第33話 震

「このまま帰るわけにはいかない。そちらの最強と、次を。真剣を使ってもらってかまわない」



 若造が…… 。

 その場にいた者の多くがそう思ったはずだった。


 だが、最強と言われたはずの北神流のソードマンの多くが視線を伏せ、怒りをどう表現すればよいか分からないこちらを見ようとしない。


「最強は誰だ」

「無礼ではないか!」


 西星流の中でも若い輩が言った。それには多くの意味が込められていたが、私が西星流では最強との評価が高かったのが主な理由であり、つい先程、私は北神流の後継ぎと試合で引き分けたばかりだった。若造の目に、私は最強と映らなかったらしい。


「北神流ではこのような無礼がまかりとおるのか!?」

「無礼は百も承知。これは我らが矜持の問題である。最強と、次を」


 あろうことか、その若造は木剣を手に取った。西星流の最強二人を木剣で相手にしようというのである。全身から、血が沸騰したかのような感覚に襲われたが、試合が終わったばかりの私は全力を出せそうもなかった。それほどに、北神流の後継ぎとの試合は壮絶だった。


「私が」

「我も。我は最強でもその次でもないが、今のこの場では次点と心得る」


 二人の弟弟子が名乗り出た。私を気づかって、また北神流の若造への憎悪も手伝ってか、この二人を相手にすれば万全の状態の私でも勝つことは不可能だろうと思わせる殺気を伺わせる。


「後悔するなよ」

「そちらも」


 真剣を、と言った時点で手加減は無用という意味だった。あの若造は死ぬのだろうと思う。木剣などを持てば、真剣相手に鍔迫り合いすらできない。


「せ、西星どの! 我が弟子の非礼を詫びよう」

「北神どの、すでに止めることはできない」


 師範が何を言った所で、もはや止めることなどできるわけがなかった。それほどの侮辱を、北神流の若造から受けたのだ。


「いや、違うのだ」

「何が違うのだ。よい、始めよ」


 西星流の師範が言った。北神流の師範の言葉を遮った形で。彼が何を言いたかったのか、すぐに分かることになるとは、西星流の誰もが分かっておらず、北神流の誰もが知っていた。


「ぐあっ」

「あがっ」


 西星流の真剣はその男に届くことなく、弟弟子たちは二度と立ち上がることはなかった。


「北神流は、最強だ」


 その若造が睨み付けたのは、西星流でもっとも強いと言われた私と死闘を繰り広げた北神流の後継ぎだった。


「馬鹿が」


 だが、後継ぎの後ろに控えていた北神流の弟子の一人が、身じろぎしない後継ぎの前に出た。


「なんだ、何か文句があるのか? ダン」

「面汚しめ」


 前に出た弟子はその若造よりもさらに若かった。その少年とも青年とも言ってもいいかもしれない顔と、すでに作り上げられた体に違和感を覚えるほどだったが、ダンと呼ばれた男は木剣を構えた。


「やるってのか」

「実力も計れないような未熟者はお前だ」


 何と言ったのか。つまり、北神流の後継ぎは私と死闘を演じていた、文字通りに演技だったと、そうダンと呼ばれた男は言ったのである。いつの間にか、後継ぎは肩で息をしていなかった。



 ヒュン、という音がして、ダンは刀を構え直した。



 見えなかった。いつ、刀を振るったのだろう。そして、北神流の若造の顔面の皮が縦に一文字に剥がれ、私の目の前にべちゃっという音を出して落ちた。その皮は、木剣の幅であった。


「あががっ」


 あわてて木剣を取り落として顔を押さえる若造に対して、ダンと呼ばれた男も木剣を手離して若造を蹴り上げた。そして、馬乗りになって殴り続けた。


 誰も止めようとしない。時たま、続きをどうするかと後継ぎの方をダンは振り返ったが、後継ぎは微動だにしなかった。

 師範がやめよと言うまで、ダンは殴り続けた。ダンが血にまみれた手を止めた時に、若造は死んでいた。


「西星どの、詫びは後日」

「いや、詫びは受け取った」


 止めたのは、西星流の師範だった。


 ***


 西星流のウラルと言えば、それなりに名が通っている。西星流最強と言われ続けて数年。だが、ウラルは自分が最強などとは露ほどに思っておらず、北神流との交流試合で見た青年の剣が忘れられず、後継ぎに手加減されていた事にも気づかなかった自分を誇れずにいた。


「鬼神ダン…………」


 ウラルは最近になり帝国で頭角を表した武将が元はミルザーム国のソードマンではないかという噂を聞いた。

 帝が異界から異形の者たちを呼び寄せて変わってしまったミルザーム国を憂い、多くの輩が自死の道を選んだ中、ウラルはどうしてもそれを選べなかった。ダンが、あの北神流のダンではないかという思いが強く、そしてそれが現実ならば、刀を交えたかったのである。


 ウラルの思いに応えるかのように、ミルザーム国は帝国に侵略をしかけた。天才軍師と呼ばれたアノーがいれば、帝国に負けるような事はないだろうとウラルは思う。


 西星流の中でも重要人物であるウラルは、権力を使いダンの行方を追った。そしてダンたちが本隊とは別行動していることを突き止めると、これを追撃する作戦を指揮する立場へとなったのである。

 だが、追撃部隊の多くは魔獣で構成されており、そのほとんどがウラルの命令には従わなかった。仕方なく、ウラルは魔獣たちには好きに動くのを許す代わりに、ダンたちの目撃情報をもってこさせるようにしたのである。


 その成果が実る時が来た。ソードマンの部隊の一つが帰ってこないのと、魔獣たちが持っていた情報を合わせると、ダンと仲間たちが次に出現するであろう町が分かったのである。


 ウラルは部下を引き連れてエルアの町へと向かった。その手は恐怖と喜びで震えていたという。

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