第34話 力

 襲撃者たちから逃げ切った。命からがらというわけではなく、余裕があったのが正直なところだが、襲撃者はかなりの使い手だった。


 全員で町に入ったのがまずかったのかもしれない。

 町中で襲撃されたために、最後までとどめを刺すことはできなかった。ラングウェイの魔法も周囲の一般人を巻き込むかもしれないと思うと多用できなかったし、コラッドの召喚獣も大き過ぎた。

 ほとんどの輩がかなりの使い手で精鋭といっても過言ではなかった。あの構えは西星流だろう。かつて僕のいた北神流と交流試合をしたことがある。その時にはちょっとした事件も起こったけど、基本的に北神流にかなうような流派ではないことを確認しに行っただけだった。師匠の息子の演技を台無しにした兄弟子を殺めることになった、あまり思い出したくない事件である。


 襲撃の人数は四人と少なかった。襲撃の指揮をとっていたと思われる輩に撃翔斬を放った僕は、最後のとどめを刺し損ねた。他の輩がその指揮官をかばったのである。代わりに死んだ輩をみて、その指揮官をどこで見たかを思い出した。あの悔しそうな表情は、師匠の息子と試合をした男である。かなりの使い手だったけど、僕の敵ではなかった。


「ダン、急ぐぞ。町を出る」

「分かった、コラッド。先に行け。日が暮れてから落ちあおう」


 物陰に隠れていた仲間たちを先に脱出させることにした。集合場所はすでに町に入る前から決めてあったのだ。

 僕はもう少し敵を引き付けてから、町を出る。物資の補給は十分にできたらしい。次の大きな町に寄る必要はなく、都まで野営をしながら行くこともできるようだ。


 襲撃者以外にも衛兵たちが僕らを追い駆けだしたようだ。わざと見つかるように走る。土地勘があるわけではなかったが、エルアの町の周辺には大きな川もなければ山もない。森が都に続く方角に少しあるだけで、町を出てしまえば方角が狂わない限り道に迷うことはないだろうと思われた。そして僕は町の北側に出るつもりで走っている。仲間たちは南から脱出するのだ。

 そしてそんな事もあったために思いもかけずにエルアの町を縦断した。町のほとんどを視界に入れたことになる。


 路地裏を走る。走っているだけでずいぶんと目だってしまう。今はそれが逆にいいのかもしれないけど、この国はどうなってしまったのだろうか。町の中に魔獣がいないだけ、まだマシなのかもしれないけれども、明らかに僕の知っているミルザーム国ではなかった。活気がなさすぎる。それでいて住んでいる人間の殺伐とした雰囲気が居心地の悪さを加速させていた。


 なんとかしないといけない。

 国を裏切った僕がそう思うのも変な感じがした。けれども僕の目標はミルザーム国を打倒することでミルザーム国を救うことなのだ。おそらくは他者には理解できないだろうと思う。実は僕も理解できていないのかもしれないけれども、納得はしていた。あの作戦をたてたという天才軍師アノーに問いかけるまでは死ぬわけにはいかない。


 追手がほとんどいなくなった。指揮官が負傷したというのが効いたのだろう。追撃はなさそうである。ただし、僕らが今ここにいたという情報はばれてしまった。次の町をふくめて厳戒態勢が敷かれるに違いない。都へ向かう道をもう一度考え直す必要がある。


 夕日が落ちるのを待って、僕は町を抜け出した。前もって打ち合わせていた集合場所まで、誰も僕をつけてこなかった。順調に行き過ぎている気もするが、誰かが危険になるよりは随分といい。僕を探しに出てきていたコラッドが手を振るのが見えた。

 これ以上暗くなると見つけられなくなるところだったけど、よく考えるとコラッドにはもっと前から見つけてもらっていたのだろう。空に、鳥が飛んでいたのを忘れていた。



 ***



 屈辱である。



 それ以上にこれを形容する言葉が見つからない。


 一太刀どころか、何もできないままに袈裟切りをもらった。鎧がなければ死んでいたのは間違いなく、その後の二の太刀で私をかばった部下は命を散らした。

 部下の手当の甲斐があってか血は止まったが、頭がぼーっとする。かなりの量を流してしまったのだろう。私は、それなりに西星流最強を自覚していたのか。無自覚に持っていた矜持というものが崩れていくのを感じた。


 記憶にあったダン太刀筋であれば、対処できたはずだ。だが、鬼神は見た目が大人になっていただけではなく、その太刀筋は私の予想を大きく超えて早く、力強く、そして予想もしない軌道で襲い掛かってきた。


 あの刀を思い出すだけで、心が潰されそうになり、背筋に冷たいものが落ちるのが分かる。しかし私の心のほとんどを占めているのは屈辱と自分自身へのふがいなさだった。


「ウラル様、動いてはいけません」

「ダンは、鬼神ダンはどうした?」

「足取りはまだつかめません。町をでてしまったのではないかと思われます」

「都だ、あいつらは都に向かうのだ」

「今は傷を癒してください。追跡は我々で」


 部下に追跡を任せれば、全滅することが分かっていた。いや、私が万全の状態で追跡をしたとしても結果は同じだろう。それを今回のことで嫌というほどに痛感させられた。あれは、止められない。


「力が……もっと力が……」

「お休みになって下さい。血が、足りておりません」


 動きたくても、体の動きは鈍かった。今であれば鬼神でなくとも、そのあたりのごろつきにすら負けてしまうほどの傷である。


 屈辱だ。私は鬼神ダンと戦い、死にたかったのではなかったのか。

 いや、違う。私は鬼神ダンと戦い勝ちたかったのだ。


 あれほどの相手をして勝てるかもと、どこかで思いあがっていたのだろう。強者と戦い勝つという至上の喜びを手に入れることができると慢心していたのだ。

 これほどに生に執着があったというのにも驚きである。現実を突きつけられた自分がここまで弱いとが認めたくなかった。


 力が……。どんな方法でもいい。鬼神ダンに勝つことのできる力が欲しい。


「ウラル様……?」


 私の目が狂っていることを部下に見られた。だが、私が何をしようと思ったかは理解できないだろう。何故なら、私は狂っていたからである。



 その時、ミオルに寄生された輩が私の様子を見にやってきた。

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