なんか出てる →   ξ   

ちびまるフォイ

そしてあの名言が生まれた

「なんだこれ?」


地面からコンクリートを突き抜けて、1本の黒い毛が生えていた。

毛先はくるんと丸まって下を向いている。


ぶちっ。


引き抜くと、指の第一関節ほどの小さな毛が抜けた。

毛根までしっかりあることに、いたずらにしては手が込んでいると納得した。


翌日、同じ場所にまた毛が地面から生えていた。


ぶちっ。


引き抜くと今度は昨日よりも長くなっていた。

これは誰のしわざだろうとスマホの録画モードを監視カメラに見立てて

24時間監視して毛の犯人をとっちめることにした。


「どうなっているかな」


映像を早送りで確かめると、犯人などは映っていなかった。

地面からもこもことせりあがるようにして毛が伸びていく成長記録だけが残されていた。


これは大発見だと近くの大学に持っていくと、露骨に嫌な顔をされた。


「またか……」


「またってなんですか? 地面から毛が生えているんですよ。

 こんなに貴重なものを寄贈すると言ってるのにリアクション薄くないですか」


「いやもう、かなり報告されてるんだよ。これ」


「え?」


教授がテレビをつけるとニュースでもこの毛が特集されていた。


『今、全世界で目撃されている毛! これはいったい何なんでしょう!?』


「教授、なんなんですか?」


「まっっったくわからん。人間の毛質に近いとはわかったが……。

 どうして地面から生えているのか、植物の一種なのか、理由が全く分からない」


「研究者なのにわからないんじゃ、給料泥棒じゃん」

「この英知で調べてやっただけ感謝しろ。硫酸飲ませるぞ」


その後も、通称:地球の毛 は勝手にぐんぐん伸びていった。


最初は意識しないと確実に見落とすほどの小さなサイズだったのに、

今はジャックと豆の木のジャックが登りたくなるようなサイズまで成長した。


「す、すっげぇ……」


このサイズにまでなると、さすがに悪影響が出始めた。


『本日、地球の毛により高速道路が通行止めになりました』

『地球の毛により日照不足で近隣住民のクレームが社会問題に!』

『新築の家を地球の毛が貫通! 損害賠償はいったい誰に?』


新聞もニュースもママ友の会話も、地球の毛一色になった。


『みなさん、ただいま国際会議により地球の毛を除去することが決まりました。

 すべての地球の毛を今日から一週間の間にすべてそり落とします。


 もし、未処理の地球の毛をご存知の方は政府までご連絡ください。

 連絡した人には政府から報酬金が付与され、嘘をついたら罰金がとられます』


農業で使うような大型の刈り取り機が閑静な住宅街を走り抜けていく。

太く、高く育った地球の毛をバリバリと音を立てて刈り取っていく。


「いいぞー!」

「剃っちまえー!」


最初は地球の毛を面白がっていた人も、

ここまで巨大化するとは思わなかったので刈り取られる風景はまさに痛快。


国を巻き込んでの一大抜毛プロジェクトにより、地球の毛は一掃された。


『みなさん、ご協力ありがとうございました。

 明日からは地球の毛に振り回されることなく、いつもの日常が戻ってきます』


満足そうにしていた政治家の頭には毛がなかった。



その翌日。


「な、なんで……?」


黒々とした巨大な毛柱が出来上がっていた。

それどころか、昨日よりもさらに太く巨大になっている。


本数も増えていて、道路は毛のせいで車は通れなくなってしまった。

地球の毛の陰から飛び出してくる歩行者で自転車もおちおち乗ってられない。


『すぐに再度、地球の毛を除去します! 今度は永久脱毛です!!』


毛のないお偉いさんも、昨日「もう大丈夫」などといったせいで焦っていた。

今度はコンバインのような大型機械ではなく、白い服とゴーグルを付けた特殊部隊がやってきた。


「離れて! 消して光を直視しないでください!」


地球の毛に集まる野次馬を人払いすると、手に持っているレーザー銃から光が発射された。

脱毛に使われる高収束レーザーが毛柱にジリジリと吸収されるがびくともしない。


「バカな……」

「ダメだ! 表面が固すぎてもう通じない!」

「まるで鋼だ!」


「俺に任せろ! ぶった切ってやる!」


そのあとにやってきた大型チェンそーも、刃を粉々に砕かれてしまった。


「まさか……何度も剃ったり抜いたりしたから、固くなったんじゃ……」


人間の文明を結集したありとあらゆる兵器をもってしても、

この毛を破壊することはできなかった。削ることすらできない。



万策尽きたと地球の毛が放置されること数日。



住宅街は地面から新しく生えてきた毛により破壊され、

高く伸びた毛により太陽の光は地上まで届かなくなっていた。


「お怒りじゃーー! 地球様のお怒りじゃーー!」


地毛教(ちげきょう)なる怪しい宗教が流行するほどに、人は追い込まれていた。

ついに人類は地球を放棄する計画に打って出た。


『みなさん、これから地球の毛を根絶やしにするオペレーションを行います。

 そのために地球にいるのは危険なのでいったん宇宙に避難してください』


女児アニメを中断する形で割って入った政府発表はシリアスそのもの。


『宇宙船で地球を脱出するタイミングで、地球の毛をすべて焼き払います。

 いったん地球は火の海になってすべてが焼け落ちた後、また地球に戻ります』


地球の毛の焼き畑計画が実行される。

人々は宇宙船にぎゅうぎゅうに押し込められ、宇宙船のガラスには顔を押し付けられた。


全員が宇宙船に避難してから地球の毛は一気に火をつけられた。


刃物もレーザーも通さなかった毛がチリチリと燃えていく。

宇宙船からも地球が火の海に包まれているのが見える。


あっという間に地球の毛を焼いていた火は消えた。



そして、その時の地球を見て、誰かが言った。



「地球は青かった……」



今でも宇宙船からなら毛の毛根が透けて、ひげで青くなった地球が見えるという。

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