第41話 カブト虫の少女
おっと、ぼぉっと見ている場合じゃない。
「ファニール、急ごう!」
『任せとけ!』
馬車に乗っていた僕は、ファニールに飛び乗ると駆け出す。
収納空間から龍牙槍斧【砕牙】(さいが)を取り出す。
砕牙を右手に持ち、ファニールを駆ってサンドワームに襲われている人の元へと急ぐ。
「ん? 女の子?」
『珍しい黒髪だな』
近付くにつれ、サンドワームに襲われているのが10歳位の女の子だと分かった。
その時、必死で逃げる女の子から驚きの反撃がサンドワームへと加えられた。
私の名前はマニ、砂漠のオアシスで私達は暮らしているの。
砂漠の周りは凶悪な魔物が一杯いるけど、何故かオアシスにはあまり近寄らない。近寄って来た魔物をお父さんやお姉ちゃんがやっつけるからかな。
そんなオアシスで熱病が大流行して高熱をだして倒れる人がどんどん増えていったの。
そんな中、私の大好きなフロルお姉ちゃんも熱をだして倒れたの。
お父さんが、オアシスにある薬草じゃ効かないって心配そうにお姉ちゃんを看病している。私は居ても立っても居られないでオアシスを飛び出したの。
昔お父さんに聞いた事がある。ここから西の方角に広大な草原地帯が広がっているって。私達もそこで住めば良いんじゃないの? ってお父さんに言ったら、そこは剽悍な遊牧民族と蛮族の縄張りだから無理なんだって教えてくれた。
その話が出た時に、草原地帯の林や森には貴重な薬草があるって教えてくれた。昔からこっそりと採取しに行っていたんだって。
それを思い出した私はオアシスを飛び出したの。
私はこれでもオアシス一番の力持ち。デザートスコーピオンやサンドリザードならなんとかなる。
でもサンドワームなんて無理よ!
「キャァァァァーーーー!!」
無理無理、サンドワームは無理だから。
弾力のある外皮は並大抵の物理攻撃を跳ね返すし魔法耐性も高いの。砂漠の暴君は無理だからーー!
効かないと分かってはいるけど足掻いてみせる。
私は走りながら後ろに右手を向けて神印の力で攻撃する。
黒光りするカブト虫の鋭いツノが、地面から突き出しサンドワームを足止めする。
私は振り返って結果を確認する事なく走り続ける。
あれ? 前から馬に乗った人が駆けて来る。……え、ここは砂漠だよ。馬なんて走れるような地面じゃないよ。
真っ赤な燃えるような馬が、ここが砂漠なのか忘れてしまいそうなスピードで駆けて来る。
驚いた事にサンドワームに襲われている少女は、走ることすら困難な筈の砂の上を、人間離れしたスピードで逃げている。
まだ歳の頃なら10歳位の少女がみせるその身体能力の高さは、おそらく神印の力によるものだろう。
不意に少女が右手を後ろに伸ばすと、サンドワームの地面から黒光りする巨大なツノが突き出した。
「あれって神印の力だよね」
『ああ、間違いないな。その証拠に魔素に戻っている』
突き出した巨大なツノが魔素となって空気中に溶けるように消えるのが見えた。
「まぁ助けてからだな」
『あの子を巻き込まないよう小さなブレスを吐くから、シグはそのタイミングに合わせてくれ』
「了解」
ファニールがバスケットボール位の火の球をサンドワームに向けて吐き出した。
ファニールがその気になれば、サンドワームなど灰も残さず焼き尽くすだろうけど、周りに与える影響も甚大だ。極小に抑えたファニールのブレスがサンドワームに命中すると、サンドワームが苦しげに頭を上げる。
僕はファニールから飛び上がりながら砕牙を斬り上げる。
ザンッ!!
ドォォーーン!!
サンドワームの頭部が切断され宙を飛び、地面に落ち砂を巻き上げた。
頭部を失ったサンドワームの身体は暫くのたうち回っていたが、やがて動きを止めた。
「大丈夫かい?」
「………………」
振り返って少女を見ると、口をポカンと開けて目を見開き驚いているみたいだ。
少女は10歳位だろうか。黒髪に黒眼は珍しい。
「シグお兄ちゃーーん!」
「シグ君、大丈夫?」
走って来た馬車が止まり、中からセレネとルカが降りてきて、ルカが僕に跳びついてきた。
僕が受け止めると、ルカは何時ものように頭をぐりぐりと擦り付けて甘えてくる。
「……はっ! あ、あなたは」
「大丈夫かい? 僕の名前はシグフリート。シグと呼んでくれていい。僕達はローゼン王国へ行く途中なんだけど、君みたいな女の子が一人で、こんな場所でどうしたの?」
僕はしゃがんで、尻餅をついていた女の子と目線を合わせ、何故こんな場所に居たのかを聞くと、慌てて居住まいを正して話し始めた。
「私の名前はマニです。……何処に住んでいるのかは言えません。西に在る空白地帯に薬草を探しに行く途中、サンドワームに追いかけられまして……」
薬草が欲しくて危険な砂漠を10歳の女の子が? それは無謀だろう。
「誰か怪我でもしているのかい?」
「お姉ちゃんが熱病で倒れたの。だから薬草を探そうと思って……」
「私はセレネよ。マニちゃんて呼ぶわね。ちょっと聞きたいんだけど、マニちゃんが探しているのはどんな薬草なの?」
「あっ! ……マニ、どんな薬草なのか知らない……どうしよう」
薬草に詳しいセレネがマニちゃんに聞くと、何の薬草が必要なのかも知らない事に気が付いて、しょんぼりと気落ちして肩を落としてしまう。今にも泣きそうになるのを必死で我慢している。
「セレネは熱病に効く薬草は知らないの?」
「う~ん、何種類かは知ってるけど、手持ちはないわね」
プラントハンターでもあるセレネも、手持ちにはないらしい。ここで少し疑問に思って聞いてみた。
「基本的な事を聞いてもいいかな。治癒魔法を使わないの? それとも使える人がいないのかな?」
「はぁ、あのねシグ君。聖属性の神印は希少なの。しかも治癒魔法や回復魔法って病気には効きにくいのよ」
「あれ? そうなの?」
僕の認識と違う答えが返って来て、思わずヴァルナに確認する。
「シグ様以外の治癒魔法師ではそうらしいですね」
「ふーん、そうなんだ」
「ちょっと待って! シグ君以外って、シグ君の治癒魔法って病気も治せるの?」
セレネが僕の両肩を掴んで問い詰めてくる。怖いよセレネ。
僕の回復魔法や治癒魔法と呼ばれる種類の聖属性魔法は、どうやら他の聖属性の神印を授かっている治癒師のものとは違う事が分かった。
どうやらコレも、僕に知識をくれた一人の男? 女? の人のお陰だろう。
人の身体の仕組みや医学の知識、それと科学や物理の知識は、僕に大きな恩恵を与えてくれているようだ。まあ全てを理解しているわけじゃないけど。
それ以前に、僕はイグニートの血の所為で病気とは無縁の身体だったりする。だから病気を治癒した経験は、つい最近ルカが風邪をひいたのを癒したのが初めてだった。
僕がセレネに問い詰められていると、マニちゃんが僕のローブを掴んで切羽詰まった表情で頼み込んできた。
「お願いします! 皆んなを助けて下さい! シグさんでしたね。お姉ちゃんの病気を治して下さい!」
「いや、治してあげたいけど、マニちゃんは住む場所を知られたくないんだろ?」
「うっ…………」
言葉に詰まるマニちゃん。初対面の人間に住む場所を知られたくないという気持ちは正しい。ここはそういう世界なのだから。
「主人、我等は大丈夫だが、その少女は長い時間この環境は厳しいと思うのだが」
「キャァァァァーー!」
そこにヘルムのバイザーを上げたアグニが近付いて来て、快適仕様のローブによって暑さを感じない僕達と違い、マニちゃんには長時間この環境下でいるのはやめた方がいいと言って来たのだけど、アグニを見たマニちゃんが叫び声をあげる。
「大丈夫。大丈夫だから。アグニは僕の眷族だから大丈夫だよ」
「へっ、眷族ですか……スケルトンですよね」
「まぁ、似たようなものかな」
僕の適当な説明にアグニ達が反論しそうになるのをまあまあと抑え、とりあえずマニちゃんを馬車の中に招待する。
僕達の馬車の中は、ベルグとポーラの魔改造のお陰で、快適な空間になっていた。
マニちゃんが何とか落ち着かせる事が出来たので、この後のことを考える。
流石にこの場所でマニちゃんと別れるのは、僕の精神衛生上無理だ。何処か安全な場所まで送ってあげたい。
僕がそんな事も考えていると、真剣な表情のマニちゃんが頭を下げてきた。
「サンドワームに襲われていた私を、助けてくれてありがとう。シグさん、お姉ちゃんの病気を治して下さい。お願いします」
「勿論だよ。サンドワームはたまたま僕達の進む方向に居たから序でだし、マニちゃんのお姉さんの病気を治すのも、マニちゃんを送る序でだから」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるマニちゃんの目には、涙が浮かんでいた。一人で危険な砂漠を行く程、気持ちに余裕がなかったんだろう。
マニちゃんから、彼女達が砂漠の中にあるオアシスで暮らしていると聞いた。
砂漠の外と交流もなく、砂漠に住むのはマニちゃん達の部族だけなので、徐々に人の数も減り、今では五十人程がオアシスで暮らしているらしい。
僕達はマニちゃんの案内で、彼女の集落がある砂漠のオアシスを目指す。
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