座敷わらし

桜牙

1. 真夜中のかくれんぼ

 座敷わらし──それは見たものを幸せにすると伝えられている日本の妖怪。


 その名の通り、古い座敷や屋内に出没すると言われていて、住み着いた家は経済的にも成功するとも言われている。


 その一方で誰もいない部屋で走り回ったり笑い声をあげたり、部屋中に足跡を残すなどのイタズラをして人を驚かせる。そういう妖怪らしい一面も持ち合わせいます。


 この家にもそんな可愛らしくて、イタズラされてもどこか憎めない妖怪が、住み着いていました。


 物置きとして使われている部屋。普段使われてない物や時季外れの服、掃除用具などが所狭しと置かれていた。昼間もそれほど頻繁に人が出入りする事はない。夜になるとさらに人の気配が感じられなくなる。


 住人が寝静まり真っ暗で物音一つない空間。こんな時間こんな場所には似つかわしくない女の子が立っていた。


 外見はおかっぱ姿に、あまり派手ではない着物。現代ではあまり見かけない格好をしていた。その表情は可愛らしく確かに笑っていたが、どこか感情を感じさせない不思議な笑顔をしていた。


 ──私の名前はりん、この家に住み着く座敷わらし。なぜ座敷わらしになったか、なぜこの名前がついてるかはもう覚えてない。長い間この格好で様々な家に住み着いてきた。


 どの家も気に入らなかったわけではないが、長くても一年くらいで次の家に移っていた。この家は最近になって住み着くようになり、こうして夜に姿を見せている。

 

 月に一度か二度ある満月の夜。霊力を回復するため、月の光に照らされのんびりと過ごしている――

 

 廊下の方でドアを開ける音。それを合図にしたかのように、足音がだんだん近づいてくる。この部屋の前で足音が止まった。ゆっくりとドアノブが回される音。緊張感が高まり息を飲む。隠れなきゃと考えたがもう遅かった。


 ゆっくりとドアが開かれる──


 音に導かれるようにそちらに目をやる。そこにはパジャマ姿の男の子が目をこすりながら立っていた。彼は確かこの家に住む秋人あきと君。


 覚束ない足取りで中に入ってくる。 

「ママー、おしっこ」

 秋人君が小さく呟いた。どうやら寝ぼけて部屋を間違えたらしい。


 とりあえず隠れなきゃと思い、駆け出すが体が思考に追いつかず、その場で派手に転んでしまう。

 

 反射的に秋人君の方に目を向ける。口を大きく開き目をパチクリさせていた。

 

 姿を見られてしまった──しかも、こんなはしたない格好を見られてしまった……

 恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。それでも気にせず起き上がり、慌てて物陰に隠れた──

 

 隠れたのは良いけれど、やはり様子が気になりこっそりと覗いてみる。

 あれ、もういない? 少し周りを見回した。やはり、どこにもいなかった。

 

 どこにいるかはすぐに分かった。先ほどより大きな声が、廊下の方から聞こえてくる。


 私の事には気が付いたけど、トイレに行きたい気持ちの方が強かったのかな?

 とりあえず追求されなくて良かった。

 

 ドアの入り口が少し明るくなり、遠くの方から水の流れる音など……様々な音が聞こえてくる。

 

 しばらくすると静けさが戻り、入り口がまた暗くなる。いつのまにか月の光も消え、真っ暗になっていた。


 暗闇が訪れると不安が湧いてくる。確実に見られたけど大丈夫かな? ちゃんと忘れてくれるかな? 様子が気になり見に行く事にした。


 ドアを開け廊下を見回し誰もいない事を確認する。ゆっくりと秋人君の部屋へと向かう──

 

 ドアの前に到着し、一呼吸おいてドアを開ける。小さな寝息が聞こえる方に音を頼りにゆっくりと向かう。ベッドの中で幸せそうな顔をして眠っていた。その寝顔を見てると、もう私の事は夢だと思うかな? そう思い不安は少し和らいだ。


 しばらく眺めてから、起こさないように静かに部屋を後にする。


 物置き部屋に戻る途中に急いでたわけではないのに転んでしまう。


 顔はもちろん耳までも熱さを感じつつ起き上がる。辺りを見回し誰も見てないと、ほっとしてゆっくりと部屋に戻って行く。


 凛が部屋に戻ると廊下には静けさが戻っていた──

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