Llibre Orientació

衣川 龗

プロローグ

 ——ぱたぱた、と小さな足音が昼下がりの教会に響き渡る。

 その足音が部屋の前に止まったかと思うと同時に、ドアが勢いよく開かれた。

「マリア先生!」

 二人分の声に振り返ると、ドアから小さな二人組が顔をのぞかせていた。

「エレン、ハミル、どうしたの?」

 二人にマリアは微笑みながらそう尋ねた。

「エレンと図書室に行っていたんですけど……」

「そしたらね、開けない本を見つけたの!」

 もみじのような手が分厚い革装本をマリアに渡した。

(これは……)

 マリアは本をじっと見つめ、しばらくしてから口を開く。

「この本はね、特別な本。意思を持つ本なの」

「「意思……?」」

 そう言って二人は顔を見合わせる。

「そうよ。私たちみたいに好きとか嫌いとか色々な気持ちを持っていて、好きだなって思う子の前にだけ現れ、その子にだけ中を読ませてくれる本なの」

 二人はマリアの言ったことを理解しようと、その小さな頭で必死に考えを巡らせているようだった。

 しばらくしてハミルが尋ねた。

「その本には何が書いてあるんですか?」

「それはね……」

 するとマリアは二人の前に掌を上にして手を出した。

 ——ポン、と音がしてその手のひらの上の虚空に火の玉が現れる。

「わぁ! 魔法みたい!」

 そう言ってエレンが目を輝かせる。

 そんなエレンにマリアは優しく語りかけた。

「そうね、魔法みたい。でもね魔法とは少し違うのよ」

「どういうこと?」

 少し考えるそぶりを見せてからマリアは話し出した。

「魔法はね、悪魔とか精霊の力を借りる物なのだけど、これは神様の力をお借りして起こす『奇跡』なの」

「神様……」

「奇跡……?」

 二人はまた顔を見合わせる。

「ふふ、少し難しかったかしらね」

 マリアは少し思案してから本を子供達に手渡す。

「この本はあなたたちにあげましょう」

「え!? それじゃあ贔屓になってしまいますよッ頂くことはできません!」

 すかさずハミルが反論する。

「ハミルは偉いわね。でもね、この本は私にはもう読ませてくれないの……本なのに誰にも読んでもらえないなんて可哀想でしょう? この子のためにも、もらってくれないかしら」

「はい!」

「…はい」

 エレンは元気よく、ハミルは渋々と言った体でそう答えた。

 マリアはそんな二人を慈愛に満ちた目で見つめる。微笑むと彼女の皺は一層深くなった。

「ありがとう、二人とも。この本はね、あなたたちに本当に必要になった時に読めるようになるの、その日まで大事にしてあげてね」

「「はい!」」

 今度は二人とも元気に答えた。



 ◆ ◆ ◆



 その時の僕たちには、“その日”がいつのことを指しているのかなんて、全く見当がつかなかった。

 ただ、 “その日”というのが、“先生が亡くなる日”のことだったなんて。

 僕たちは思いもしなかったんだ。



 ◆ ◆ ◆

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