第31話 狂
南下して国境を越える。夜間に移動することで極力発見されないように、気を付けて。
五人での移動は思いのほか上手くいった。コラッドの鳥の召喚獣が周囲の状況を逐一警戒してくれるというのと、もし異界の魔物がいたとしてもこちらから急襲することで他に情報を漏らさない構えである。
ミオルには指揮系統を司る個体があるということも分かった。それらは拙くはあるが会話も可能であるという。そのために異界の軍勢が組織されているというのが決定的となった。おそらくはミルザーム国軍との混成の形で帝国に襲い掛かっているのだろう。一刻も早く、入り口を塞ぐ必要がある。
しかし、日中には英気を養うだけである。日が刺さない洞くつなどを探し出して休憩を取りながら、簡単な食事と睡眠を済ませた。食料も少なくなってきているためにどこかで村による必要があるが、そうすると情報が漏れる可能性もある。
「ミルティー、そのフェニックスというのはどのくらい召喚し続けられるんだ?」
「誰がミルティーだ! 略すな!」
ラングウェイがミルティーレアをからかっていた。ラングウェイがあのように接することができる人物は意外と少ない。
「ん? だってコラッドがこの前そう呼んでたぞ? いや、嫌ならばもう俺はそう呼ばんが」
「コ、コラッドが……」
「コラッドにも伝えておくとしよう。仕方ない。おーい、コラッド!」
「い、嫌じゃねえよ!!」
「あんまりからかって遊ぶんじゃないわよ。この子、図体はデカいけど中身は小娘なんだから」
最終的に、だいたいアイリが助け舟を出して終わる。僕はその光景を見ているのが好きだった。かつての輩たちはこのような冗談を好む者は少なかったが、いないわけではなかった。ただし、僕がそのような輪に入ることはほとんどなかった。刀の事ばかり、考えていたからだ。
「ダン、どう思う? やはり国都に入り口があるか?」
「ああ、僕の予想が正しければ都に、それも帝のおわす御殿にあるかもしれない」
地図を睨みながらコラッドの質問に答え、僕は考えた。輩たちは帝を人質にでもとられない限り、異界の魔物たちと手を組むとは思えない。かつての僕も帝が人質に取られていたならば血の涙を流しながらでも帝の命を優先しただろう。しかし、すでに僕の忠誠には帝にはない。
リヒトはどうしているだろうか。彼がやすやすとミルザーム国と異界の軍勢に負けるとは思わない。しかし、現在の帝国の状況と、初撃が奇襲であったことを考えると劣勢に立たされているというのは間違いないだろう。
他の国々が帝国に手を貸すか? 幸いと言っていいかどうかは分からないがあの国は周辺諸国にまで襲いかかっている。敵の敵は味方という単純な思考を国同士でできるとは思わないが、帝国が敗れれば周辺諸国の中でミルザーム国に対抗できるような国はいなくなるだろう。
***
拍子抜けなくらいに簡単に国境を越え、ミルザーム国の北部の村に立ち寄った。僕だけであれば、目立つこともないだろうと単独で村に行ったが、それでも村の住民たちからの視線を浴びた。
男がいないのだ。輩のほとんどが戦場に駆り出されたに違いない。
異様な雰囲気の村の中で、誰もが僕を見てヒソヒソと話している。すべてがミルザーム国の間諜に見えてきた。実際にこの中の一人はそうなのだろうが、その人物の目に留まることなくここをやり過ごそうとしたのは失敗だったのだろう。
旅装を整え物資を買い込むが、それは明らかに一人分の物よりも多い。五人もいるのだから仕方ないのであるが、一人で村に来てしまったのが逆に怪しまれた原因になってしまった。
「まずい、目立つつもりはなかったが村には全く男手がない。旅の最中と言えども僕は目立ってしまったようだ」
「すぐにここを離れよう」
コラッドはそう言った。だけど、ラングウェイは違うようだ。
「もう間に合わんだろう。ミオルとやらはすぐにここに着く。それよりもある程度の迎撃の準備をするべきだ」
ラングウェイの感触だと、異界の魔獣の中でもミオルという人間に寄生するものがいなければ魔獣たちの指揮が取れないのではないかという事だった。事実として、今まで僕たちを襲撃してきた異界の魔獣たちの中には必ずミオルに寄生された輩が混じっており、それも少しだけだが意志の疎通ができるやつだった。
他に、魔獣の指揮がとれる者がいるとしても、そこまで数は多くない。そしてそのほとんどが主戦場である帝国との国境に向かっているはずである。
皆はラングウェイの話に納得したようだった。たしかに移動先で疲弊した状態で戦うよりはここである程度の数を減らしてから動くというのも悪くなさそうだ。少なくとも輩の姿はこの辺りにはないのである。
「どのくらい、ここで籠城するんだ?」
村の近くの洞窟上に窪んだ場所で野営するとして、もしかしたら場所を移動するかもしれないが、日数を前もって決めておこうとコラッドが提案したのだ。
「二日。南に移動して、更に二日でどうだ?」
「よし、そうと決まれば飯を食って休憩しよう」
誰もラングウェイの提案に反対しなかった。僕はあまりその辺りの事を考えても上手くいかない。コラッドが反対しなければ、ミルティーレアも反対しない。アイリは、本当にまずい時は反論してくるが、基本的にはラングウェイの事を信頼しているようだった。
再会した時に比べてコラッドは頼もしく見える。そう言うと、彼は僕が変わったのだと言い、笑い、先に寝ると言った。
最近、ちょっとした事で気分が高揚する。この感情が何かは分からなかったが眠れそうにない僕は見張りに立候補した。
僕の見張りの時間が終るまでに、ミオルに寄生された輩が数匹の魔獣を率いてやってきたけど、僕は何故かずっと嬉しくて、仲間を起こす前にそいつらの首を全部はねたのだった。次はミルティーレアの見張りの番だったけど、僕は彼女を起こすことなく見張りを続けた。
何か、僕の中の何かが狂って来ている。それとも、前が狂っていたのか。両方とも狂っているのか。分からないが、喜びに近いものを僕は感じていた。
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