんどくさいからこんな設定とかを作ったわけじゃないよ?ホントだよ?
話は戻って、ステータスは戦闘時等のダメージ計算に関与するだけでこうしたところには関係ないのだ!
DEXは、そのキャラクターにかかるシステム補正、つまり当たり判定の拡大や、クリティカルヒットの確率の増減に関わっている。もちろん首に当てればそんなの関係なしにクリティカルヒットになるのだが、それ以外の時の判定が緩くなるのだ。どちらにしろ大切な項目なのだが。
なんで私はこんなに低いんだー!
嘆いても仕方ないのだが、ゲーマーそう思わずにはいられない気持ちを察してほしい。
探索初めて2時間くらいか?そろそろ疲れたんで出口に向かおうかと思うと1匹の蝙蝠子ちゃんがぶら下がってますがな。
気付いてないのか?
今までこんな事無かった為、訝しみながら慎重に近寄る。
気づいてないっぽいな。行くか。
前足を肩幅より広く開き、勢いよく走る。
必殺!壁走りぃ!うぉぉぉ!!
流石に石だと走れないが、この洞窟は苔がいい具合に生えてるため、短時間の立体機動なら取る事が可能だ。
とりゃ!
丁技〖 伝説の右手〗
金色のに輝く右前脚を眠りこける蝙蝠子の顔面に叩きつけようとすると、
スカッ
ふぁ?!
見事に空ぶった私は、行き場の無くした勢いそのままに見事な放物線を描いた。
ふみゃ!...
岩壁に叩きつけられ、微妙にダメージをくらった。
え、え?なんで?なんで━━
━━蝙蝠が落ちたの?
そう、先程までターゲットにしていた眠りこける蝙蝠子に私が空ぶった理由は、奴が落ちてからだ。
〘 クォォォ...〙
ヒリヒリと痛む鼻先を押さえた私の目の前には、同じく痛むであろう頭を押さえた蝙蝠子がいた。
〘 クォ?!〙
いや、お前か!じゃないから。お前だから。
私何もしてないから!
落ちてダメージを受けた理由を何故か私に求めた蝙蝠子に若干イラついた。
お互い涙に潤む目で睨み合うことしばし。
〘 クォ、クォォォ!〙
っておい、逃げるな経験値!
まるでジャイア○に虐められて逃げるの○太のように走って逃げる蝙蝠子。
飛べよ!
思わずツッコんだ俺は悪くないはずだ。
ゲンナリとしながらも、逃げる手負い(?)の蝙蝠子を追って奥に進むと、広い空間にでてしまった。
何だ何だ?
今までと雰囲気の違う空間に気圧される。苔が通路と比べて圧倒的に少なく、さらに天井付近は生えていないのか、暗くなっていてよく見えなかった。
猫目の為それなりに見えることには見えるが、まだ目が慣れきっていないため、少しぼやける。逃げた蝙蝠子を探していると、ふと何かと目が合った。
え、マジで?
慣れた目に映ったのは天井からぶら下がる巨大な蝙蝠だった。
俺が追っていたアh...蝙蝠ちゃんは、その巨大な蝙蝠の傍らにいた。
あ、
と、心中で別れを告げるも、
だよねー!逃がしてくれるわけないよね!だって娘さん傷物にしちゃったんだもん!わざとじゃないけど!てか、私のせいじゃないけど!
心の中で絶叫しながらあの手この手で蝙蝠男の追撃を躱し、必死に出口を目指す。
アー!助けてー!
━━━━━━━━━━
始まりました連載版!
前回の短編からかなーり話を膨らませた作品になってます!どうぞお楽しみに!
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