S→←G

獺野志代

晴れない

毎週木曜日はいつも委員会で遅れてしまう。しかし、今日はいつもより更に時間がかかってしまい、時計を見るともう既に6時17分だった。外は薄暗く、気温も低めで少し肌寒い。そのうえ、畳み掛けるように驟雨しゅううが私に襲いかかる。せっかくまとめた委員会の書類を濡らしてしまうのは心苦しいなぁ、そう感じながらも、渋々鞄を持ち上げて、頭を申し訳程度に守った。ピチャピチャと小気味のいい足音を立てながら、近くの写真スタジオに駆け込んだ。写真スタジオの屋根は大きく、雨宿りにはもってこいだった。すっかりびしょ濡れになってしまった制服は、絞ってやると滝のように水を出した。滝のようには言いすぎにしろ、それなりの量の水を制服は吸っていた。制服はぴったり肌に張り付き、余計に私から体温を奪っていく。生憎、今日はタオルを持ってくるのを忘れてしまったため、為す術無し。天気が良くなるまで、震えながら待たなければならなかった。帰ったらすぐにお風呂だな、お風呂で温まる自分の様子なんかを悠長に頭に浮かべていると、カランコロン、と「CLOSED」と書かれた札の掛かった扉が開いた。


「どうぞ。」と写真スタジオのおじさんは、私にコーヒーを出してくれた。私は「ありがとうございます。」と礼を言って、コーヒーを一口飲んだ。おじさんから借りたタオルで頭と制服を拭きながら、スマホで天気予報を確かめた。この雨は19時には止むらしい。あと大体23分くらいか。「それにしても」と、外を眺めながらおじさんが口を開いた。「最近はずっと雨の日が続いて困るね。学生さんなんか特にそうだろう。」まだ残っているコーヒーを啜りながら頷いた。「そうですね。今日の通り雨も含めれば確か11日連続の雨でしたっけ。たまったもんじゃないですよ。ほら、見てください。委員会のプリント類ぜーんぶびしょびしょ!」ぐしゃっと局所的に濡れた書類を取り出して、おじさんに見せた。強調するように、私は項垂れる仕草をして、嘆いた。でも実際は、もうちょっと萎えている。おじさんは私に同情して、今後濡らさないように、とクリアファイルをくれた。ちなみに私もクリアファイルは持っていたのです。はっとして、自分の間抜けさにほとほと呆れた。濡れた書類を見つめながら、寒さとは違う震えを感じた。そういえば、とコーヒーの最後の一口を口に運ぶ前に切り出す。おじさんに「お店閉まってるのに開けさせてしまってすみません。」ぺこりと頭を下げる。おじさんは「気にしなくていいよ。」と、笑った。人に親切にしてもらえると、どことなく罪悪感を感じてしまう。人間のよくないところだ。最後の一口を啜った時、なんだか少し苦く感じた。


しばらくおじさんと談笑しているうちに、雨の勢いは弱まって、すっかり雨は止んだようだった。

「あっ、晴れた!」



私は嬉しくなって、空に向けてそう指差して言った。


雲に覆われて、星の見えない夜空に向けて。



これは、晴れという概念を失った、終わりの世界の話。

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