マリアの臣下

 夏の離宮へと移ってバルビナは日々の重圧から少し解放され、ほっと息を吐く。ビアンカの世話係も兼任しているため、忙しかったが国王の図らないで離宮にいる間は出来るだけ休むように言われている。

 あまりに優しすぎじゃ無いだろうかとバルビナは思ったが、それが国王であるので特に気にもせず自分の時間を満喫することにする。

 今は、仕えるべき主であるマリアも側にはいない上、レイヴァンも行方知れずだ。どうも落ち着かない。

 ふと夏のかおりを感じて窓を見れば、マリアに仕えたときのことを思い出してしまった。



 五年前、まだ王妃にひろわれたばかりの頃。このときのバルビナは、暗殺者から足を洗ったばかりだから礼儀もなってはいなかった。

 言葉遣いも汚いから、よく同じメイドに怒られていた。

 こんなので王女の世話係なんて務まるはずが無い。何度も、王妃に考え直すようにいったが聞き入れてもらえず結局、王女に仕えることとなった。

 しかし、王女と言っても表向きは王子であるのでメイドである自分が彼女を支えなくてはならない。そんなの、出来ないと拗けていた。


「いいから、マリアと会ってみて」


 王妃にいわれ、つれられて部屋へ来た。しかし、部屋には誰もおらずがらんとしている。


「ああ、マリアったら、今日は新しく仕える騎士とメイドを紹介するから部屋にいるようにと言っておいたのに」


 どうやら自分の他にも王女にお仕えする者がいるようだ。王妃がここにいるように言い、部屋を出て行ってしまう。

 暇になったので王女の部屋を眺めてみる。王族らしい豪華なベッドに内装。それから、可愛らしい小物の数々。かわいい女の子なのだろうかと思っていると窓の外がなんだか騒がしい。

 なんだろうと思い、部屋の窓からバルコニーへ出てみると木から幼い少女が足を滑らせて木から落ちた。思わず目をつむったが、少女は年若い騎士にかかえられている。どうやら、彼が抱き留めてくれたようだ。

 ほっと息を吐くと少女の元へ正騎士長であるクリフォードが駆け寄ってくる。そして、若い騎士に何か言ったかと思えば、騎士は少女にうやうやしく頭を垂れた。

 やがて、その姿がどこかへ行くと今度は扉が開かれ王妃と共に先ほどの少女と若い騎士が入ってきた。


「紹介するわね、バルビナ。この子が私の娘、マリアよ」


 まさか、と思わず少女を凝視してしまったがあわてて跪き自らの名前を言った。


「バルビナと申します」


 すると、少女は花を咲かせるように笑みを浮かべた。


「おぬしが母上の言っていた。とても強いというメイドなのか」


「い、いえ、そのようなことはございません……!」


「顔をあげてくれ、バルビナ。これから、よろしく頼む」


 言われるままに顔を上げると少女には見えない、まるで一国の女王のような笑みを浮かべた王女の姿がそこにはあった。

 それから、バルビナは王女の身の回りの世話すべてをすることとなった。若い騎士も困ったときは助けてくれるので、正直に言うと助かっている。

 そんなある日、少し目を離した隙に王女の姿が見えなくなっていた。あまりに焦燥してしまい、若い騎士に相談した。


「いいから、探しに行きましょう」


 その一言で我に返ると城中をさがしまわったが見つからず、泣きそうになってしまう。


(私がもっとしっかりしていれば……)


 そのとき、騎士に連れられた王女がバルビナの顔を覗き込む。


「バルビナ?」


「王子、いったいどこにおられたのですか! 探したんですよ」


「え、ええと……木に、のぼってた……」


 歯切れ悪く王女は言う。このとき、怒りでも苛立ちでもなくただ「良かった」という思いが溢れたのをバルビナは今でも覚えている。


「もう勝手にいなくならないで下さい。心配したんですから」


 今まで相手してきたのは人を陥れようと考える人間ばかり。そんな人間ばかりを見てきたからこそ、王女の笑顔は何よりも輝いて見えた。


「ご、ごめんなさい」


 困ったように微笑んで王女が言った。


「そうですよ、王子。あまり人を困らせるものではございません」


 若い騎士が王女に諫める。それに乗っかって「それに」とバルビナが言葉を紡いだ。


「木に登っていたそうですけれど、足を滑らせて頭を強打したりしたらどうするんですか。王子の笑顔が見えなくなったりしたら、私かなしいです」


 本心からの言葉だった。純真無垢な、この王女の側に自分のような穢れた人間がいていいのか苦しむけれど、この笑顔がどうか曇らぬよう守っていこうと思ったのだ。


「ごめん、バルビナ。滑らさないように気をつけるから」


「どうしてそうなるのですか!」


 若い騎士とバルビナの声が重なった。少しの間、無言が続いたが若い騎士とバルビナは目を合わせ、吹き出して笑いはじめる。王女はぽかんとして、二人を交互に眺めていたがつられるように笑いはじめた。



 ふと気づくと窓の外は夕闇に沈んでしまっている。さすがにぼんやりしすぎたと思い、バルビナは立ち上がり部屋をあとにした。

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