第六章 欠けた世界と共に

 あたしはいつの間にか空の上に立っていた。足元には何もない。だけど確かに踏みしめる感触がある。

 そしてあたしは少女と対峙していた。しかもその少女は裸だった。大理石のように白い肌。絹の糸みたいに細く綺麗な線で描かれた首筋と肩、そこから伸びる腕。瑞々しい果実みたいに実った胸とその先端の桃色。バランスの取れたくびれとその真ん中にある小さなくぼみ。決して隠そうとはしないとても精妙で繊麗な秘部。雲を詰めたようにふわりと、けれど芯がするりと伸びたしなやかな脚。何色にも染まることのない輝きを放つ白い髪。そのどれもがとても均一に綺麗だった。

 あたしはその体にしばらく見とれていた。思わず嫉妬してしまいそうなほどに綺麗だったけれどそれは間違いだと気が付いた。あたしと彼女は違う。そう思った。この人は人間じゃないんだと思わせるほどに神秘的だったから。

「私の体は見とれるほど綺麗かい?」

 少女はあたしにそう尋ねた。

「うん。すごく綺麗」

 いやらしさの欠片も感じさせない、芸術的なんて言葉じゃ物足りないほどに神聖な体だった。

「綺麗だねとはよく言われるし思われるけど、芸術的なんて言葉じゃ物足りないって思われるのはちょいと照れるね」

「え……、なんであたしの考えてることが……」

「そりゃ私は世界だからね」

 世界、そう名乗る少女は柔らかい顔でそう言った。

「……セカイ?」

「そう、世界。あー、分かりやすく言うと神様かな。他にも君たちの言葉で言うところの全てとか真理とか、そんなところかな」

 世界という表現は良く分からないけど、神様とも言った。不自然なくらいに完璧にバランスのとれた体、神秘的なまでに綺麗な体を持つことは人間には不可能だ。きっと神様にしかできないこと。だから神様という表現には少しだけ納得できた。

「お、理解したようだね?私はこの世界そのもので君は私の一部だ。だから考えていることが分かるんだよ」

 なるほど、そういうことか。それは困った。あたしは何かを思う度に毎回心を読まれるのか。

「その、分かったんだけど……なんで裸なの?」

「あー、これ?私元々体とかないからさ。今はちょっと訳あって人間の姿をしているだけなんだよね。もし気になるようだったら服も着られるけどそうする?」

「できれば、そうしてほしい」

 いやらしさはそんなに感じないけど、やっぱり気になりはするから。

 少女はあたしの言葉を確認すると急に白い光に包まれた。

「!?」

 あたしは思わず目を瞑る。

「ほい。これでいいかな?」

 しばらくしてそう声が聞こえて目を開けてみるとさっきまで一糸纏わぬ姿だった少女はワンピースを着ていた。彼女の肌と、髪の色と同じ白いワンピースだ。

「うん、……ありがと」

「ところで、私と会うのは初めてじゃないんだけど。気が付かないかな」

「え……」

 あたしはもう一度目の前の白い少女を見直す。

 ん……?白い少女?

「あ……、の時の……」

「やっと思い出したか。そだよ、私はついさっき君にぼっこぼこにされた純白の絶世美少女さ!」

「……いや、さっきは顔とかなかったよね?人の形してただけで、せいぜい髪の毛があったくらいじゃん」

「さっきはまだ体が完全にはできてなかったからねー。ついでに言えば、その時は考えていることも分からなかったから手痛くやられたよ」

 で、そいつがまたあたしの目の前にいるってことは、また倒さなきゃいけないってことか。

 あたしは両手を構えて鎌を出現させ、少女に向かって跳躍する。

「はい、残念」

 少女はそう言って迫るあたしの額に軽く指を当てた。

「なっ……!?」

 体が動かない……!?

 一瞬で間合いを詰めるほどの速さで迫ったはずのあたしの体は少女の指に触れた瞬間、微動だにせず停止した。

「さすがに完全にできあがった私には勝てないよ」

「くそっ……」

 やばい、よく分かんないけど、さっきより桁違いだ……!!

「あ、でももう君と戦うつもりはないよ」

「は……?」

 あたしの口から拍子抜けした声が漏れる。

「うん、まあ、色々あってね。事情が変わったというやつだ。だからもう君とは戦わない」

「……」

「はっはっは、信用ならないって顔だね」

「当たり前だ。戦わないって言っておいてあたしが油断した隙を突いて攻撃してくる可能性だってある」

「敵意剥き出しで真正面から襲い掛かって来た君をいとも容易く拘束した私がそんなまどろっこしいことをするわけないだろ」

「……」

 確かにそうだ。たった一瞬の出来事だったけど、力の差がありすぎる。にもかかわらず戦わないと言っているのだ。信じるしかない。

「はあ、それで、その……世界とやらがあたしに何の用?」

 完全に信用するわけではないけど一応話は聞こうと思う。こいつの言う一つ一つが全て真実だという気がしてならないから。

 白い少女はあたしの納得を確認すると、またあたしの額に指を当てた。すると今まで全く動かなかった体が容易く動くようになった。

「いやー、君、随分と大変なことしてくれちゃったなーって」

「大変なこと?」

「そう、大変なこと。君、久遠ミーアは一つの次元を壊したんだ」

 次元を、壊した?

「言っていることがよく分からないんだけど……」

 こっちの時代に来てから分からないことだらけで脳みそが掻き混ぜられているみたいだ。

「うーん、なんて言えばいいかなー……。君は確か最後に私を切り付けた時、『あたしを決める全てに、あたしは抗う』って思ったはずだよ」

 確かに思った。

「私のこの体は本体じゃないから、攻撃されようが何されようが基本大丈夫なんだけどさ。でも世界そのものと切り離されているってわけじゃないから、早い話君の時代とも繋がっているんだ。そして君の魔力はそれを辿って君の時代を壊したのさ」

 あたしの時代を壊したって……。それにあたしの魔法で……?

「そうだよ、君の魔法でだ。君は私に斬り付けた時に大量の魔力で攻撃した。でも君はあの時、自分を決めてしまうものに抗うと強く思いながら私を切った。その結果、大量の魔力は私の中へ流れ込み、君の大嫌いな君の時代へと伸びていき、破壊したんだ」

 あたしの時代が壊れた。そうするとあたしはどうなるんだ?今度こそ死んでしまうのか……?あたしは戻らなくちゃいけない。ひかりとリーベと約束したから。だからここではまだ死ねないのに……!!

「順を追って説明しよう」

 少女はまたあたしの考えてることに対して言葉を返した。

「壊れた次元っていうのは、君の時代の君があの時代に存在していた期間だ。だから君は死なないよ」

「本当か!?」

「ああ、本当だ。分かりやすくまた映画で例えるけど、登場人物が生まれてから死ぬまでの内容を描いた映画を作ったとして、でも生まれたシーンを切り取ったからと言って残った部分で登場人物が存在できないってことはないだろう?それと同じさ」

「なるほど」

 と、納得してみる。いや、全然分からなかったわけじゃないけどややこしすぎる。

でも、その考え方だとあたしの時代にいたあたしは消えるってことになるのか。まあ、それはいいか。その時のあたしは本当のあたしじゃないんだし。

「じゃあ、つまりひかりの時代にいる今のあたしは消えないってことなんだな」

「まあ、本当にそれだけだったらそうなんだけね」

 白い少女は意味ありげにそう言った。

「実は君の時代ともう一つ、君自身も壊れちゃったんだよね」

「え……?」

 あたしが、壊れた?

「君は一部だけとはいえ、次元を壊したんだ。次元の中に存在する者がそんなことをするなんて本当に凄いことだ。だけど君への負荷が大きすぎた。君は君の時代を壊したのと同時に壊れた。もう君はあの次元に存在できなくなったんだよ。だから君は私を倒した後、体が消えたのさ。今度こそ本当の意味で君は消滅してしまう。結希ひかりの時代はメサイア計画が君なしで行われるように私が作り変えた。本は書き換えられ、映画であれば撮り直されたと思ってくれていい。そして今君がいるのは次元の外。だけどここで存在し続けることができるのもあと僅かだろうね」

 あたしが存在できない?あたしのいた、二人のいる次元に存在できないだって!?そんな、だって二人と約束したんだ。あたしは絶対戻って来るって、それまで待っててって……。それなのに……。しかも今、あたしがまた消えようとしているだって!?そんなの嫌だ!

「あたしは消えたくない!ひかりとリーベと約束したんだ!」

「また抗うのかい?」

「当たり前だ!」

「貪欲だね、実に貪欲だ。君の魔法はきっと貪欲なまでにものを引き込んでしまう闇を表しているのかもしれないね。だけど君に何ができるんだい?」

「なんだってできる!なんだってやる!あたしはもう決められたあたしじゃないんだ!だからあたしは抗う!!」

 あたしは力いっぱいそう叫ぶ。喉が引き裂けそうなくらい、頭が沸騰しそうなくらい。

 少女はにやりと笑った。

「なら、君にチャンスをあげよう」

 そしてゆっくりと、だけどまっすぐな切れのある声でそう言った。

 チャンス?そう聞き返そうとしたが声が出なかった。

「そう、元はと言えば君にチャンスをあげるために今こうして私は君と話をしているのさ。今まで君にとってとても辛いことを話した。けれどここからが本題だ」

 少女はそこで一区切りし

「久遠ミーア、私の使いにならないかい?」

そう言い放った。

「つか、い……?」

「そうだよ、言うなれば神の使いだ。君はこのままでは消えてしまう。でも私の使いになれば消えることはない。私と同化する形で使いになるからね」

「同化……?」

「まあ、簡単に言うと人間である身から世界そのものになるということかな。分かる?」

「なんとなくだけど」

「世界そのものになれば消えることはない。だから君が思う君を保持できるし結希ひかりとリーベ・ヴァールハイトへの気持ちも持ち続けることができる。そして君が果たしたいと切望している約束、いつか結希ひかりとリーベ・ヴァールハイトと再開するということも可能かもしれない」

「ほ、本当に……!?」

「ああ、本当さ」

 胸の奥でくんっと何かが跳ねてあがってくる感覚に襲われる。

 ひかりとリーベに会える……。

 ここにきて初めて希望が見えた気がする。正直、ひかりとリーベに必ず戻るなんて言ったけど具体的な案や当てがあったわけじゃない。だから、迷うことはない。

「だったらもちろん」

「ただし、私の使いとなるからのはやってもらうことがある」

 少女はあたしの言葉を途中で遮ってそう言った。

「最初に言ったように私はある時にしか人格と体を持つことができない。そのある時というのは世界に綻びが生じた時だ。さっき世界は最初からそうなるように定められていると言ったけれど、でも君はあの時、今の自分が定められたものじゃないと悟っただろう?」

「……」

 確かにそうだ。

「あの時、実は次元に綻びと言って、定められた事象以外の事象が生じていたのさ。大体は君が体験したみたいに次元の力で勝手に帳尻を合わせて修正される。君が死ぬはずもないタイミングで死んだのは本来化け物と呼ばれる者たちの正体を知ることはないにもかかわらず知ってしまったという綻びが生じたからで、死んでも生き返り抵抗しても戦わされたというのは本来の結果になるよう帳尻を合わせ修正しようとしたからなんだ。さらに君が化け物を本来の姿で視認したことを忘れてしまったのも修正によるものだね」

 ああ、だから忘れてしまっていたのか。

「他にも幾つか綻びはあったんだけどね。突然化け物が現れたのもそう。実はリーベ・ヴァールハイトの時代でも綻びはあったんだ。本来は扱うことのない荒々しく猛々しい魔法を使ったり、幼いころに家族が化け物に襲われたり」

「え、そうだったのか……」

「けれど今回は次元の力だけじゃ修正できなかった。そういった時に限り、私は人格と体を持つことができて、その次元に入って修正するんだ。と言っても今回は一足遅かったよ。私が君を戦わせて修正しようとしたら結希ひかりとリーベ・ヴァールハイトが来て邪魔されて、見事にやられちゃったね」

「そうだったのか……。それでやってもらうことって?」

「ああ、そうだったね。やってもらうことってのは私の仕事の手伝いさ。さっきも言ったように私は次元に綻びが生じた時にそれを修正するということをしなくちゃいけないんだ。だけどそれは結構大変でさ、君たちの感じる時間で言うと数年掛かる時もあるんだ。君は次元にぽっかりと穴をあけてくれちゃったわけだけど、見方を変えればそれだけ強い力を持っているってことだ。だから君に手伝ってほしいのさ。そんな中で何百と繰り返せば、そんな中でもしかしたらまた彼女たちの次元に綻びが生じて、私たちが修正しに行くかもしれない。その時君はやっと彼女たちと再会を果たせる」

「ああ、そういうことか……」

 次元に綻びが起きた時の修正。言っていることは分かるけどイメージは全く湧かない。それにひかりたちに会うのにも途方もない時間が掛かるみたいだ。だけど、それでもあたしはなんだってやると決めたんだ。ひかりとリーベにもう一度会うために。

「君にとって悪い話ではないだろう?良い話かは分からないけど」

「え……、良い話に決まってるよ。ひかりとリーベにもう一度会えるんならなんだってやる。あんたの使いになって綻びの修正とやらだってやってやる」

「なんだってやる、確かに君はさっき言った。けれど綻びの修正ってのは残酷でね。例えば、その次元がどれだけ素晴らしい結果を持ち合わせていてもそれが綻びによって生じたものであれば修正しなければならない。死ぬはずの人間が死ななかったという綻びが生じればそれを死ぬ結果へと正さなければならない。簡単に言えば定められているのであればどれだけ人が死のうが殺されようが是として捉えなければいけないんだ」

「……」

 あたしは再びあの時のことを思い出す。あたしは定められていたから人間を殺した。彼らも定められていたからあたしに殺された。そして誰もが自分が思う自分じゃなかったんだ。定められたのはあたしだけじゃない。彼らは皆あたしと同じ。綻びが生じて生きながらえて自分が思う自分をその時にやっと持てる。けれどあたしがあたしでいるためにはそれを否としなければならない。そこで殺されて自分を持てないまま終わることを是としなければならない。

「そうだね。君にとってはとても辛いことだからゆっくり考えて」

「もちろんなるよ。あんたの使いに」

 迷うことはない。

「!?……本当、かい?……ふふっ、ふはははっ、まさか即決とはね。驚きだよ。是非ともその心情を聞きたいな。できれば君の口から」

 少女は一瞬だけ驚きの表情を見せて、その直後に空を仰ぐようにして笑い、あたしに尋ねた。

「簡単だよ。あたしは今やっとあたしになれたんだ。ひかりとリーベへの気持ちも含めて消えて失うなんて絶対に嫌だ。あたしは今のあたしを持ち続けたい!そして絶対にまたひかりとリーベと会うんだ!どんなことがあってもこれがあたしの中で一番だ!これがあたしだ!だからあたしはあんたの使いになる」

「今度こそ全身を血で穢すことになるよ」

「構わない」

「それは化け物と呼ばれている者たちを殺すことと何か違いがあるのかい?」

「……違わない。でも、あたしだけ手を穢さないわけにはいかないよ。ひかりとリーベも自分の手を穢すことを選んでくれたんだ」

「化け物と呼ばれている者たちと戦わずに解決するというやつかい?」

「あたしの新しくできた欲しいものでもある。そのためだったらなんだってやるよ」

「とても我が儘で自分勝手、都合の良すぎる解釈をした言い分だね」

「そんなの今さらだよ。それに人を殺したくないってのはあたしにとって二の次だ。くだらないことで足踏みなんてしてられないよ」

「ははっ、くだらないことねぇ。その結果、君が辛い現実を目の当たりにしても?それを変えることができずただただ是として肯定しなくちゃいけないとしても?それでも私の使いになるかい?」

 それはつまり、ひかりやリーベが危険な目に合う次元があるかもしれないということか。

「うん。どんなに酷くて辛いことでも、人間を殺すことでも、絶対的な悪でもあたしはそれを是として肯定する」

 大嘘だ。もし、ひかりたちが危ない目に会う次元があるならその時こそあたしはこの少女を殺そう。そして二人を助け出そう。

「君、なかなか図太いよね。心の声は私にはダダ漏れだっていうのにさ」

「ひかりとリーベのためならあんたなんか捻り潰してやるよ」

「そっか。まあ、好きだよ、そういうの。とても清々しい。何か一つの気持ちを何が何でも突き通す。ベタだけど私は好きだよ。絶対的な悪を是としてでも果たそうとするなんてとんだ血塗れの約束だ。それこそ人々は君のことを悪と言うかもしれないね。だけれど私が認めよう!君は世界であり正義だと!」

「……」

 手を広げて宣言するように彼女は言った。けれどあたしはそれに何かを思うことなく、表情も変えずに見つめているだけ。

「大丈夫だよ。結希ひかりもリーベ・ヴァールハイトも君が気にするような不幸なことが起きる次元は存在しないから。というか、さっきも言ったけど君があの次元に存在できなくなったことによって、あの次元の部分を大幅に作り替えたんだけど、その中には二人が酷い目に会うってのはないから」

 少女はあたしの手をとってそう言った。気が付かなかったけど随分と強く握りしめていたみたいだ。掌に爪が深々と喰い込んでる。それに手汗も酷かった。

「……良かった」

 胸の奥でつっかえていた息が一気に抜ける。ひかりとリーベが危険な目に合う次元が存在する。それを想像しただけで体の芯が脆く砕けるような感覚に襲われていたのだ。

 良かった。本当に良かった。

「まあ、作り替えたせいで、二人が君と出会ったという事実すらなくなっちゃったから、また会えても君のことは知らないだろうけどね」

「え、なっ……」

「というか、見方を変えれば君と出会った二人ですらないかもね」

 なに、それ!?

「でも、それは次元の中での話だ。君と出会った二人は確かに存在した。私が作り替えたやつで上書き保存されたと思っていい。ただ、私も以前の二人に戻す方法があるのかは分からないんだけど」

「な、……それじゃあ」

 それじゃあ、結局……、再開したって意味がないじゃないか……。

「でも、今の君は決められた君じゃないんだ。だからなんだってできるしなんだってやるんだろう?だったら覆してみなよ」

「……」

 なんか一本取られたって感じがする。

「確かにそうだ。あたしはなんだってやるんだ。だから、どんなに困難なことだって乗り越えるし成し遂げる」

 やらなきゃいけないことも乗り越えなきゃいけない困難も山積みだ。それでもひかりとリーベと過ごした日々を思い返せばああ、楽しかった……、本当に楽しかった。そう思える。だからあたしはやれる。

「でも、それって定められたこととは違うものになるんじゃないの?あたしはその方が良いけど、あんた的には困ることじゃないかな?」

「あー、それはね、君ことを好きになっちゃたからさ」

「あんたに好かれても全然嬉しくないんだけど……」

 むしろ身の毛がよだつ。

「酷いなー。私は君のこと結構気に入っているんだよ。それもあって使いになってほしいって思ったんだ。綻びのおかげとはいえ、まっすぐな思いで運命を覆した時はとても心にぐっときたね」

「……」

 気に入られるのは正直嫌だけど、そうでなかったら、あたしは消えてしまうから受け入れるしかないのか。嫌な二択だな……。

「……まあ、せいぜい足掻いてみろって言っているようなもんだけどね。そう言った意味では、愛玩動物に近いのかな」

「それも嫌だな……」

 愛玩動物ね……。まあ、結局あたしはまだ世界の理という鳥かごの中ってことか。上等。世界だろうが神だろうが、あたしは抗い続けるだけだ。

「その意気だ。さて、だいぶ話し込んでしまったけど、そろそろ用意はいいかい?」

「うん」

 あたしは静かに答えた。

 少女はゆっくりと右手を水平に上げると

パチン

 指を鳴らした。

 耳に真っ直ぐ入ってくる音は少女の髪と同じ白く輝くように綺麗だった。

「白く輝くような綺麗な音ってよく分からない表現をするな。まあ、それはそうと、どうだい?世界になった気分は」

「へ?これでおわ……、!?……あ、れ?」

 あまりにも短くて簡単に終わった。何か変わったという自覚がなくて体を見回してみると

「え、これって……!?」

「どうかな?せっかくだから見た目を私とおそろいにしてみたんだけど」

あたしの着る制服と宙を舞う髪は目の前の少女と同じ輝くような白色だった。

「嫌だったかにゃ?」

 少女は顔をのぞき込むようにして少しふざけた感じで尋ねてきた。

「そんなことないよ」

 顔を横に振る。

 綺麗だ……。あたしの時代で使っていた制服がくすんでいたとすら思えるほどに。あたしは今、理想の自分になったんだという実感が湧く。だからこの見た目はすぐに気に入った。

「そっか、なら良かった。じゃあ、そろそろ行こうか」

 少女はあたしに向かって手を差し伸べる。その手は細く小さい。けれどとても端正なその手はあたしに無条件で安心感を持たせてくれるものだった。だからあたしはその手をとった。

「私たちは今から一度人格と体を失う。次に目覚める時まではお休みだ」

 次に目覚める時、その時にあたしはひかりとリーベに会うことができるかな。結局何もかも中途半端なまま、あたしは今ここにいる。メサイア計画も最後まで終わっていない。いや、終わらせない。化け物と戦わない方法を見つけ出して実行する。ひかりたちとそう約束したから。

 ポケットに入れていた携帯を取り出して、ストラップを見つめる。

 あたしはこれから二人への気持ちを持ち続ける。そしていつか二人のいる次元に行って二人と会って……。どうするかはまだ分からない。結局相変わらず隔たりを感じたままだから。だけど二人は歩み寄ってくれた。だからあたしも歩み寄る努力をしていこう。まあ、何はともあれ……。

「あたしはこれからだ。これからなんだ!」

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