第2話 「浮気」と「不倫」と「セフレ」

「浮気」か、「不倫」か、「セフレ」か。

 どうも世間ではこの3つの言葉で分けられるらしい。わたしたちはどうなんだろう……と布団を干しながら考える。

「浮気」、なんか遊びっぽい字面がいや。

「不倫」、結婚してる相手とをする。夏目漱石の小説みたいだ。

「セフレ」、体だけの関係……。


 ベランダでしゃがんで考える。

 やっぱ、「不倫」かな? たくみはわたしを愛してるかな? 愛してなければ「セフレ」に降格だ……。わたしは、好きだけど?本当は千寿ちずちゃんだけしか好きじゃないかもしれない……。




「わーい、瑠宇るう先輩、だいすきです。いつも美味しいもの、持ってきてくれるから」

「おだてたって、そんなにいいもの、持ってこないよ」

 巧とわたしと千寿ちゃんは同じゼミだったので、「他意はありません」という顔でゼミを訪問する。


「どれ食べてもいいですかー?」

「なんでも食べてね」

「巧先輩は、どれにします?」

 相変わらず和やかな雰囲気に、学生時代を思い出す。

 巧は、わたしがゼミに行っても普通だった。

「瑠宇に1つ、選ばせてやれよ。俺は後でいいから」


 そして、相変わらず優しい。わたしはそんな優しい場所につまらない嫉妬をして来てしまったことに居心地の悪さを覚える。

「えーと、わたし、帰るね。ケーキはみんなで分けて。それじゃ、またね」

「見送りってくるわ」

 当たり前のように巧が送ってくれるけど、千寿ちゃんは傷つかないんだろうか?……わたしなら、絶対、嫌だな。


「どうしたの? 急に」

「……わたしがもし、うちで倒れたら……飛んできてくれる?」

 巧は「ん?」という顔をした。

「最近、また具合悪いの?」

「あー、うん、ちょっと」

 わたしはぼそぼそっと喋った。エレベーターの中でキスをした。ああ、この人を知りすぎちゃったな、と後悔する。


「いつだって許されるなら、れいに殴られても、瑠宇のそばにいるよ」

 むかし、わたしと黎が学生のときにキスした階段脇の暗がりで、彼はわたしの髪をくしゃっとかきあげて耳元にキスをした。




 子供かー、子供……嫌いじゃないし、むしろ好き。あの、よちよち歩く姿も、ベビーカーで愚図ってる姿も愛おしい。

 でも、わたしは産めるんだろうか?

 特に病気はないんだけど、子供の頃からすぐに具合が悪くなる。ちょっとしたことにプレッシャーを感じる。




 プレッシャー……つまり、ストレス。

 今はまさにストレスフル。具合も悪くなるはずだ。




 結婚式の日に、千寿ちゃんと巧がつき合ってあることをゼミの子に聞いた。巧は真剣な目をした。覚えてる……。壇上にいるわたしに向かって、

「もう、卒業するよ」

 と巧は言った。


 それきり本当に連絡が取れなくなって、秋口に駅でばったり会った。何しろわたしと黎のうちは、大学のある駅の隣の駅が最寄りだ。

「えーと、えーと」

 髪を耳にかけながら、ひどく動揺した。捨てられた男にばったり会うなんて、予定外だったから。

「……久しぶり」

 巧も横を向いて気まずそうだった。


「久しぶり。駅、隣だもん、今まで会わない方が不思議だったよな」

「……そだね。あー、普段あんまり家から出ないし」

「専業主婦か。……少し、痩せた?」

 巧の手のひらがわたしの頬を包む。ああ、ダメだ。キスを期待してしまう……。

「……そんな顔しなくても取って食ったりしないよ」

 しないんだ。

 がっかりなのか、安心なのか、まるでわからない。ふう、とため息が不意にこぼれ落ちる。


「立ち話で疲れたんじゃない?」

「やー、そんなのでは」

 急に目眩がして足元が揺れ始める。大きな地震が来たように立っていられない。しゃがみこむ。

「瑠宇?」

「……ただの目眩。耳鳴りがしんどいけど」

 目眩がおさまると、自宅にいた。




「ごめん、黎がいないときにここには来ないって決めてたんだけど……」

「黎が帰ってきても、事情話せば大丈夫だよ」

「だよな、あいつ怒らせなければ大人しいし。最近、働き始めてからめっきり大人の顔してるしな」

「……」

 まだ夏とともに逝きそびれたセミの声がする。マンションの壁にいるのかもしれない。


 よくある、衣服を緩めて、なんて展開はなくて、わたしはワンピースで見るからにゆったりした服装だった。

「ごめんね、迷惑かけた」

「瑠宇のためなら、どこへでも行くよ」

「……卒業したんじゃないの?」

「あー、卒業」

 巧はうちのソファに座っていた。黎と選んだアイボリーのファブリックソファ。


「ごめん、瑠宇のことばっか、思い出す。小さい頭や細い顎や笑顔や……体」

「千寿ちゃんと上手く行かないの?」

「……瑠宇は特別なんだよ」

 巧はソファから立ち上がった。スポーツをしていた彼の体はしっかりしていて、あの肩にしがみつきたい衝動にかられる。


「ダメ、ベッドはダメだよ……」

「黎にバレるのやだ?」

「知ってるくせに」

「黎と俺……比べるなんて意味がないってわかってるんだ。それでも聞くなんてバカだよな」

 行き場のないわたしたちは、フローリングの床の上で重なった。

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