第15話 エルフのセレネ
「申し遅れました。私はセレネ・ミアハ・ラウニーといいます。この度は助けて頂きありがとうございます」
僕の目の前の女の人、僕よりも歳は上なのは分かるけど、正確な年齢は分からない。何故なら彼女は人族ではなくエルフだった。
エルフ……この世界で長寿種族と言えば先ずエルフの名が挙げられる。その寿命は800年を悠に超える。若い姿のままで500年程を過ごし、そこから徐々に老いて行くという。
森の住人と言われ、多くの部族が大陸南のローゼン王国に在る森の奥で結界を張り、閉鎖的な暮らしをしている。
その容姿は非常に優れている為、ローゼン王国以外の人族の国から亜人狩りのターゲットになりやすい。
神印は、水と風の属性印を授かる事が多く、両方の神印を保つ所謂ダブルと呼ばれる者も多い。魔法に長けた種族と言われている。
僕がイグニートから学んだエルフという種族に対しての知識はその程度だ。セレネさんによれば、概ね間違いないらしい。
ただ一つだけ、イグニートの情報が間違っていた。エルフは男も女も区別がつきにくい起伏のない体型だと言っていた。だけど目の前に居るセレネさんの胸はとても大きい。母さまよりも大きいかもしれない。腰は細くお尻はパンと張って主張している。女性と触れ合う機会のなかった僕には目の毒なスタイルだった。
盗賊の後始末をしてから、セレネさんから襲われた事情を聞いた。
それには先ずハンターという職業について説明してもらわないといけなかった。
ハンターとは、ハンター協会に所属する組合員。
ハンターとは何をする仕事なのか。
観賞用や様々な薬の材料となる植物を採取するプランツハンター。
武具の素材や錬金術の素材として、または人に害なす魔物を狩るモンスターハンター。
盗賊や山賊、指名手配された犯罪者を狩るバウンティハンター。
遺跡などで宝物を見つけるトレジャーハンター。
セレネさんは、主にモンスターハンターとプランツハンターをしているそうだ。
そして今回、カペラ~ペルディーダ間の盗賊の調査を協会から依頼されたらしい。
「私はソロで活動しているから、バウンティハンター系の仕事は受けないんだけど、調査だけだからと強引に臨時パーティーを組まされたの」
生き残った三人を尋問して、盗賊と臨時パーティーを組んだ三人のハンター、それとハンター協会の職員がグルで、セレネさんを奴隷にして売る予定だった事が尋問によって判っている。
因みにアジトに有った金目の物は回収済みだ。
しかし50人を超える人員で襲うって、と思ったけど、水と風のダブルの聖印を持ち、弓の腕は一流で細剣のスキルも上級者のセレネさんを、殺さずに捕まえようとすれば、妥当だったのかもしれない。実際、セレネさんは逃げながら10人を斃しているので総勢60人を超える人員を動員していた。
そして今、僕達はパルミナへ行く筈が、生き残った三人の盗賊を連れ、近郊で最大の都市ハヴァルセーへと寄り道の途中だ。
そこでハンター協会の職員を告発と、盗賊達の認識証の提出、生き残った三人の受け渡し、僕とルカの自由民としての認識証の発行をしようという事になった。
「でも凄くレアな神印を授かっているのね」
「まあ……」
盗賊を尋問するのに、三人を闇属性魔法のカーススレーブで奴隷に堕とし、隠し事が出来なくしてから尋問をしたので、闇属性魔法が使える事はバレている。剣山刀樹を見ている筈だから、闇属性だけじゃないって分かっているだろうけど、エルフにはダブルが多く、セレネさん自身もダブルなので、単純に土属性と闇属性のダブルと思われているのかもしれない。
「シグお兄ちゃん、お話終わった? ルカねえ、お腹空いたの」
「ごめん、ごめん。お昼ご飯忘れてたね。ちょっと待ってね」
僕は収納魔法ダークホールの中にストックしてあった、焼きたてのパンと串焼き肉をお皿に乗せてルカに渡す。
「あーーん」
「どうしたの、今日は甘えただな」
可愛く開けたルカの口に、串焼き肉を食べさせる。
「フフッ、美味しーい!」
「仲が良いのですね」
◇
私の名前は、セレネ・ミアハ・ラウニー。
ミアハは部族の名前。ラウニーは姓。
エルフの部族の中でも閉鎖的なミアハ氏族に生まれた私は、成人すると直ぐに息苦しさを感じていた故郷を飛び出した。15歳でエルフの集落を出てハンターとして暮らし始めて200年は経ったかしら。人族の国は興亡が激しいから覚えておくのが大変だけど、今はバルディア王国で活動している。この国は人族以外の種族も多く、種族間差別も他の国に比べてマシだから。
200年以上もハンターとして活動する私は、ハンターとしては一流だと自負している。それが今回のヘマに繋がっているのだから私もまだまだね。
あっ、215歳は人間の年齢でいえば二十代半ばだからババアじゃないわよ。
今回の盗賊の調査をハンター協会の職員に依頼したのは、おそらくマペット王子に違いないわ。国とは中立の立場をとる筈のハンター協会に圧力をかけるなんて、バカな貴族とはいえ王族じゃないと無理だもの。
黒い噂の絶えない、バルディア王国の第八王子。傲慢で愚かな男だった記憶があるわ。
高ランクハンターの私は、王都でのパーティーに義理で参加する機会もある。そこで執拗に妾になれと言ってきたのがマペット王子だったわ。
当然、断って王都を出たのだけど、まさか亜人狩りの組織を使って襲わせるなんて。しかも現役のバウンティハンターまで使って……
私は、臨時パーティーを組んで盗賊の活動が確認されている場所へと向かっていた。
バルディア王国の北側は、確かに盗賊の被害が多い地域よ。それは国境を越えてずっと北に、エルフも立ち入る事はない禁忌の森。龍の墓場が在るから。その場所への恐怖心故に、バルディア王国の北側には大人数の兵士を動かさないという取り決めがあるらしい。
龍を刺激しないようにという事らしいわ。実際、何年か前に巨大な古龍が龍の墓場へと飛んで行くのが多くの人に確認されている。
そういう事もあって、兵士の巡回が少ない北側には、盗賊が隠れ住むアジトが幾つか存在すると言われているの。
「でも私に盗賊の調査っておかしいわよね。私はバウンティハンターじゃないわよ」
そう協会の職員に言ったのだけど、高ランクのハンターは指名依頼を断り辛い。そう言った依頼は、貴族絡みが多いから。職員の話では領主からの依頼だと言う。自分の領地に在る盗賊のアジトなら、調査依頼自体はおかしくはない。
事態が動いたのは盗賊のアジトが在ると、情報があった付近に近付いた時、大勢の気配を察知した。
「盗賊が居るわ。それもかなりの人数よ」
「チッ、だから気配に敏感なエルフは嫌なんだよ」
「仕方ねえ。合図を送るぞ」
「なっ! 貴方達!」
まさか、同業の現役ハンターが盗賊と繋がっているなんて……
私は直ぐさま南の街道目指して走りだした。
木々の間を走り抜けながら、振り返り矢を放つ。
10人は斃したかしら? もうダメだと諦めかけたその時、林を抜け街道に出た場所で、思わぬ出会いをする事になったの。
いえ、これは運命の出会いだと思う。
一台の馬車が止められ、そこに漆黒の鎧を身に纏った三人と、深いカーキ色のローブを着て紅い革鎧を身に纏い、小さな女の子を抱いた少年が泰然と立っていた。
驚いた事に、50人を超える盗賊達が現れても、少年の表情に焦りや恐怖は無い。
逆に、年甲斐も無く私が驚く事になったわ。
少年を護るように立っていた三人は、人ではなかった。漆黒の全身鎧を着たスケルトンだった。
その時はそこまで気が回らなかったけど、あの三人のスケルトンは普通のスケルトンじゃないのよね。だって普通に話していたんだもの。
普通、スケルトンは喋る事はない。それは自然に生まれたスケルトンでも、ネクロマンサーが生み出したスケルトンでも同じ筈よ。
それに50人を超える盗賊をものともしない異常な強さ。とてもじゃないけど、低ランクとされていて、駆け出しのハンターでも倒せると言われているスケルトンの強さじゃないもの。
驚きはそれだけじゃなかったの。亜人狩り達を逃がさない様に行使された、少年の土属性魔法も尋常じゃない威力と精度だった。おそらく彼はスケルトンを使役する闇属性と土属性のダブル。人族でダブルは希有な存在。私が呆然としている間に、全てが終わっていたわ。
暗い鉄色のような銀の髪色、同じ髪の色をした幼い女の子を連れた、エルフの私から見ても、もの凄く整った綺麗な顔をした少年。名前をシグフリートというらしい。女の子の名前はルカちゃんと教えてくれた。ルカちゃんは、何時もシグフリートと名乗った少年にベッタリとくっ付いて甘えている。でも驚いた事に、二人は出会ってまだ一月も経っていないという。
本当の兄か親のように甘えるルカちゃんとシグ君は、種族が違うので当たり前だけどアカの他人。でも私には、人族と兎人族なんて種族の隔たりは感じなかった。
本当にシグフリートという少年は不思議な男の子。一緒の馬車に乗っていても、つい視線が彼を追っているわ。
やだ、年齢差が200歳もあるのに、ドキドキするのは何故なの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます