一期、一会。

坂町 小竹

満員電車

 上京、五日目。昨日練習した通りの順番で、電車に乗る。快速急行で二駅、乗り換え、そして、準急。緑が多くなってきたら、降りる。昨日は練習、そして今日が本番。

 駅までは10分もかからないから、今、家を出ればきっと余裕。制服を着て、新しい鞄に新しいノート五冊詰め込んで、昔からの筆箱にシャーペンをひとつだけ。蛍光ペンは黄色とピンク。部屋の窓は少し開けて換気して、寮の鍵を閉める。

 忘れ物、たぶん、ナシ。

 朝は混むとお母さんが言っていたけど、昨日午前中に行ったときも混んでたから、少し緊張する。憧れの学生定期は大人しい色合いの定期入れに入れて、私はそれをぎゅっと握りしめた。

 駅のホームは人であふれて、誰か落ちないものかハラハラする。少し早く駅に着いたから、まず予定の一本前の電車が来た。予定は、3分後。電車の窓には人が張り付いていた。こわい。私の電車も、もしかしてこうなの。

 大丈夫、着いたら新しい友達がいて、いい3年間を過ごせるはず。そう考えているとすぐに電車が来た。東京ってすごい。

 私の後ろには、凄まじい数の人がいる。どんどん奥へ詰め込まれて行って、私は座席の並んだ前に立っていた。つり革を捕まえようと頭上を見たけど、近いところは全部まわりの人に取られていた。そもそも、腕を動かせない。ぎゅうぎゅうと、胸が押し付けられた。

 新しい鞄は、隣の大きなおじさんの間に挟まって、一瞬で5年間使った鞄みたいになりそうだった。苦しい。苦しかった。頭がぼーっとするし、胸が苦しくて息がしづらい。つらくて、涙が出てきた。

「あの、すみません……私の鞄……」

 言っても、誰も返事をしない。

 電車の揺れを使って、少しずつ引っ張って、どうにか自分のもとに鞄を戻した。少し安心したけど、苦しいままだった。

 目の前に座っている若い人は、制服でもシャツでもない恰好で、手元にはカバーのついた本があった。頑張って中身を見ようとすると、英単語が見えた。勉強、してるんだ。つい気になってちらちら見てると、目が合ってしまった。

 私は目をそらした。……東京って、かっこいい人が多いんだ。

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