15th NUMBER『止められなかった』
我ながらなかなか壮絶な最期だったと思う。ベッドの上、カーテンの隙間から朝日を迎え入れながら
ワダツミ様の姿はもう無い。昨夜、僕の話を一通り受け止めて下さった後にお帰りになられた。そういえばあの姿はどうなるんだろう。次にお会いしたときはまた幼い女の子の姿に戻っているのかな。
(泣いていらっしゃるところなんて初めて見たな。あのお方は僕よりもずっと長い人生の旅を経験している。見てきた哀しみの数もきっと僕とは比較にならない。それなのに僕は経験も少ないくせに弱音ばかりで……)
つい顔を出してしまう。
(さぁ、もう感傷に浸るのも程々にしなくちゃ)
机の上の卓上カレンダーに目を向ければ、印のついた場所まで残り二日になってる。年末の大仕事、残念ながら犯人確保の為の作戦へと姿を変えてしまった冬の公演だ。
本当はお客様に楽しんでほしかった。でも無駄にはしないよ。作戦にしっかり協力して犯人を捕まえてもらう。来年こそは多くの人にこの声を聞いてもらう、その為の取り組みでもあるんだから。
僕は寒さを堪えてパジャマを脱ぎ、ランニング用の服に着替えた。ぴたりとフィットする感触が僕の気持ちを引き締める。食堂でスパークリングウォーターをもらい、更に気合いを入れるつもりでいる。長い髪は一つに束ねた。
「やぁ。おはよう、イヴェール。最近は随分アクティブな姿になったね」
廊下ですれ違った従事者の一人にこんなことを言われた。肺活量を衰えさせないようにする為ランニングは前からやっていたんだけど、やっぱり引きこもりがちな印象の方が強かったのかなと思って内心苦笑した。
神殿の周りを何周か走った頃だ。
「おはよう、雪那くん。昨日は突然抜け出してすまなかったね」
「クー・シーさん……!」
彼は約束通り、本当に来てくれた。相変わらず爽やかな笑顔だけど、ちょっと疲れているように見えるな。昨日神殿を出た後、どう動いていたのか僕は知らない。でも結構……いや、かなり忙しかったんじゃないだろうか。
「クー・シーさん、大丈夫なんですか?」
気持ちが焦るあまり、何がと聞き返されてもおかしくない問いかけをしてしまった。だけどクー・シーさんはこんな短い言葉からもすんなりと理解してくれる。
「ありがとう、僕なら大丈夫。それから後で話をしよう。捜査に関すること、もうある程度君に伝えられる状態になった」
僕に伝えられる状態。それは良い知らせと思っていいんだろうか。いや、どんな内容であれ何か進展があったのならそれはやはり良いことだと、半ば無理矢理前向きな思考へと変換した。
ランニングを切り上げて、クー・シーさんと一緒に自室へ向かった。すぐに着替えてきますと言うと、男同士なんだから気にしなくていいよとクー・シーさんは言う。お言葉に甘えて彼を部屋に招き、自分は片隅で手早く着替えを済ませた。
「雪那くん、朝食はもう行った?」
「いえ、まだです」
「そうか、ごめんね。でも君も気になっているだろう。もしかしたら先に話しておいた方が却って落ち着くかも知れないね」
「僕もそう思います。今教えて頂けるとありがたいです」
向かい側に座って背筋を伸ばし、受け止める覚悟を示す。うん、と頷いたクー・シーさんがついに切り出した。
「結論から言うと、犯人は現在逃走中だ。親衛隊一丸となって探しているところだけど、なかなか手かがりが掴めない」
ドク、と僕の胸の奥が脈打つ。膝の上で汗ばんだ手を握り、おのずを身を乗り出した。
「やはり犯人がわかったんですね」
「うん、犯人の生みの親となら顔を合わせることが出来たんだけど……」
「生みの……親?」
クー・シーさんの言葉を僕は不思議に思った。この言い回し、犯人の肉親という意味ではなさそうだ。
その答えもすぐに解き明かされた。
「犯人は
これはさすがに想像してもいなかった。
「ロボット、だって……?」
「そう。春日雪之丞のデータを元にした人工知能が搭載されている。つまり雪之丞と同じ意思を持ってる。言うまでもなく機械なんだけど、種族で言えば魔族が近いかな。でももちろん本当は魔族でもない」
早速混乱しかけていた僕にクー・シーさんは更に詳しく解説してくれた。
アストラルに生きる者には大なり小なり幽体の力が備わっている。人間と動物なら霊力、妖精族なら妖力、魔族なら魔力だ。
その中でも魔力は一番後付けがしやすい力。ゆえに乗り物を始めとした機械類、武器や兵器にも搭載されてきた。SNOWも同じ仕組み。機械である身体に魔力が搭載されている為、本物の魔族には及ばずとも近い力は持っているんだとか。
だけど問題がある。
全ての生き物には“波長”がある。当然ながら機械には無いものだ。つまりSNOWは魔力こそ持っていても波長は有していないということ。
「だから手がかりが掴めないんだ。波長を感知することが出来ないから。魔力なら感知できるかもと思って試みたんだけど、それらしき反応は無い。多分SNOWは魔力の濃度を自分で調整出来るんだと思う」
「作戦の現場に現れてくれるでしょうか」
「うん、きっと……何かしらのアクションは起こす気でいると思う。もう公演間近なのに本当にすまないと思っているよ。なんとかして止めたいんだけど……」
「それとクー・シーさん。気になることがあるのですが」
僕はごくりと喉を鳴らした。冷や汗が滲んだ。
ぼかしたつもりではないのかも知れないけど、今置き去りになっている話を掘り起こした。どうしても知りたくて。
「SNOWの生みの親というのは誰なんですか?」
そう、どちらかというとこっちの方が大切な気さえして。
「雪那くん……」
「覚悟なら出来ています。稀少生物研究所に居る人の誰か、僕に恨みを持っている人なんですよね?」
「……そうじゃないんだ」
「え?」
クー・シーさんは大きな手元を見つめて項垂れてしまう。ぐっと奥歯を食いしばるようにして、何かに耐えるような顔をした後、僕に告げた。
「ドクターだよ。マグオートさん」
覚悟は決めていたはずだったけど、僕の胸は深くまで抉られた。
「彼は医師だけど、実はシステムエンジニアの博士号を持っている。SNOWを生み出したのは間違いなく彼だ。本人も認めてる」
「そん、な……」
「雪那くん、三度目の春日雪之丞として研究所に勤務していたとき、彼からカウンセリングを受けていたよね? その話を聞いてピンと来たんだ。人工知能に春日雪之丞の情報を埋め込めるのはきっと彼しかいなかっただろうって」
そんな前から。
僕に復讐する作戦を立てていて……?
「あ……あ……そんな、ドクター……」
僕はたまらず頭を抱えてしまう。悲しいとかいう感情とも少し違う。ドクターはそれほどナツメのことを想っていたのか。それなのに僕はなんて酷い仕打ちをしてしまったんだと思い詰めて。
「でも聞いて、雪那くん。もう一度言うけど違うだ。ドクターは復讐なんてする気は無かったんだ」
がしっと両肩を掴まれて。やがて僕に真実が語られた。
ドクターがSNOWを造った目的。それはあまりにも痛々しい事実だった。
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雪那とは午前中のうちに話を済ませた。本当は朝食も共にしたい、そんな気持ちを抑えつつクー・シーは雪那の部屋を後にした。作戦の日、仮の公演である十二月二十四日まであと二日。もう時間が無いからだ。
伝えられる範囲の情報は一通り伝えた。だけどもちろん捜査に関する詳しい状況までは話せない。結論だってひとまずの結論だ。ドクターはSNOWを我が子同然に考えている。何処まで本当のことを話しているかだって疑わしい。全て信用するにはまだ早すぎる。
神殿の駐車場にてクー・シーとミモザが落ち合う。車内に乗り込むとまた魔力遮断装置を発動させる。
「ミモザ、君からの情報は本当に役立った。おかげでSNOWに辿り着くことが出来た。戸惑いもあっただろうに勇気を出して話してくれてありがとう」
「いえ、私は自分が聞いたことを伝えただけに過ぎません。ヤナギさんがSNOW失踪の可能性を私に相談してくれたからですよ」
そう、きっかけは稀少生物研究所の研究員でありミモザの親友であるヤナギの話。ナツメが息を引き取る一年前に高度な技術を用いて造られた人工知能が確かに研究所内に存在していたはずなのだが、近頃その姿を見かけないといった内容だった。
まさかと思ったクー・シーは開発したであろう人物、つまりドクターに気付かれないように人工知能の写真を入手した。機械の身体はどことなく雪那を思わせる風貌。だから続けて春日雪之丞の写真も入手。照らし合わせてみて驚いた。これほど忠実に再現されているのなら、雪之丞の残した研究内容の文書とSNOWが書いたと思しき脅迫状の筆跡が一致するのも納得できた。
次なる問題はSNOWが何処に消えてしまったかだ。
昨日のドクターは行き先に心当たりは無いと言った。でもクー・シーたちは今日また再度の説得をするつもりだ。SNOWを見つけたらその危険度に応じた対応を取る。場合によっては機能停止に追い込まなければならない。それはすなわちSNOWの死を意味する。ドクターが怯えるのも無理はないことなのだが……
「作戦、出来れば決行したくないですものね。イヴェールさんだって本当は怖いはずですもの」
「でも波長が感知できないというのは厄介だよ。魔力に長けた隊員がどれだけ揃っていても微塵も感じ取れないなんて……」
「作戦を決行することになった場合、イヴェールさんの代わりはきかないですし……」
「そう、SNOWの厄介なところはそこだ。自分は波長を持たないのに相手の波長を感知する能力には長けている」
中でもとりわけ大きな反応を示す波長がある。
SNOWはナツメの波長に共鳴するよう造られた。
「イヴェールさんの傍にナツメさんが居るから……今も、きっとこれからも」
ミモザがぽつりと呟いた。幽体は滅びてもなお、寄り添い続ける魂。亡きナツメの波長が本当はとっくに見えていたのだ。
『真夏の笑顔に届くまで〜Autumn〜』〜終〜
(次回、頂き物紹介を挟んだ後、次の章「Winter」へと進みます)
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血の通わない僕がいた
それでも君に焦がれているよ
温度も無いのであろう身体に
熱い想いが駆け巡っている
僕が僕である以上
それは手に取るようにわかることだ
血の通わない僕は
僕を深く恨んでいる
かつての僕が呼び起こしたのは
温かくも哀しい君の自己犠牲精神だった
もう負けない もう負けないと
これからは誓って生きていくしかない
君は情熱の化身だった
思い出すだけで溶けてしまいそう
肝心なところは隠していたのに
溢れ出ているのが愛おしかった
ねぇ
深く悲しませたことを許してなんて言わない
君の居ない世界に生まれたことで
切なさを噛み締めているから
君の温度だけありありと残っている
だから尚更打ちひしがれた
もう悲しみの連鎖が起きないように
君を愛するように自分を愛する
そんな僕になってみせるよ
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