ソロモンとカミラ

 蝋燭ろうそくの火が風にあおられて小さく揺れる。一瞥もせずにソロモンは本を読みふけっていた。

 時刻は零時をすでにまわり、深夜になっている。今はシプリン支城に身を寄せており、ここから挙兵し国を取り戻そうという時であるのに眠れずにいた。

 本を読むのもいいが、このままでは眠れないと少しばかり焦りを覚えはじめていると静けさをやぶるように扉をたたくおとがひびいてくる。このような時間に尋ねてくるとは誰であろうか。レイヴァンかもしれないと思い、扉を開けてみるとそこにはクレアが立っていた。


「ソロモンさん、ごめんなさい。こんな時間に」


「いや、かまわないが、どうかしたのか」


 クレアが来ることに驚いてそう返して部屋の中へ通す。眠れないのか、と尋ねれば「実は」と言って小さく笑う。


「けど、ソロモンさんの部屋から灯りが見えて」


 なるほどと思い、ソロモンは机の上に開きっぱなしだった本を閉じる。何か飲むかと尋ねれば机の上にあった水差しでいいと答えたので空いていたコップに水を注いでクレアに渡した。コップに口をつけて、ちびちびと飲み始める。


「そういえば、ソロモンさん。カミラさんとは恋人同士だったそうですけれど、別れちゃったんですか」


「だれがそんなことを言ったんだ」


 困ったようにクレアが肩をすくめれば、ソロモンは頭をかかえる。


「どうせ、レイヴァンかエイドリアンがなにか言ったのだろう。やれやれ、別れたわけでは無いというのに」


「え、別れてないんですか!」


「少なくとも俺は別れたつもりはない」


 断言するソロモンがなんだかおかしくてクレアはくすりと笑う。


「じゃあ、教えてくれませんか。ソロモンさんがここで勤めていたときの話」


「もう、七年も昔になるか……」


 そう呟いてなつかしむように当時のことを話し始めた。



 当時、十六歳だったソロモンは学び舎を卒業し、正式に公爵としての地位についてすぐだった。勅命がおり、シプリン支城に盗賊が出るからどうにかしてほしいと言われた。謹んで受けたが、ソロモンは体の良い追い出しだろうと考えていた。前の参謀である父は公務をほうりだして行方をくらましていたから、その息子なんて信用に足らないと考えているのだろう。辺境の地でのんびり暮らすのも悪くないだろう、とも考えソロモンはさっそくシプリンへと向かった。

 シプリンへつけば思っていた以上に賑わっており、とても盗賊が出るように見えない。やはり、ただ辺境の地へ追いやっただけかと考えていれば支城の主であるバルナバスがソロモンを迎えると同時に大いに喜ばれた。


「ああ、あなたがソロモン閣下なのですね! お待ちしておりました」


 バルナバスが言うには、夜に盗賊が城に忍び込んでいるという。てっきり、国王の口実だと思っていたがバルナバスの様子から嘘には思えない。これが演技であればたいしたものだ。

 そんなふうに思っていると部屋に作業着を着た男のような女性が部屋へ入ってきた。彼女はバルナバスの娘のようで、挨拶はするが愛想は無い。いくら貴族でも、こんな女性とは付き合いたくないなとソロモンは心の底から思っていた。



 夜になり、用意された自室で休んでいると何やら物音が響いてきた。もしや、盗賊であろうかと思い、部屋を抜け出して音を辿っていくとそこには、バルナバスの娘が何やら道具を使い何かをしていた。


「何をしている」


 娘の目がこちらへ向いた。


「錬金術」


 娘は不機嫌そうにも答えてはくれた。

 ソロモンも聞いたことはあったが、こうして見るのは、はじめてだ。興味が惹かれて、娘にさらに問いかけた。


「これは、何をしているんだ」


「薬を作っている。病人や怪我人のために」


 貴族の娘がそのようなことをするとは驚きだ。今度は娘自身に興味が惹かれてしまう。


「な、なんだよ……」


 言葉遣いはぶっきらぼうであるが、きちんと説明してくれるあたり良い娘のように見える。城を追い出されたことは厄災だと思ったが、このような娘と会えるのであれば願ったりだとソロモンは思った。

 そのとき、今度は奇妙な音が耳をついてソロモンは、眉を潜める。その音を辿ると今度は、物置へと着いた。恐る恐る物置を開けてみれば、そこには黒い服をまとった奇妙な男が数人いた。


「お前等か、盗賊っていうのは」


 静かに言ったソロモンに向かって男たちの目線が集まる。これならば、知略を以てしなくても大丈夫だろうとソロモンは思っていたが、盗賊達は頭上に向かって何かを放ったかと思えば“それ”が大きな音をたててはじけた。音に気を取られている間に盗賊達の姿は霧散霧消してしまう。どうやら、逃走経路を把握しているようだ。これはやっかいだと舌打ちするとソロモンは翌日、バルナバスに告げて倉庫や物置など狙われそうなところを兵達で囲うよう指示した。

 単純なことではあるが、今までしてこなかったのだからいくらか違うであろう。

 そのあと、ソロモンは娘の元へ行った。盗賊達がいったいどのような道具を持っていたのか知るためだ。錬金術師であれば、知っているかもしれないと望みをかけて娘に盗賊達が持っていた物の特徴をつたえれば、娘はすんなりと答えてくれる。


「たぶん、発音筒と呼ばれるものだ。大きな音で相手に耳鳴りを起こし、行動を鈍らせる」


「よく知っているな」


「一応、少しは錬金術をしているからな。だが、そんなものを作れる人なんて街にいるのだろうか」


 娘は疑問をそのまま口にする。確かにとソロモンは思い、腕を組んで悩み込んでしまう。


「カミラ、といったか。おぬしは発音筒を作ったことがあるか」


「試作程度に……」


「なら、その発音筒はどこにある」


 ソロモンが問えばカミラは部屋の奥へ行き、探し始めたが見つからないらしい。


「おかしいな、ここに入れていたのに」


「もしや、盗まれたのでは」


 ソロモンが考えを告げると娘は「そんな、はずは…」と歯切れ悪くいい、部屋の中をさらに探し始める。しかし、結局は見つからなかった。


「彼らが盗んだとするならば、納得できる。いくつ作った?」


「三つほど。盗賊が私のを盗んだのだとすると彼らはあと一つしか持っていないことになる」


 娘が言うには、前に兵士に見つけられたときにも一度、使っているという。


「だが、今夜の彼らは捕らえられる」


 娘が断言するのを聞いてソロモンは不思議そうにした。


「なぜ、わかる」


「彼らが持っている発音筒が私が作った物だと仮定すれば――」


 娘が“残った発音筒”について話したとき、兵士の一人が駆け込んできた。


「ソロモン閣下、ここにおられたのですか」


「どうかしたのか」


「はっ、申し上げます。シトリン帝国軍が国境を越えつつあると」


「なんだと」


 ソロモンは焦燥を浮かべた。それから、王都からの軍を尋ねれば「今、正騎士長が率いる軍がオブシディアン共和国に派遣されているため、こちらへ来るのには時間がかかると」と兵士は答えた。まさかシトリン帝国はオブシディアン共和国を狙ったと見せかけてベスビアナイト国を狙ってきたのだろうか。もしそうであるならば、かなりの策士だ。


「それで兵の数は」


「歩兵が九千、騎馬兵が一万といったところだと」


 シプリン支城の兵の数とほぼ同じだ。兵法によれば『互角の兵力は勇戦する』とある。しかし、勇戦してよいものだろうか。勇戦するよりも先になにかすべきではないだろうか。

 はっとしてソロモンは、兵にあることを言いつけると今度は娘に告げた。


「おぬしには盗賊を任せるがよいか」


「ああ、いいよ。でも、私ではとうてい掴まえることはできないと思うけれど……」


「いいや、大丈夫だ。いくらか兵を支城へ残して進軍する」


「だが――」


「大丈夫だ、俺を信じろ」


 迷いのないソロモンに、カミラは頷いた。




 その夜。兵の言ったとおり、シトリン帝国軍が国境を越えてきた。


「本軍はオブシディアン共和国の方へいっているはずだし、たやすく城を落とすことも出来よう」


 兵の一人がそう言えば、皆もそれを疑わないようで「そうだな」と口を揃えて言った。そのとき、シトリン帝国軍に向かって数多の矢が降り注がれた。


「くそ、伏兵か」


 遠回りになるが迂回をすれば、今度は深い“ぬかるみ”に陥る。シトリン帝国軍の兵達は身動きが出来なくなってしまったのだ。




 そのころ、シプリン支城では娘カミラが盗賊達を見張っていた。物置で物色する音が聞こえてきて、カミラは兵と共に突入する。

 盗賊はすかさず、発音筒を宙へ投げる。けれど、何も起こらす床の上へ転げ落ちた。

 それをカミラが拾い上げ、薄ら笑いを浮かべる。


「悪いな、これは失敗作なんだ」


 そう言った後、兵に盗賊を捕らえさせた。



「へえ、それでシトリン帝国軍も盗賊も捕らえたんだ」


 感心したようにクレアが呟く。


「ああ」


「でも、よく“ぬかるみ”があるって気づいたね」


「シトリン帝国軍はわざわざ迂回をしてシプリン支城を攻めてきた。奇襲をしようと考えていたことはすぐにわかったし、ちょうどその日の前日、雨が降った。彼らが通るべき道も予想がついていたのと兵に下調べもさせておいたからな」


 ぬかりはない、とソロモンは笑う。


「じゃあ、そのあとカミラさんとは?」


「ああ、俺はすっかりカミラのことを気に入ってしまってな。毎日、錬金術の工房に通っていたらうざがられて工房を高台に移してしまった」


 残念だと言いながら、ソロモンの口元は笑っている。高台に移しても通っていたんじゃないかとクレアは密かに感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る