第3話 次に状況を把握しよう

 ノートに色々と書き込みながら考えたけど、どうにもこの悪夢から目覚める事は今のところ無いようだ。

 そうなってくると、今のこの状況をちゃんと把握して、何が出来て何が出来ないのかを正確に把握する必要がある。


 まず考えるのは“ここは何処だろう”という点だろう。

 

 自称女神は、たしかこの場所を“4つの世界の狭間”と口にしていた。

 少なくとも窓から見える景色は今まで見た事もない景色である事から、知らない場所だというのは確かなのだろう。


 では、玄関から出たらやはり荒野なのだろうか?


 思いついたら即行動。

 僕は椅子から立ち上がると、寝室を出て玄関に向かう。

 向かった先にあるドアはいつもどおりの金属製のドアである。

 脱ぎ散らかした靴もそのままだし、特に変わった点は見当たらない。


 とりあえずやる事としてドアスコープから外の様子を覗いてみる。

 こういう場面のお約束としてドアを開けた途端に野獣に襲われてジ・エンドという展開があったりするので、そのための防衛策である。


 しかし、スコープの先に見える景色はなんというか……森だった。


 いや、僕も自分で何言ってんだって自覚はある。

 しかし、どこからどう見ても森なのだ。

 窓から見える景色は荒野なのに、ドアから見たら森なのだ。

 それこそ、アマゾンのジャングルのようなすごい森。いや、実際にアマゾンに行ったことはないから想像だけど。


 とはいえ、幾らなんでもこの規模の森が数メートル進んだだけで荒野になるとかないだろう。

 となると、自称女神の言っていた“三つの世界の狭間”という話も何となくだが現実味が帯びてくるというものである。


 僕はゆっくりと扉を開けて、顔だけを外に出して周りを伺う。

 顔を出して改めて肉眼で見た玄関の外はドアスコープで見た通りの密林だった。

 いや、スコープで見たものよりもすごいかも知れない。


 そんな中にあって、玄関のそばに置いてある宅配ボックスだけがやたら浮いて見えた。


「なんで宅配ボックスはそのままなんだよ?」


 僕は一人暮らしでバイト三昧という生活スタイルの為、買い物は通販、受け取りは宅配ボックスでのやり取りが多かった。

 その為、確かに玄関の外には宅配ボックスを出してはいたのだが、現在の周りの景色と比較した場合余りにもシュールだ。


「まあ、いいか。とりあえずはここと荒野がどうなっているかだけでも確認しなきゃね」


 僕はソっと玄関から外に出ると、壁伝いに窓がある方向に向かって歩き出す。

 要するに壁に沿って左側をぐるりと回るような動きになるのだが、どうにも見渡す限り鬱蒼とした森が広がっており、どう考えても荒野に行き着くとは思えなかった。


 そして、丁度壁の角にたどり着いて窓があるはずの壁に回ったときに疑惑が確信に変わっていく。


「……窓がない」


 そこはただの壁だった。

 窓一つ無い壁が次の角に向かって真っ直ぐに伸びている。

 家の中の構造を考えたらありえない事だけど、どうやららしいという事がジワジワと心の中に広がっているのを感じてその場に座り込んでしまった。


「……はは……。それじゃあ何? あの時のふざけた女が本当に女神で、僕は何だかヘンテコな世界に飛ばされたって事? それも、何の力もない生身のままで、買い物に行こうにも森か荒野しかないこんな場所で?」


 これでは賞品では無くて罰ゲームではないか。

 いや、実際に賞品をもらったのはクソみたいな性格の僕の部屋かもしれないけれど、少なくとも、何かしらの食料を得る手段を考えなければ飢え死にする未来しか見えない。


「……ねえ……。これって夢だよね……そうだよ。今から寝て、起きたら元の生活に戻っているかもしれない」


 僕は立ち上がる。

 少なくともこんな所で死ぬのはゴメンだし、まだこの場所が夢の世界である可能性は否定されていない。


「よし、そうと決まれば──」

「グルルルルルルルル……」


 ぐるるる?


 すぐに戻ろうとした僕の後ろからした奇妙な唸り声。

 その声を聞いて、僕はここがよくわからない密林の中であるという事を今更ながらに思い出す。

 

 そして、恐る恐る振り向いた先にいたのは──今まで見た事もない、イヌ科の動物だった。


「は、はは……ひょっとして野良犬かな? こんな所で何やってるのかな? こんな所に来たって餌は無いと思うよ? あ、ひょっとして餌って僕かな? なーんて……おわぁっ!!」


 後ずさりながら冗談を言おうとした僕だったが、いきなり飛びかかってきたイヌ科の何かの突撃を咄嗟に躱して、玄関に向かって必死に走った。


「ひああああああああっ!! ぼ、僕なんか食べても美味しくないよぉ!!」


 がむしゃらに足を動かして必死に走る。

 はっきり言って部屋一つ分ほどの距離しかないのだから大した距離ではなかったけど、それでも恐ろしく遠く感じる。


 背中から凶暴な唸り声を背負いながらも必死に逃げて、どうにか玄関のノブに飛びつく。

 しかし、そこで足を止めてしまったのがまずかったのだろう。

 ドアを開けるのに手間取っている間に左足に凄まじい痛みが襲ってきたのだ。


「うがああああああああああ!!」


 自分でもビックリするくらいの大きな声だったと思う。

 でも、そんな事を考える暇もないほどの痛みに僕は必死になって右足でイヌ科の生物の顔を蹴りながら、ドアを開ける事に成功する。


 イヌ科の生物は首を何度も振って、僕の足を食いちぎろうとしている。

 その動きの度に左足からはミシミシブチブチと嫌な音ともはや痛みとも取れないような強烈な熱が襲ってきて、僕は半狂乱になって部屋の中に飛び込んだ。


 その時、ボギィというまるで太い木の枝を折ったような音が響き渡り、右足の脛から先の感覚が一気に失われた。


「わあああああっ!! イダイ! イダイヨオオオオオオッ!!」


 涙でボヤけた景色に構わず、膝を抑えて転げまわる。

 ボヤけた景色ではあっても、脛から下の足が既に存在しないこと、そして、その切り口から大量の血が迸っている事。

 

 そして、その傷が見る見る塞がって、元通りの足の形になる所まで目撃してしまった。

 ズボンも靴も再生し、まるで初めから何もなかったかのような有様だ。


 でも、未だに痛みを感じるような足と、玄関に大量に撒き散らされた血液が、これが夢では無いと教えてくれた。


「……はは……嘘でしょ……。ほんとに夢じゃないなんて……」


 どうやら、部屋の中に入ってしまえば先ほどの獣は中に入ってくる事は無いらしい。

 既に隔離された空間の中に閉じ込められて、僕は天井を見上げながら今後の事を考えた。


「こんな世界でどうやって生きて行けっていうのさ……」


 それは余りにもひどい現実を目にした僕の正直な感想だった。


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