第30話 危篤な部族との出会い
「お前たち! ここはバルスタン氏族の縄張りだ! 早々に立ち去れ!」
僕達に近付いて来たのは、数頭の馬に乗った褐色の肌の男達。僕達に声を掛けてきたのがリーダーだろう。
採掘に夢中になっていたベルグが、何事かとやって来た。
「騒がしいの、何事じゃ。うん? 御主はローグではないか。久しいのう」
「!? ベルグ殿! ベルグ殿ではないですか!」
ベルグがローグと呼んだ男が、馬から跳び下りると駆け寄って来る。
「何年振りかのう。随分と貫禄がついたではないか」
「ローグ殿のお陰で、我等バルスタン氏族は、蛮族達から侵略を跳ね返す事が出来ています。……ですがそれも……」
ローグという男が、何故か悔しそうな顔をして黙り込む。
「おお! そうじゃ! また、暫く儂等を集落で泊めてくれんか?」
「いや、ベルグ殿。申し訳ないがそれは辞めた方がいい。実は、マーサの居た部族が蛮族に襲撃された。そして次の標的に、バルスタン氏族が目をつけられた。一度撃退したが、また直ぐに襲って来るだろう」
ローグさんは、ベルグに危険だから早々に空白地帯から立ち去る事を勧めてきた。
それを聞いたベルグが僕の方を見る。その目の言わんとする事は分かったので、僕は頷いた。
「なら、丁度良い。集落に炉を造って、そこでシグ殿の長柄武器を打とうか」
「なっ! 聞いていたのか? 恩あるベルグ殿を危険に曝す訳にはいかない!」
「……お爺なら大丈夫。シグ様が居れば、蛮族なんて怖くない」
必死に止めようとするローグに、ポーラが話し掛ける。
「君はベルグ殿のお孫さんのポーラだったな。それは、どういう意味なんだ?」
意味が分からずポーラに話し掛けるローグ、その時アグニとインドラが戻って来た。
「ローグ!」
「!? スケルトン!」
ローグと一緒に来ていた男が、アグニとインドラを見て声を上げる。
ヘルムのバイザーを下ろしていたとは言え、僕の側にずっとヴァルナが居たんだけど、気が付かなかったのか?
漆黒のフルプレートを纏ったスケルトンだと? とてもじゃないがスケルトンの放つ存在感ではない。腰の剣を抜こうと手を伸ばした時、ベルグ殿が大声で制止した。
「落ち着くんじゃ! アグニ殿とインドラ殿は、シグ殿の眷属じゃ! 間違っても手を出すではないぞ!」
ベルグ殿が大声で私達に警告する。
そこで私は初めてベルグ殿以外を確認した。
「(何なんだ、鎧を身に纏ったスケルトン三体が眷属だと? シグ殿とは誰の事だ)」
やっと周囲の状況を把握出来たが、それでも警戒を解かずに身構える。ベルグ殿以外にその孫のポーラ殿、そして暗いシルバーの髪に中性的で整った顔立ちの少年。その横に寄り添う美しいエルフの女性。少年が抱く幼い兎人族の女の子。
ここが空白地帯でなくても彼等の存在は、違和感しかない。
そして2メートルを超える巨体のスケルトンが近付くにつれ、ベルグ殿が手を出すなと警告した理由も分かった。
違う……スケルトンなんて、そんなちっぽけな存在ではない。その時になって、暗い銀髪の少年を護るように立つ全身鎧も、同様の存在だと分かる。
何て迂闊なんだと自分を責める。氏族をまとめる自分が此れでは、蛮族との戦い以前の話だ。
周りの見えてなかったローグさんが、やっと少し冷静になったみたいだ。ベルグも懸命にローグさんとその仲間をなだめる。
「落ち着くんじゃローグ。悪いようにせん。一度集落へ案内してくれ」
「……ん、シグ様なら蛮族なんて怖くない」
ベルグとポーラからの提案を聞いて考え込むローグさん。流石にアグニ達を連れて集落に行くのは抵抗があるらしく、直ぐに決められないみたいだ。当然だと思う。すんなりと受け入れられる方が驚く。
少しの間、仲間で話し合った結果、ベルグを信じる事にしたようで、アグニ達を連れて集落へ向かう事に決まった。
「分かった。……ベルグ殿には頼みたい事もある。集落へ招待しよう」
暫く考えたローグさんが僕達が集落へ行く事を認めてくれた。
「なら、序でじゃ! 鉄も多めに持って行こう! ローグ、お主達も手伝え!」
「あ、ああ、……オイ! 俺達も鉱石を集めるぞ!」
僕はポーラと手分けして、土属性魔法で鉄鉱石をインゴットへと精錬していく。
「……むぅ、シグ様のインゴットの方が品質が良い」
「は、はは、なんか、ごめんね」
多分、生まれた時から僕の中にある知識のお陰なんだと思うけど、なんだかズルしたみたいな気分になる。
ベルグとポーラは、目的の鉱石が大量に確保出来たらしく、自分のマジックバッグでは収納できないからと、僕が収納する羽目になった。
「主人、我等が居れば、500や600の敵など何のものでもない。警戒し過ぎる必要もなかろう」
「ああ、ルカやセレネの嬢ちゃんの事を気にしなきゃ、人間の1,000人でも2,000人くらい軽いぜ」
「アグニもインドラも、シグ様の安全が第一ですからね」
「アグニもインドラも、ベルグの知り合いらしいから戦わないよ。ヤルとしたら蛮族相手じゃないかな」
アグニとインドラが、過激な事を言っているので、一応釘を刺しておく。
「護るには有利だけど……」
「援軍の来ない籠城戦は、緩やかな自殺と変わりませんね」
ローグさん達の先導で、バルスタン氏族の集落がある丘へと到着した僕の感想はヴァルナの言った通りだった。
丘には戦いの痕跡が色濃く残っている。勾配は緩やかだけど、バルスタン氏族は弓の腕が良い戦士が多く、高所に陣地を構築する意味は大きい。
大きいのだけど……
僕達が案内されたバルスタン氏族の集落は、低い丘の上に在った。2メートル程の高さの防壁に囲まれた集落には、見張り用の矢倉が幾つか確認できた。
「開門! 客人を連れて来た! 開門せよ!」
ローグが大声で叫び、小さいと言える集落にしては頑丈そうな門が開いていく。
そこにローグさんとよく似た赤い髪の少女が駆けて来た。
「兄さん! 誰を連れて来たの! あっ! ベルグ様とポーラちゃん!」
「レイラ話は後にしろ」
「う、うん……」
ローグさん達の騎乗する馬の後に、ベルグが操る僕達の馬車とファニールが続き集落の中に入ると直ぐに門は閉められた。
集落の中に入ると、ローグさんをバルスタン氏族の民が出迎えるが、僕達を見ると一様に警戒の視線を向けてきた。
「ベルグ殿、先ずは俺の家に招待したい」
「分かった。案内を頼む」
ローグさんの家は、集落の中でも大きなものだった。彼がこのバルスタン氏族の族長だとベルグが教えてくれた。
「ローグはまだ若いが、先代の族長から長を引き継いでまだ数年、上手くまとめているようじゃな」
前回、ベルグとポーラが空白地帯へ鉱石の採掘の為に来た時は、丁度代替わりしたばかりだったらしい。
「好きな所に座ってくれ」
招き入れられた部屋で、ローグさんがドカッとその場に座り込んで、僕達にも座るように促した。ローグさんの斜め後ろに、奥さんのマーサさんが座り、その横に先程の少女、ローグさんの妹のレイラさんが座った。
テーブルも椅子も置かれていない広い部屋のに敷かれた敷物の上に直に座るのが、バルスタン氏族の風習みたいだ。セレネさんは少し戸惑っていたけど、ベルグや僕が座るとそれにならって僕に寄り添うように座る。
「ローグよ、蛮族の襲撃にあったのか?」
集落の様子を見れば、誰でも分かる事だけど、ベルグが確認の為かローグさんに聞いた。
「……ああ、始まりは妻が生まれた部族の集落が、蛮族に襲われ壊滅したのだ」
ローグさんの説明では、奥さんの出身部族が蛮族に襲われ、生き残りの人達がローグさん達バルスタン氏族を頼って逃げて来た。そして蛮族が次に目を付けたのが、バルスタン氏族だった。他の遊牧民族とは違い、この地に定住するバルスタン氏族は、一度狙われると、蛮族が諦めるか、バルスタン氏族が亡びるかの二つの選択肢しかなかった。当然、ローグさん達は戦うことを選んだ。
「以前にベルグ殿が造ってくれた装備のお陰で、何とか撃退する事は出来たが……」
「そう何度も無理だわな」
ベルグさんの的を得た応えにローグさんが悔しそうに黙り込む。
「そこで儂から提案じゃ。鍛治小屋を建てさせてくれ。そこでシグ殿の武器を一振り打ちたい。序でにお前達の武具も用意してやろう。ただし鋼鉄製までじゃがな」
「っ! お願いできますか!」
ベルグの提案は、ローグさんにとって願ってもないものだったようで、ベルグさんの手を取りブンブンと振って歓喜している。
「シグ殿、後で頼みたい事があるんじゃが……」
「了解。だいたい分かるけどね」
「かたじけない」
ベルグの頼みは分かっている。蛮族からこの集落を防衛する手助けをして欲しいんだろう。まぁ、僕もこの空白地帯に於いて、他者から奪わず実直に生きるバルスタン氏族が壊滅するのは面白くないからね。
ローグさんにあてがわれた部屋で、ルカを寝かしつけ、セレネさんとアグニ達と話していると、ベルグとポーラが部屋に訪ねて来た。
僕とルカは、当たり前のように同じ部屋だけど、セレネさんと契ってからは、セレネさんも同じ部屋で寝るようになった。ただ、その所為で、ルカの居る前なので何も出来ないという、青少年には悶々とする夜が続く羽目になったのは逆にツライ。
「シグ殿、今いいか?」
「ああ、大丈夫だよ」
スースーと寝息をたてるルカの頭を撫でながらベルグの話を聞く。僕の気持ちは決まっているけど、ベルグから頼まれるという事が大事なんだ。縁の薄いローグさん達の為に、蛮族と戦うのは、僕とアグニ達だけならなんて事ないけど、セレネさんやルカを巻き込むなら、ちょっとでもちゃんとした理由があった方が周りも納得しやすい。
「シグ殿には全く関係ない部族の事じゃが、ローグは人族では数少ない儂の友人なんじゃ。出来れば助けてやりたい。どうか力を貸してくれんか」
「分かった。ベルグの頼みなら仕方ないね。でも、今回だけ切り抜けても意味はないから、少々蛮族が攻めて来ても彼等だけで跳ね除けられる様にしないとダメだね」
「うむ、儂もそう思っておった。そこでポーラとシグ殿に、この集落を要塞化して欲しいんじゃ。その間に儂はシグ殿の長柄武器と、ローグ達へ武器と防具を造ろう」
「某とインドラは周囲の警戒を受け持とう」
「では、私はシグ様の護衛に付きます」
アグニとインドラが周辺の警戒、ヴァルナは何時ものように僕の護衛で決まった。
「私は何をすれば良いの?」
「う~ん、セレネさんはルカの相手をお願いしようかな」
僕がそう言うと、ルカが僕の服をキュと握る。
「大丈夫だよ。セレネさんと一緒に僕の側に居れば良いからね」
「うん!」
さっきまで不安そうに僕を見ていたルカが、僕の側で居れると分かるとニッコリと満面の笑みで返事した。
「どうせ何処かで炉を借りてシグ殿の武器を打つ積もりだったんじゃ。ここに炉を造った方が好きなだけ打てるってもんじゃ」
「そうだね。丁度試し斬りに使えそうなのが向こうから来てくれそうだしね」
「違いねえ」
ベルグがガハハハッと豪快に笑う。
新しい武器を考えるって良いよね。僕も何だか楽しくなってきた。
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